16話 真実
黄昏の光が空を赤く染めるころ、クラウゼ家の屋敷を後にしたふたりは、互いに誘い合うでもなく、自然と協会の墓地へと足を向けた。薄霧に霞む小径を静かに抜け、静寂の中にたたずむ墓石の間を歩むと、そこにはリリアーヌが眠る場所があった。
ロザリーは、言葉に詰まりながらも、自分の胸に沈む罪の重さを押し出すようにして口を開く。
「……ルーカス様は」
風に吹かれた声は、切れ切れに聞こえた。
「わたしが、姉さまを死に追いやったことを……知っていたのですね?」
問いというより、確認だった。
ルーカスは彼女を見据えた。その瞳の奥に、怒りでも、哀しみでも、苛立ちでもない――ただ、淡々と事実を受け止める冷たい光が宿っていた。
「ああ。彼女は、君のことを大切に思っていた」
その言葉は、場に似合わず、ひどく穏やかだった。
「実はね。僕は一度、リリアーヌに言ったことがある。……一緒に隣国へ来ないか、と。環境さえ変えれば、今の状況から離れられる。新しい場所でやり直すこともできるだろう、と。
……けれど、彼女は断った。……妹がいるから、と」
ロザリーの呼吸が止まった。胸の奥に、鈍い痛みが広がっていく。
ルーカスの声は、淡々としていた。
「そんな彼女が、君を残して死ぬわけがない。だから――」
わずかに、その視線がリリアーヌの名の刻まれた墓標へと落ちる。
「もし彼女が自死したのだとしたら……原因は、君にあるのだろうと思っていたよ」
逃げ場のない言葉だった。
ロザリーの肩が、小さく震える。
けれど――彼女はもう、俯かなかった。
今にも涙が零れ落ちそうな瞳で、まっすぐルーカスを見つめる。
「……はい。その通りです」
指先を強く握りしめる。
「姉を殺したのは、誰か。……それは、わたし」
胸の奥に沈んでいた罪が、言葉となって零れ落ちる。
「最後の夜。わたしの、軽率な一言が、……姉さまを死に追いやった。ああ、ごめんなさい、ごめんなさい……」
唇からこぼれるのは、取り返しのつかない謝罪ばかりだった。頬を伝う涙が、ぽたり、ぽたりと落ちていく。
今さら謝ったところで、聞き届ける相手は、もうここにはいない。
もう戻らない。もう触れられない。そこにあるのは――ただ、物言わぬ墓標だけだ。
「ごめんな……っ」
ロザリーは、また謝罪を繰り返しそうになり、血が滲むほど唇を噛みしめる事で耐えた。
――赦されたい。
そんな身勝手な願いが、心のどこかにあることに気づいてしまったからだ。
これまでロザリーは、姉を貶めてきた人々に怒りをぶつけてきた。
けれどそれは、本当は――何もできなかった自分。いや、違う。リリアーヌを傷つけた者の一人だった自分への、怒りだった。
墓地には、重たい沈黙が落ちていた。
湿った風が墓石の間を通り抜け、乾いた草を揺らす。
やがて、その沈黙をルーカスの低い声が破った。
「……だが」
短い一言だった。
「それが、すべての理由だとは思っていない」
ロザリーが、はっと目を見開く。
ルーカスの瞳は、先ほどよりもずっと鋭かった。
「あなたの言葉が、彼女を傷つけたことは……きっと事実だろう」
低く、静かな声だった。
「だけど、それだけじゃない。リリアーヌが、どれほど長く追い詰められていたのか――あなたも、知っているだろう?」
ロザリーの喉が、かすかに鳴る。
ルーカスの言葉は、ゆっくりと続いた。
「彼女を貶め続けてきた令嬢達。罠に嵌め、罪を着せた者。婚約者でありながら、彼女を守るどころか……雑に扱い続けた男」
一つひとつの言葉が、静かに積み重なっていく。まるで、崩れた塔の瓦礫を数えるように。リリアーヌが背負わされたものの重さを、今さらになって突きつけるように。
そこでルーカスは、一度だけ息を吐いた。
わずかに視線を落とす。その横顔に、かすかな影が落ちた。
「……そして」
声が、ほんの少しだけ低くなる。
「何も出来なかった僕にも……咎はある」
その言葉を聞いた瞬間、
ロザリーの胸の奥で、何かがひどく軋んだ。
――リリアーヌの死の真実。
ずっと見ないふりをしてきたものが、
ゆっくりと、形を持って浮かび上がる。
王妃の玉座に手を伸ばすため、
アンジェリカは姉を“悪役令嬢”と印象付けた。
金貨の重みに良心を売り渡した侍女は、
主人の予定や私物を横流しした。
嫉妬に胸を灼かれた令嬢たちは、
噂を王宮じゅうに撒き散らし、
罪の証をでっちあげた。
嘘だと知りながら、
カヴェインは目を伏せ、
沈黙という共犯を選んだ。
婚約者が邪魔になったアレクシスは、
正義の仮面を被り、
断罪の言葉を振り下ろした。
追い詰められていると確かに知っていたのに、
なにもできなかったルーカスと、
――そして。
最後に、確実に
姉の息の根を止めたのは、
ほかでもない、
わたしだった。
自死だと、信じたくなかった。
いいえ――違う。
信じたくなかったのではない。
自分のせいで死んだのだと、
認めたくなかっただけだ。
本当は、分かっていた。
あの夜、姉の顔から血の気が引き、
すべての感情が消えた、あの瞬間。
取り返しのつかない言葉を、自分が放ったことを。
けれど――わたしは目を逸らした。
誤魔化すように、
姉を殺した犯人を探していた。
いるはずもないのに。
本当は、ずっと前から知っていたのに。
その犯人が、
――自分自身だということを。
「……はい、そうですね。でも、わたしが……姉を追い詰めたのも事実です」
ロザリーは、震える息を吐いた。
声はかすれていたが、最後まで言わなければならない。
「わたしを……どうするかは、ルーカス様にお任せします」
涙で滲む視界の向こうで、ルーカスは微動だにせず立っている。
彼が、どんな思いで自分に近づいたのかは分からない。もし彼の手で断罪されるのなら、それでもいい。それが、せめてもの償いになるのなら。そう思うしか、ロザリーには残されていなかった。
「……どうか、わたしに罰を与えてください」
ロザリーは、ゆっくりと頭を垂れた。
「……あなたが罪人なら、僕だってそうなんだけどね」
ルーカスは困ったように、ほんのわずか肩をすくめた。
「あなたを裁ける立場だとは思えないけど、そうだね。あなたにはこの先にも協力してもらいたい」
「協力……」
「……罪のない人間を貶めた彼女たちを見過ごすことはできないからね。……正義のため、なんて言うつもりはない。リリアーヌのため、と言えば聞こえはいいが……それだけでもない」
ほんのわずか、自嘲めいた笑みが浮かぶ。
「結局のところ、これは僕の自己満足なんだろう」
そして、静かに言った。
「それでも――このまま終わらせる気はない」
彼はゆっくりと手を差し出した。
それは、ロザリーが初めて彼と出会った日のことを思い出させる仕草だった。
あの日と同じように、
迷いのない手だった。
「だから、ロザリー」
彼女の名を、はっきりと呼ぶ。
「一緒に来てくれないか」
差し出された手は、逃げ場を与えないほど真っ直ぐだった。
その瞳に宿る光は、冷たく鋭いまま。なのに、その奥には隠し切れない熱に帯びていた。
「僕と一緒に、地獄に堕ちてくれ」
囁くような声だった。
なのにそれは、愛の告白と錯覚してしまいそうなほど、甘く、狂おしい響きを帯びていた。
ロザリーは、差し出されたその手を見つめる。
それは救いの手ではない。赦しでもない。
罪を背負った者同士が、同じ場所へ向かうための手だった。
ロザリーの指先が、かすかに震える。
それでも、彼女はゆっくりとその手を取った。
「それで……姉の汚名を、そそげるなら。喜んでーー」
その掌の温度は、変わらず、優しくて――
その手に引かれて行くのなら、たとえ行き着く先が地獄でもかまわない。そんな気がした。
クライマックス推理の気持ちで書きました。これまでの描写が、「ああ、そういうことだったのか」と腑に落ちるものになっていれば幸いです。
これから断罪&ざまあのターンになります。ルーカスやあの人視点の話や、その後も書いていきます。あと10話ほどで完結予定です。
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