参・イオルウェンテ
翌日、警視庁刑事部の会議室では、発見された女性の身元について説明がされていた。
「殺されたのは萩元優香、二七歳。死因は窒息死とのことです」
報告をしている岡崎がそう言うや、阿弥陀は怪訝な表情で、死因について聞き返す。
「首に絞殺の痕がありました。あと遺体の胸は腐り落ちたものと思われます」
「それから、遺体のところどころに凍傷の痕があった。おそらく胸がなかったのは凍傷による壊死じゃと思うがな」
「しかし、現場にはそんなのがありませんでしたね。つまり被害者は別のところで殺されたということでしょうか?」
「そういうことになるな。それから岡崎、亡くなった萩元の交友関係と、山小屋の所有者である今際人志については?」
「湖西主任の言う通り、萩元が殺されたと思われる日、湖西主任と稲妻神社の神主が、今際と一緒に酒を飲んでいますね。伊酒屋の店員の証言もあります」
「たしか拓蔵の快気祝いに夕方の六時くらいまでは飲んだな。それから瑠璃が迎えに来て、おひらきになった」
「そんな病み上がりで、昼間から飲んで大丈夫なんですかね?」
と岡崎がたずねる。
「あの蟒蛇が矢鱈滅多なことで死にゃぁせんよ。それに、あいつが現役の頃は色々と付き合いがあったからな。それこそ本来は付き合ってはいけない連中とも」
「付き合ってはいけないって?」
大宮がおそるおそる言う。
「やーさんとかな」
「それは駄目でしょ?」
「いやいや、そこは公私しっかりしとるよ。もちろん違法行為をして、その証拠が出れば事務所に押し入って尋問するくらいじゃったからな」
「大宮。警察と暴力団のつながりは、事件解決の手掛かりにも必要な場合があるんだよ」
灰羅がそう言うと、「ま、まぁ、神主だったらそういう付き合いがあっても可笑しくはないですね」
と、大宮は納得する。
「まぁ、あいつの場合は相手がどんな職業でも関係ないんじゃないか? まったく知らないで、実は相手がすごい政治家だったりするしな。ほれ、以前亡くなった夜泉元総理とは若手政治家の頃からの付き合いじゃったが、その時は政治家とも知らんかったみたいじゃし、最上という……」
「話を元に戻すぞ。それで萩元を最後に見たのは?」
湖西の話を、灰羅は半ば強引に、終わらせるように話題を変えた。
「店を出たのは殺された日の十時前後。アフターで男性と一緒に出ているようです」
「その相手は?」
「簾舞治五四歳。……政治家ですね。萩元はお気に入りだったようで、彼女が店に出ている時は、いつも来ていたようですよ」
「政治家がキャバクラ通いか」
あきれた表情で西戸崎は頭を抱える。
「それじゃぁ、西戸崎と岡崎はその簾舞に事件当時のことを調べてくれ。それから大宮は佐々木と一緒に今際の周辺調査だ」
「あれ? 私は」
と、阿弥陀が灰羅にたずねる。
「阿弥陀警部は少し待機してもらう」
そう言われ、阿弥陀は首をかしげた。
会議を終え、煙草を吸おうと阿弥陀が喫煙室に入った時だった。
「つまらん会議は終わったか?」
と、聞き覚えのある声が聞こえ、阿弥陀は声の主を見やる。
「どうしてあなたがここにいるんですかね? 大威徳明王」
そこには大威徳明王……もとい、私立探偵である高山信の姿があった。
「すみません。波夷羅に無理を言って、阿弥陀如来さまを刑事部に待機させてもらったんです」
高山の従者であり、十二神将の一人である摩虎羅が、阿弥陀に頭を下げる。
「いえいえ、あなたが謝ることじゃないですよ。それで私に用事とは?」
「難陀竜王の件です。跋難陀が言っていたことが少し気になって調べたのですが、北海道の北部に亞沼湖丹というちいさな村があったんです。ですが、十二年ほど前、ある妖怪集団によって滅ぼされたと聞きます」
「その妖怪の目的が、かつて壇ノ浦の戦いで水没したとされる天叢雲剣ということがわかったのです」
「でも、一節によるとその剣は模造品で、本物は熱田神宮に保管されているともいいますがね」
「そもそも、天叢雲剣は須佐之男が八岐大蛇を滅した時に手に入れたもの。それともう一つ」
そう言いながら、高山は懐から写真を取り出した。
そこには、長い白髪の、キレのある顔つきをした美しい女性の姿が写しだされている。
「彼女が、なにか?」
「彼女の名は塚野朱鷺子。さっき摩虎羅が言っていた亞沼湖丹の生き残りだ」
阿弥陀は写真に写った塚野を凝視する。
「しかし、滅ぼされる理由がわかりませんな」
「滅ぼされる理由だがな、奴らが狙っていたのが天叢雲剣。それは本来龍王に伝えられてきた秘剣であった。そして壇ノ浦の戦いがあったのは、一一八五年……この年は乙巳であってな、蛇神が最も活発な年でもあるんだよ」
「つまり水没した天叢雲剣には、その龍王の力が宿ったまま、海に沈んだと」
「もうひとつ、水没したまま発見されなかった安徳天皇の行方だ。普通どんなにおもりをつけていようが、浮くものは浮くだろ?」
「たしかに体内にガスが溜まって、浮きますからな。んっ? それと今回とどう関係が?」
「跋難陀が伝えているとは思うが、難陀竜王が自分の真言を伝えた神子と云うのかがな、安徳天皇の子孫だと云うのだよ」
「まぁ、何かしら力を持っているとは思いましたけど、しかし天皇の子孫ですか」
「当時を考えれば、身代わりがいても可笑しくありませんが、その安徳天皇が水没した壇ノ浦は、今でいう山口県下関あたりで、そこから波に流されて北海道に流れ着いたとは考えられにくいんです」
「そうなると、もしかしてですが、安徳天皇を護るために、難陀竜王は彼を北海道まで漂流させたということですか?」
阿弥陀の言葉に、高山と摩虎羅は、まるで「なにを言ってるんだ」
といった表情で阿弥陀を一瞥した。
「えっと、なにか間違ったこと言いましたかね?」
「その水没した安徳天皇が実は本物で、しかも女人だとしたらどうなる?」
「――っ? えっと?」
「その安徳天皇自身が難陀竜王の神力を持っていたということになります。でなければ、今の今まで誰にも気付かれずに生きてこられたという考えができないんです」
「しかも、流れ着いたのは樺太……今でいう北海道の北部。当時を考えればまだ日本の一部ではなかったからな。難陀竜王はそれを考えて、彼女を亞沼湖丹まで連れて行ったのだろう」
「そこで彼女は子を産み、難陀竜王の力はその子から子へと受けつかれていった」
摩虎羅はそこまで言ってから、「その力を持った神子は、すでに皐月さんたちの近くにいます。ですが、彼女が本当の意味でその力を使えるとしたら――」
「もしかして、風花希望さんのことですか?」
阿弥陀がそう言うと、答えるように高山はうなずいた。
「自然の理に愛され、その総てを掌る神子が、その風花希望だ。彼女は真言を使わずとも自然が彼女を護り力を貸す。だからオレの管轄の下、彼女を執行人にしたんだ」
高山はそう言うと、懐から煙草を取り出し、紫煙を吹き出す。
「ですが、先ほどの女性がその滅んだ村の生き残りだとして、なぜ風花希望さんは助かったんでしょうかね? その村を滅ぼしたということは、皆殺しにしたということでしょうから」
「いや、彼女が生きていたことに気付いていたはずだ。彼奴は難陀竜王の力を持った彼女を目的に、村を滅ぼしたんだからな」
高山はゆっくりと立ち上がる。「それからお前と大宮が北海道で見た遺体だがな、鱗のような痕があったんだよな?」
「ええ。それと妙な女性を――」
阿弥陀は写真を見た時だった。
ズズズ……と、写真の縁から縁へと、蛇が這いずるように鱗の痕が現れていく。
そして、それが写真一面に塗り終えると、写真に写った塚野朱鷺子の姿は、赤く爛れた肉人形と化していた。
「こ、これはいったい?」
青褪めた表情で、阿弥陀と摩虎羅は写真を見やる。
「……っ! 摩虎羅っ! 塚野朱鷺子は今どうしている?」
そう言われ、摩虎羅は、自身の阿修羅に備考をさせていた塚野朱鷺子の状況を確認する。
「――先ほど、トラックに轢かれたそうです」
「彼奴め、手掛かりを殺したというのか?」
高山は煙草を灰皿の上で揉み消す。その表情は険しい。
「摩虎羅っ! やつの行方を調べろ。おそらく塚野朱鷺子を殺したのは、崇徳天皇だ」
「了解」
摩虎羅は高山に対して敬礼するや、その場から姿を消した。
「崇徳天皇? 彼が主犯だというのですか?」
「奴が天皇家を恨んでいることを考えれば、天叢雲剣を狙っていることも、安徳天皇の子孫が生きていると考え、亞沼湖丹を滅ぼしたということも辻褄が合う」
高山は阿弥陀を一瞥する。
「では、そのことを風花さんに」
「いや、彼女はまだ本来の力を使えない。いくら難陀竜王の力を持っていたとして、心技体のいずれかひとつでも揺らぎがあればな。それに彼女はまだ皐月が――」
高山がその先を言おうとした時だった。
「阿弥陀警部。こちらにいらっしゃいましたか」
岡崎が喫煙室に入ってくる。
「おや、岡崎くん。まだ出かけていなかったんですか?」
「ええ。少し整理してから」
阿弥陀は、岡崎と話をしている中、自分のうしろを見やった。
「どうかしたんですか?」
「いや、なんでもないですよ」
そう言いながらも、阿弥陀は自分のうしろにいるはずの高山がいなくなっているのに、少しばかり怪訝に思えた。
――皐月さんが、どうかしたんですかね?




