SIDE サラ
サラに、嘘をついたつもりはなかった。
ただ――ほんの少し、話を盛っただけだと思っている。
だってみんなが、リリアーヌのことを知りたがっていた。完璧で、優しくて、王太子妃になるはずだった――あの人の、裏側を。
きっかけは、誰かが何気なく口にしたほんの些細な冗談だった。
「リリアーヌ様って、実は気が強いらしいわよ」
そう口にすると、
「……ああ、分かる気がする」
誰かが、微笑みながら頷いた。
「だって、あの人。完璧すぎるもの。そういう人って裏があるのもじゃなくて?」
リリアーヌは、才色兼備だった。
礼儀も、学問も、魔法も。すべて努力の賜物だと、頭では分かっている。それでも――サラには眩しすぎた。
男爵令嬢に過ぎない自分にも、気さくに声をかけてくれる。身分の差など感じさせず、同じ目線で笑ってくれる。その優しささえ、どこか、手の届かないものに思えた。
誰かが、期待するようにこちらを見る。続きを、欲しがっている。
だから、つい。サラは付け足した。
「そうね……侍女には、少し当たりが強いかも。きつい口調で命令しているのを、見たことがあるわ」
その瞬間、空気が弾んだ。
「嫌だわ、怖い」
「優しそうに見えて……完璧な令嬢には、やっぱり裏があるのね」
くすくすと笑いが広がる。
サラは、その中心にいる自分を、どこか心地よく感じていた。
「この前なんて、庭園で下働きの者を立たせたまま、お説教をしてたのよ」
「まあ!」
令嬢たちの声が重なり、笑いが広がる。
事実かどうかなんて、どうでもよかった。だって――面白かったから。
それに、どこか不公平だと思っていた。
努力しても、笑っても、必死に礼儀を学んでも、私達は、決して彼女にはなれない。
血筋。
美貌。
王太子の隣という席。
すべてを、最初から与えられている人。
――ずるい。
だから、少しだけ傷をつけたかった。ほんの、ひっかき傷くらい。
あれほど恵まれているのなら、少しくらい痛い思いをしても罰は当たらないはずだ。
「この前、アンジェリカ様が泣いていたでしょう?」
「そうそう。理由は言わなかったけれど……」
言葉は、そこで途切れる。
けれど、沈黙が、勝手に続きを作り出す。
「……きっと、リリアーヌ様よ」
誰かがそう言った、その瞬間。
それは、もう“事実”になった。
含み笑い。
交わされる視線。
そこに、生まれる暗黙の共犯関係。
「そうそう、虐めの現場を見たって人もいるのよ?」
誰かがまた囁く。誰が見たのかなんて、重要じゃない。
噂に、真実かどうかは関係ない。大事なのは――その話が、人々にとって“楽しめる”かどうか。
ありふれた娘の失敗なんて三日もすれば忘れられるが、高潔と謳われる人間がほんの少しでも泥を被れば――その落差は極上の見世物になる。
人は、崇めると同時に、引きずり下ろす瞬間を待っているものだ。
そしてもうひとつ。
その噂が“誰にとって都合がいいか”。声の大きさと数も大事だった。
気づいた時には、もう遅い。火はすでに回り、逃げ場を焼き尽くしている。
一度燃え上がった噂の中で、事実など灰の下に埋もれる燃え残りにすぎない。
――そうして、リリアーヌは“悪役令嬢”と呼ばれるようになった。
誰かが最初に口にし、誰かが面白がって広め、やがてそれは疑う余地のない“事実”として定着していく。
***
ある日、サラはアンジェリカに呼び止められた。
柔らかな笑顔のまま、囁くように言われたのだ。
――リリアーヌが私を虐めていたように証言してほしいの、と。
「貴方が裏でリリアーヌを悪く言ってたことは知ってるのよ? 彼女に知られたくはないでしょう?」
「どうすればいいか、分かるわね?」
「ちゃんと、アリバイの裏は取れているから大丈夫よ」
「これは、王太子殿下も了承していることなの」
その言葉たちは、免罪符のように響いた。
男爵令嬢に過ぎない自分に、選択肢などあるはずがない。そう思った。……そう、思い込むことにした。
(私の立場は弱いから、仕方がない。従うしかない。――私は、悪くない。)
何度も、心の中でそう言い訳を重ねた。
私達は、リリアーヌ様を憎んでいたわけじゃない。ただ――羨んで、妬んで、自分の中の劣等感に、耐えられなかっただけ。
そして、夜会の日。
断罪の宣言が、大広間に高らかに響き渡ったその瞬間。
リリアーヌが、サラを見た。
責めるでもなく、縋るでもなく、
ただ――どうして、と問いかける静かな瞳。
その視線に射抜かれた刹那、胸の奥で何かが、きし、と小さく軋んだ。
……だが、サラは視線を逸らした。
だって、もう遅い。
引き返せないところまで、来てしまった。
(それに――私だけじゃない。皆が、彼女を「悪役令嬢」と呼んでいた。
だから、これはきっと、仕方のないことだったんだわ。私ひとりの罪じゃない。)
そうやって、何度も、何度も、自分に言い聞かせた。
――それなのに。
今になって、その罪が、暴かれようとしている。
「ごめんなさい……ちょっとした、出来心だったの」
震える声が、情けなく空気を揺らす。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
言葉を重ねるほど、薄っぺらさが際立っていく。
まさか、あそこまで追い詰めるつもりはなかった。
こんな結末になるなんて、思っていなかった。
ごめんなさい。
サラの謝罪は懺悔ではなく、ただの保身から来るものですね。
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