表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の葬式――断罪された姉の為、妹は復讐を誓い真実を暴く  作者: 冬月子@書籍化決定!悪役令嬢のダイエット革命5/1発売


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/29

SIDE ???

「い、いやっ……死にたくない!」


思わず漏れた声は、闇に吸われるように小さく震えた。

胸の奥が、ぎゅっと握り潰されたかのように痛む。必死に息を吸おうとしても、冷えきった夜気が喉の奥で引っかかり、肺の奥まで届かない。浅く、乱れた呼吸を繰り返しながら、女は何度も自問する。


どうして――どうして、こんなことになってしまったのか。


すべては、弟のためだった。

病に伏せた弟は、日ごとに衰弱し、医師からは「この国では、もう打つ手がない」と告げられた。隣国でなら手術が受けられる。そう聞いた瞬間、他の選択肢はすべて消え去った。

危険だと分かっていても、それは裏切りだと知っていても、弟を救える可能性がそこにあるのなら、どうにかして手術を受けさせるしかなかった。


弟はすでに、手引きを頼って隣国へ渡ったという。

自分も後を追うため、国境を超えるために用意された馬車に乗った。


薄暗い森の中を、馬車は黙々と走った。

絡み合う枝葉が天を覆い、月の光さえ遮られて、外の景色はただの黒い塊にしか見えない。車輪が地面を噛む音が、やけに大きく、やけに近く感じられ、女の耳の奥で不規則に跳ね続ける。それはまるで、自分の鼓動そのものが外に漏れ出しているかのようだった。


(――何かが、おかしい……。)


理由は分からない。ただ、胸騒ぎだけが、じわじわと膨らんでいく。

次の瞬間だった。


馬が、悲鳴のように嘶いた。

同時に、馬車が激しく揺れ、外側から何かを叩きつけられる衝撃が走る。身体がふわりと浮き、座席から投げ出されそうになる。


「きゃああああ!」


女は思わず悲鳴を上げた。


「止まれ!」


低く、荒れた男の声。

胸の奥が、きゅっと潰れる。


(……まさか、野盗? そんな……!)


扉が蹴破られ、冷たい夜気と鉄の匂いが一気に流れ込んできた。

今度は叫ぶ間もなかった。


「ひ……っ」


声が、喉の奥で凍りついた。

次の瞬間、腕を掴まれ、乱暴に引きずり下ろされる。背中から地面に叩きつけられ、肺の空気が一気に吐き出された。あおむけに倒れたまま、女は見てしまう。

黒い影が馬車に飛び乗り、ためらいもなく御者の喉元を刃で掻き切る、その一部始終を。

自分の元まで漂う血の匂いが、吐き気を伴って鼻を刺した。


「いや……! いやあああっ、お願い、やめて……!」


「依頼はそいつ一人だ。手早くやれ」


淡々とした声。感情の欠片もない。


「い、いやっ……死にたくない! だ、誰か助けて……!」


必死に声を振り絞る。だが、深い森のなか。返事はあるはずもなく。

月光を受けて、短剣が鈍く光った。視界の端で、その刃がゆっくりと迫ってくる。喉元に、冷たい感触が触れた――ような気がした。


(死にたく、ない……!)


その瞬間。


「そこまでよ!」


鋭い声が、闇を裂いた。次いで、風を切る音。

男の腕に何かが突き刺さり、獣のような悲鳴が上がる。

拘束が、解けた。


「っ……!」


足から力が抜け、女はその場に崩れ落ちた。震える手で地面を掴む。

次の瞬間、闇の中から、いくつもの影が現れる。月光を背に、剣を構えた人影たち。


「た、助かったの……?」


混乱する頭で、ただそれだけを思った。


「野盗の仕業に見せかけて殺すつもりだったのだろうが……、そうはいかないよ」


低く、よく通る声。威圧するように、男たちの前へ進み出る青年。

盗賊たちらしき男達は、何も答えない。

否定も、弁解も。

その沈黙が、かえって恐ろしかった。


「お、お願いします……! どなたかは分かりませんが……助けて……!」


喉を引き裂くように、縋る声を振り絞った。

その声に、青年がわずかに顎を引く。その小さな仕草を合図に、背後の護衛たちが一斉に動いた。

剣が抜かれる音が、夜気を裂く。金属と金属が打ち合う乾いた衝突音。続いて、喉を潰されたような低い呻き声が、湿った闇へと溶けていった。


戦いは、あまりにも呆気なかった。

刹那の応酬ののち、野盗らしき男たちは地に伏せる。


「……た、助かった……?」


何が起きたのか理解しきれないまま、女は呟いた。呆然としながらも、自身の胸が上下していることを確認する。指先は、まだ動く。

生きている――その事実だけが、遅れて実感として押し寄せた。


「あ……ありがとうございます……! 野盗を退治してくださって……おかげで、助かりました……!」


女は地面に膝をついたまま、必死に言葉を紡ぐ。

涙で滲む視界の向こう、こちらを見下ろす人影があった。


月明かりに浮かぶ、冷えきった瞳。


「勘違いしないで」


鋭い声が、容赦なく夜気を断つ。

その一言で、胸に芽生えかけていた安堵は、音もなく凍りついた。


「あなたを助けたわけじゃないわ」


先程まではそれどころではなかったが、落ち着いて聴いてみると、その声は聞き覚えがあった。

女の肩が、びくりと跳ねる。


「も、もしや……貴方は……」


恐る恐る絞り出した問いに、影の人物はわずかに唇を歪めただけだった。


「そう。あなたを生かしたのは――あなたのためじゃない」


深くかぶっていたマントのフードが、ゆっくりと外される。

月光に照らされたその顔を見た瞬間、女は完全に喉を詰まらせた。


「あなたには、姉さまを断罪するために使われた“嘘”を……今度は、“真実”として語る役目があるの」


月の光に透ける銀色の髪に、アメジストの瞳。

――ロザリーだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『悪役令嬢のダイエット革命』書籍化しました!
ご予約はこちらから
悪役令嬢のダイエット革命!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ