八.最終決戦
「Long time no see。久しぶりだね」
西本は呆気にとられた。アメリカに戻った伊賀が目の前にいる。以前と変わらぬ、たくましいその姿になつかしさが一気に込み上げた。
「お、お前……」
太郎が伊賀の肩にとびかかった。
「何が、ロングタイムだ。まだ数日しかたってないだろ。まさか、こんな早く再開できるなんて……」
「いたいよ、太郎。君は今、イカロスなんだよ」
「あ、そうだった。ごめん、ごめん」
慌てて手を離して頭をかく太郎に西本は苦笑して、一歩前に出た。西本に気づいた伊賀は、真剣な表情を浮かべた。
「伊賀。説明するまでもねぇと思うが、これが現実だ。異世界と現世を守るには、ガルヴァンの力を上げる以外ない。わざと負けろとは言わない。だが、他に方法がない以上は……」
全てを理解したようにうなずく伊賀に西本は眉をひそめた。こいつ、何かするつもりだな。
「僕はわざと負けるなんてことはしないよ。でも彼に勝つこともしない。まあ、見ていて」
涼し気に話す伊賀に呆気にとられた西本はふっと笑った。あの2オン2が脳裏を横切った。
〝お前はシュートを打つな〟
俺の無茶ぶりにも涼し気に勝利したこいつなら、きっと何とかしてくれるはず。
(余計な世話だったな)
まあ、後は任せたぜ。伊賀の膝をポンとたたいた西本は、コートの外に出た。
※
そういや……辻は頭をひねって西本に問いかけた。
「なんで伊賀は現世の姿で異世界にきたんだ? 確かあいつはこっちでは太郎って名の少年だったはずだけど」
太郎も首を傾げた。そういや、あいつは俺の弟子で、まだ子供だったはず。西本が苦々しく口をゆがめた。
「まあ、それだけ境界が薄まってきた証拠だ。早くしないと、現世の連中がどんどんこっちに来ることになるぞ」
そんな……唖然とする二人を横目に、西本は熱い視線を伊賀に注いだ。
※
「こんなことは前代未聞じゃ……わしゃ、どうすりゃいいんじゃろか……」
キャラの暴走。これが編集にばれたら、首どころじゃすまない。もしかして、何かのウィルスによるバグが発生しているかも。そうなると今すぐにでもこの世界を消去しないと。ゆっくりとその場を去ろうとするシュウの前にドラゴンが立ちはだかった。
「どこにいくつもりだ? 余計な事はするな。お前が作った物語だ。最後まで責任をもって見届けろ」
険しい表情のドラゴンに、シュウはおびえた表情を浮かべた。こいつ、雑魚キャラのくせに、妙に責任感が強いんじゃよなぁ……ってわしの設定どおりか……ため息をついて諦めたようにその場に座り込んだ。
※
「やあ、君は巨瀬君だったね。久しぶり」
伊賀の声掛けにうつむきながらも目を向けた巨瀬はこくりとうなずいた。
「ガルヴァンとしての力を放棄した今、君が僕に勝てる可能性は万に一つもない」
厳しい眼差しに巨瀬はごくりと唾を飲みこみ、悔しそうに唇をかんだ。
「でも、このままじゃ、この世界は滅んでしまう。どうすればいいと思う?」
うつむき黙り込んだ巨瀬は決心したように顔を上げた。
「僕は君に勝ちたい。いや、勝たなきゃいけないんだ」
そうだ。伊賀がこくりとうなずいた。
「その熱い気持ち。大切なのはそれだ。さあ、やろう。何度でも僕は君の挑戦を受けよう」
その後の二人の戦いを西本は呆気に取られて眺めていた。何度も、何度も、伊賀に抜かれてはシュートを決められる巨瀬。長い手を挙げたその上から、叩き込まれたダンクに尻もちをつきながらも、決してあきらめないその姿勢。一体どれくらい時間がたったのか。既に日は暮れ、暗闇に包まれ、いつの間にかやんだ雨の中、薄暗い街灯で照らされたゴール下で、戦い続ける二人。
(そういう事か……)
負けることはないが、勝つこともない。永遠にこのまま戦い続けるという意味。その伊賀の覚悟に、西本は敬意を払い、あきらめず挑み続ける巨瀬に、かつて自分に戦いを挑んだ太郎を重ねた。絶対に伊賀を救う。太郎の熱い思いは、俺との実力差を覆して勝利を導いた。こいつもきっとやってくれるはずだ。そして……
(俺にできることは、黙ってこの勝負を見守ってやるだけ)
「太郎、辻。戦いは長くなる。お前達はかえって休め。後は俺に任せろ」
「ば、ばかいえ。俺も最後まで見守るぜ」
太郎と辻はそろって腕を組んで仁王立ちした。こいつら……ニヤリとした西本は、ふと、ベンチに座るシュウとドラゴンに目を向けた。ふんと鼻息を漏らしたドラゴンは、立とうとするシュウの寝首を押さえて、背もたれにふんぞり返った。その様子に西本はふっと笑った。
(こいつも、おちおち、休んでられねぇってか)
二人の戦いに真剣な眼差しを向けるドラゴンに、かつて、鬼塚のリーダーとして自分たちに立ちふさがった、勇ましい竜崎が重なった。
※
「だめだ。これじゃあ、いつまでたっても伊賀には勝てない……」
あれから数時間……西本は負け続ける巨瀬に焦りを浮かべた。身長こそ、伊賀を優に超えているが、かつてのような筋肉は無く、ガリガリに痩せたその体。伊賀のディフェンスにゴール下でまともにリバウンドさえ取れていない。
再び振り出した雨は激しさを増し、心なしか地響きも感じる。このままじゃまずい、一体どうすれば……隣でうつうつといびきをかくシュウに苛つき、こつんと足を蹴飛ばした。
「おい、寝るな。何かいいアイデアは無いのか? 伊賀に勝つ方法。あんたも何か考えろ!」
びくりと目を覚ましたシュウはあたふたと髭をなでた。
「あんなガリガリのセンターじゃあ、むりじゃもん。Dunk of Destinyの力を放棄した今、アイツに勝てる見込みはゼロじゃよ」
(ったく、それを何とかできるのが原作者じゃねーのかよ……)
泣きべそをかくシュウにあきれながらも、西本は頭を悩めた。バスケは言わば格闘技。筋肉隆々の男たちが繰り広げる力と力のぶつかり合い。いくら背が高くても、相手をぶちかます力が無ければ無用の長物。先ほどからあきれるほどシュートを伊賀に決められている。
(ん……?)
ふと違和感を感じて西本は伊賀を見つめた。
スリーポイント、スリーポイント、スリー……
呆れるほどに、ロングシュートを決める伊賀に驚きと共に、違和感を感じた。なぜ執拗にスリーを狙う? まさか、何かを誘っている? 呆然と見つめる西本の前で、再び伊賀がスリーを放った。
緩やかな放物線を描いで空中に放たれたボール。またやられた……目を覆いかけた西本は次の光景に呆気にとられた。ボールが頂点の到着する寸前、まっすぐに伸びた巨瀬の腕が、わずかにボールをかすった。
(5mはあるぞ。まさかあの高さに届くとは……)
生まれて初めて見た光景に西本は呆気にとられた。こんな人間が存在しているのか。わずかにそれたボールがポーンとリングに当たって、こぼれ落ちたボールを巨瀬がたどたどしくつかんだ。
「やっと僕の番だ……」
顔を上げた巨瀬に伊賀がわずかに顔を緩めた。
※
「そういうことか」
ぽんと手を叩いた辻に西本は眉をひそめた。
「伊賀はお前もスリーを打てと、誘ってんじゃないかな。センターは何もインサイドだけじゃないって事を伝えたいんじゃ……」
はっとコートに目を向けた西本は呆気にとられた。スリーポイントラインから3mは離れた地点。巨瀬がボールを高く掲げた。か細い、だが、高く繊細なそのシュートフォームから、やわらかなタッチで放たれたボールは、コートを駆け上がる巨大な架け橋のように、美しい弧を描いてリングに吸い込まれた。
巨大・長距離砲
なすすべもなくボールの軌跡を追った伊賀は呆れたように首を振った。
「さすがに、あれは防ぎようがないね」
驚いたような顔をして、自分の放ったシュートを見つめていた巨瀬は、何かに気づいたように伊賀を見た。君は……。
「さあ、まだ、3点だ。僕との差を埋めれるかな?」
伊賀はボールをポーンと巨瀬に投げた後、すばやく詰めよった。体を密着する程のディフェンスに慌てた巨瀬は、苦し紛れに再びスリーポイントシュートを放った。
「甘い。そんなんじゃ、だめだ!!」
リングにはじかれたボールを飛び跳ねてキャッチした伊賀は、ハーフラインまで一気に戻ると打って変わって、ドリブルで巨瀬を揺さぶった。速度ゼロからの急加速。猛烈な緩急に耐え切れず尻もちをついた巨瀬は、眉を上げて、落ち着いてシュートを決める伊賀を唖然と眺めた。
「くそっ!!」
地面に拳を叩きつけた巨瀬の元にボールが転がってきた。さあ、こい、と挑発する伊賀を見上げた巨瀬は、唇を噛み締め立ち上がり、ドリブルを仕掛けた。
※
「そんなぺっぴり腰じゃ、中に入れないぞ!!」
自分よりはるかに小さいはずの伊賀が、巨大な壁のように感じて、巨瀬は唖然とした。右に進めば立ちはだかれ、左を狙えばサイドに追い込まれ、背中越しに感じるその小さな重機のような圧力に、スリーポイントラインから一向に中に入る事ができない。
雨は激しさを増してきた。滑る地面に耐えるように、伊賀は体をさらに低く構えて、巨瀬の動きを観察した。
(ドリブルのスキルは並ってとこか……特段、取りずらいタイミングでもない。彼にこれ以上求めるのはさすがに無理か……ん……?)
あきらめたように自分から距離をとって後ずさった巨瀬に、伊賀は眉をひそめた。ハーフラインぎりぎりで、こちらに鋭い視線を注ぎながら、体を低く構えている。
(何かを仕掛けてくる?)
その直後、伊賀は呆気にとられた。猪突猛進。巨大な体を丸めながら、こちらに巨瀬が突撃してきた。あぶない……
思わず後ずさった伊賀は、その次の巨瀬の仕掛けに呆気にとられた。
股ぬき
細長い手から押し出されたボールは、突然に目の前から消えうせ、気づけば巨瀬がゴールに向かってジャンプしていた。
ガシャーーん
長い両手を真っ直ぐに伸ばして叩き込んだスラムダンクを伊賀は呆気に眺めた。まさか、あんな技で抜いてくるなんて……。
激しかった雨はいつの間にかやみ、うっすらと白みがかった空の彼方に広がる地平線から、わずかにまぶしい光が顔を出した。シュウが厳かな表情を浮かべて立ち上がった。
「おお、ついにこのDunk of Destinyに陽が差した。暗く闇に覆われた大地は、暖かく、希望に満ちた世界へ生まれ変わる時がきた。さあ、皆の者、新しいヒーロの門出をいわおうじゃないか!!」
両手を上げたシュウの頭をぽかんとドラゴンたたいた。
「何を偉そうに。お前はなんもしてねーだろ」
頭を抱えて座り込むシュウに呆れた西本は、太郎と辻に目を合わせて、はははと笑いあった。




