17話 断罪の夜
いよいよ、ロザリーが王宮の夜会に復帰する日が来た。
レオニダス王国では、喪に服する期間は90日と定められている。その喪が明け、さらに2か月。ロザリーは王宮からの招待状を受け取り、再び夜会の場に足を踏み入れることになった。
姉を失って以来、初めての社交の場だ。
本来であれば、婚約者のいない令嬢が夜会に出る際、エスコートは親族が務める。だが、ロザリーの父は、出るつもりはないらしい。
悪役令嬢と呼ばれた姉が自殺した家。好奇の視線と噂の的になることを、父は恐れたのだろう。あるいは、侯爵家当主としての体面が、耐えられなかったのかもしれない。
「本当に、夜会に出るつもりなのか?」
そう問われたとき、ロザリーは迷いなく頷いた。
「そうか。侯爵家を存続させるためには、いずれ婿入りしてくれる婚約者を見つけねばならないしな」
そこに、娘を案ずる色はなかった。こんな時でさえ、考えるのは侯爵家のことばかり。
けれど、ロザリーの本当の目的は、父の言葉とはまったく別の場所にあった。けれど、それを口にすることはせず、ただ、小さく頷いた。
それに、今夜はルーカスがエスコートをしてくれる約束だ。父が夜会に出なくても問題はない。
ロザリーは、鏡に映った自分の姿を見つめた。
腰まであった銀髪は丁寧に結い上げられ、そこに添えられたのは、ルーカスの瞳と同じ色をしたラピスラズリの髪飾り。耳元でも、同じ宝石の耳飾りが、控えめに光を受けて煌めいている。
身に纏うのは、透き通るようなシルクのドレス。
銀糸で縫い込まれた細やかな薔薇の刺繍が、布地の上に咲き誇っていた。バストの下から足元へと流れる、さらりとしたストレートラインが、全体を清楚に引き締めている。
「美しいドレス……。でも、わたしにはまだ大人びすぎてるみたいね」
鏡の中の少女は、その装いに、完全には追いつけていないように見えた。
きっと、姉だったなら……。このドレスは、これ以上ないほど、相応しく映っていたに違いない。
ロザリーは身支度を終え、玄関へ向かう。すでにそこには、正装を身に纏ったルーカスが待っていた。
「似合ってるよ」
「ありがとうございます。こんな素晴らしいドレスを贈ってくださって……」
「礼を言われるほどのことじゃないよ。今夜の夜会に相応しいドレスを君に贈るのは、僕の義務だから」
そのままエスコートされ、馬車へと乗り込む。車輪が動き出し、王宮へと向かって夜の街路を進んでいった。
***
王宮の夜会は、相変わらず眩いほどの光に満ちていた。
天井から垂れ下がる幾重もの水晶灯が、金と白を基調とした装飾を照らし出し、磨き上げられた床には、無数の光が星屑のように反射している。
けれど、ロザリーの胸には、冷たい記憶が貼り付いて離れない。
(……ここで、姉さまは)
視線の先。
かつてリリアーヌが立たされ、罪を着せられた場所。
誰も味方をしなかったあの夜と、寸分違わぬ大広間。
「……緊張してるかい?」
隣から掛けられた気遣わしげな声に、ロザリーはゆるく首を振った。
「いいえ、大丈夫です」
(あの日、姉が味わった恐怖は、こんなものではなかったはずだもの。)
ルーカスは何も言わず、ゆっくりと手を差し出す。
ロザリーは躊躇いがちにその手を取った。
「行こう、ロザリー」
「はい、ルーカス様」
導かれるまま、大広間へと足を踏み入れる。
ヒールが乾いた音が打つたびに、無数の視線がこちらへと集まってくる。
「あれは……リリアーヌ嬢の妹では……」
「ええ、ロザリー嬢よ。なぜ、ルーカス様がエスコートを……?」
やがて、楽団が最初の音を奏でる。空気が震え、夜会は静かなざわめきを音楽に預けた。
ロザリーは手を繋いだまま、ルーカスとともに一歩、踏み出す。旋律に導かれるように、ふたりはゆっくりと踊り始めた。
ぎこちなさはない。彼のリードは穏やかで、決して急がせず、ロザリーの歩幅に寄り添ってくる。そのおかげか、少しずつ緊張が解けていくようだった。
そして曲が終わっても、ふたりは決して手を離さなかった。ルーカスと踊りたそうにしていた令嬢が幾人もいたが、そのまま、何曲も踊り続ける。ふたりが親しい中であると周囲に見せつける様に。
「まさか、あのふたり……」
「以前、ふたりが逢引きをしていたという噂は本当だったのね」
やがて、踊っているのはロザリーとルーカスだけになった。音楽が鳴りやむと、途端に会場は水を打ったように静まり返る。
集まっていた人々の視線は、自然と中央に立つふたりへと吸い寄せられていた。
「皆様」
その沈黙を待っていたかのように、低く、しかしよく通る声が場を制した。
ルーカスが、ゆっくりと前へ進み出る。
「本日は、我が隣国より――正式なご報告があります」
しんと張り詰めた空気の中、その声は一層はっきりと響き渡る。
そして――
「我が名ルーカスにおいて宣言します。この場にいるロザリー嬢を、僕の婚約者として迎える」
ざわり、と空気が揺れた。
驚愕、困惑、計算。
貴族たちの視線が一斉に、ロザリーへと集まる。
その中心で、ロザリーは礼を取った。背筋を伸ばし、視線を伏せすぎることもなく。隣国の皇子の婚約者として、相応しいものだった。





