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悪役令嬢の葬式――断罪された姉の為、妹は復讐を誓い真実を暴く  作者: 冬月子@書籍化決定!悪役令嬢のダイエット革命5/1発売


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11話 アレクシス殿下

(……どうして、ここに)


反射的に息を呑むロザリーの視線は、すぐにアレクシスの隣へと引き寄せられた。

そこにいたのは、アンジェリカではなかった。

淡い色合いのドレスに身を包んだ、見覚えのない令嬢。柔らかく微笑みながら、親しげにアレクシスの腕に手を添えている。その距離は、あまりにも近い。


リリアーヌを婚約破棄したあと、アレクシスはアンジェリカと婚約を結んだと聞いていた。それなのに今、隣にいるのは別の女だ。

ほんの少し前まで、あれほど熱心にアンジェリカを連れ回していたというのに。

言葉にならない嫌悪がゆっくりと滲んでいく。


すれ違う寸前、アレクシスもまた、こちらに気づいたらしい。

一瞬、驚いたように目を見開き――すぐに、わずかに眉をひそめた。


「……ロザリー?」


名を呼ばれ、胸の奥がひやりと冷える。


「あら、お知り合いですの?」


隣りの令嬢が咎める様に冷たい声を出す。


「……ああ、まあな。かつて婚約者だったリリアーヌの……妹だ」


「まあ、あの令嬢の」


「ああ。しかし、喪中だというのに出歩いているとは……」


責めるでもなく、妙に含みを持った声音だった。アレクシスは口元を歪める。


「姉は、妹にも慕われていなかったようだな」


「仕方ありませんわ。嫉妬に駆られて虐めをしていたくらいですもの」


隣の令嬢が、さも当然のように言葉を重ねる。


「姉のせいで、婚約破棄になったそうだな」


「罪人の家系では、なかなか次も見つからないでしょう。お可哀そうに」


胸の奥で、何かが軋んだ。

今すぐ反論したい衝動を、ロザリーはぐっと抑え込む。


「ああ、全くだ。妹のロザリーには、罪はないと言うのにな……」


「……?」


何を言い出すつもりなのか。

ロザリーは眉をひそめる。


「そう警戒するな。良い提案をしてやろうと言っているだけだ」


アレクシスは唇を吊り上げた。まるで恩を施すような口調で続ける。


「喜べ。お前を側室にしてやってもいい」


「……は?」


一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


「姉と似て、成績は優秀だと聞いている。あれも勉強だけは出来たからな。愛想は悪かったが……容姿も、悪くはなかった。妹のお前も……」


平然と、死人を踏みにじるように言う。視線が、ロザリーの髪へ、喉元へと滑る。


「なかなか、愛くるしい顔をしている」


その瞬間。ロザリーの中で、怒りは燃えなかった。

代わりに――すうっと、氷のように冷えていった。


(……この人は)


 胸の奥で、はっきりと理解する。


(本当に、何も変わっていないのね。姉という婚約者がいながら、浮気していた時と一緒……)


「嫌だわ、殿下。私を差し置いてこの子を側室にだなんて……」


わざとらしく拗ねた声で、令嬢がアレクシスの腕に指を絡める。

甘えるように身を寄せ、その肩口へと頬を寄せた。


「ああ、悪い悪い」


アレクシスは困ったように笑いながらも、その視線はどこか上滑りしていた。


「そんなに拗ねるなよ。どっちも平等に可愛がってやろう」


その軽薄なやりとりを、遮るように。


「――そんなことより」


ロザリーは口を開いた。

礼儀も、体裁も、もうどうでもよかった。


「姉の死因を、解明してください」


周囲の空気が、ぴたりと止まる。


「は?」


アレクシスが、露骨に眉をひそめる。吐き捨てるように、続けた。


「何を言い出す。あれはもう、自殺だと答えが出ているだろう」


ロザリーは、即座に首を横に振った。


「いいえ。あれは、自殺ではありません」


「まだそんなことを言っているのか」


アレクシスは、苛立ちを隠そうともせず、息を吐く。


「断罪され、婚約を破棄され、居場所を失った。誰がどう見ても――」


「違います。姉は、そんな弱い人ではありませんでした」


言葉を遮る。

ロザリーの視線は、真っ直ぐにアレクシスを射抜いていた。


「――殿下は……。最後に、姉にお会いになった時のことを、覚えていらっしゃいますか」


ロザリーは、一歩も引かない。


「教えてください。その時の姉は、どんな様子でしたか」


はあ、大きくため息をつくアレクシス。


「最後にもなにも、俺は夜会で顔を合わせたきりだ。しかし……そんなに気になるなら、聞いてみたらどうだ?」


思いもよらぬ返答に、今度はロザリーのほうがたじろいだ。


「……聞くって、誰に?」


「あの夜、リリアーヌが泊まっていた部屋の前を護衛していた人物にだ」


心臓が、わずかに跳ねる。


「一応な、逃亡する可能性も考慮して、一晩中、護衛をつけていた。形式的なものだったが……、結果的に、それが最後になってしまった」


「……誰、だったんですか」


かすれた声で問う。

アレクシスはちらりとロザリーを見下ろし、短く答えた。


「カヴェインだ」


「……カヴェイン様が?」


思わず零れた声に、アレクシスは頷いた。


「ああ、そうだ」


「殿下の護衛騎士、ですよね。……どうして、彼が……」


どうしてアレクシスの専属護衛である彼が、殿下の傍を離れ、姉の部屋の前に立っていたのか。


「カヴェイン自身の希望だった」


淡々と告げられた一言は、余計な感情を削ぎ落としているぶん、却って重く響いた。


カヴェイン・クラウゼ。


黒髪の短髪を後ろへ流し、凛々しい眉の下には涼やかな眼差しを宿した騎士。

寡黙で、鋭い眼差しを宿しながら、誰よりも忠誠に生きる男だ。殿下の護衛として、常に一歩後ろに控え、決して前に出ることのない。


――その彼が、姉さまの部屋の前に、立っていた。


つまり、あの夜の出来事を最も近くで見ていたのは、カヴェインだったということになる。


「だから、確かめたいなら好きにすればいい。今、あやつは休養中だ。屋敷に引きこもっているはずだぞ」


興味を失ったように肩をすくめる。

王都の通りは昼下がりのざわめきに満ち、人々の話し声や馬車の車輪の音が絶え間なく行き交っている。だが、アレクシスの声だけが妙に冷たく耳に残った。


「……護衛中に、結果として相手を自死させてしまったことを、ひどく悔やんでいてな。自分が目を離さなければ防げたのではないかと、強く責任を感じているようだ。リリアーヌが死んでからというもの、仕事に出てこないんだ」


ロザリーと話していて、構ってくれないアレクシスに退屈だったのだろう。先ほどの令嬢が殿下の腕を引いて、何かを囁いていた。

アレクシスはそれに軽く笑い返しながら、ロザリーに片手をひらりと振る。


「お前も、姉と同じように融通が利かなそうだな。側室にするのは考えなおそう。……ほら、さっさと行くがいい」


まるで道端の物売りでも追い払うような、ぞんざいな仕草だった。

ロザリーは一瞬だけ唇を引き結び、頭を下げる。


「……教えてくださり、ありがとうございました」


顔を上げたとき、アレクシスの視線はすでにロザリーではなく隣の令嬢に向けていた。

二人の笑い声が、通りの喧騒に紛れて軽く弾む。


ロザリーは踵を返す。

石畳を踏む靴音が、乾いたリズムで続いた。


(……カヴェイン様。あなたなのーー?)


あの夜、姉の部屋の前に立っていた騎士。

唯一、真実を知っているかもしれない人。


(……姉さまを殺したのは)


胸の奥に残る重たい不安を抱えたまま、ロザリーは人波の中へ足を速めた。

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