九.エピローグ
「ねぇ、決心はついた?」
先ほどから耳元で響く囁き声に、里奈はため息をついた。はじめは空耳かと思って気にしなかった。でも、ここまではっきり聞こえるとなると、これは。
(ひょっとして幽霊にでも取りつかれたのかも……)
もしくはノイローゼ? 最近寝不足だったしなぁ。
「幽霊じゃないよ。私はリネーゼ。異世界のあなたの生まれ変わりだよ」
異世界。先ほどから何度もその言葉を聞かされている。あまりその方面の知識はない。こことは異なる世界って、いったい何をいっているの? 里奈は再びため息をついた。帰ったら、弟にでも相談してみようかな。
「えーっと」
里奈は周りに誰もいない事を確認して小さく囁いた。
「リネーゼ……さん? さっきの話、もう一回お願いしてもいいですか? まだよく理解できなくって」
もちろんよ!! 嬉しそうに話す彼女に、里奈は三たたびため息をつきながらも、耳を傾け、頭を整理した。こことは異なる世界に彼女は住んでいる。そこでは二人の王子様がいて、お姫様を取り合って戦っている。リネーゼは十代の女の子で、なんとその奪い合われている張本人という事。
(どこのおとぎ話のことなんだか……)
呆れた里奈は首を振った。
「で……一人じゃ心細いし、面白くないから一緒に来てくれって? そういう事?」
いつの間にか里奈はため口になっていた。真面目に話していた自分が、ばかばかしい。
「そうそう、両方ともとってもイケメンで。写真みる?」
ふっと頭に浮かび上がったイメージをみて、里奈の体中に、かーっと熱い血潮が廻った。伊賀くん……なんで彼が……。真っ白な衣装に身をくるんで金色の王冠をかぶった伊賀がさわやかに笑っている。その隣には長身で柔らかな顔をした別の王子。
「私は背の高い彼がいいと思うんだけど、里奈はどう?」
里奈は伊賀のイメージを見ながらぼんやりとうなずいた。
「そう来なくっちゃ。じゃあ、善は急げ!! 早速こっちに!!」
こっち? 突然の言葉に戸惑った里奈は、何かに吸い込まれるような感覚に襲われて思わずその場に座り込んだ。
※
「う~ん」
モニターを眺めながら、頭を抱えるシュウを全員が覗き込んでいる。業を煮やした西本が声をかけた。
「で、どうなんだ。世界はもとに戻ったのか?」
頭をポリポリとかきながらシュウは首を振った。
「こりゃまずいかもしれん」
ぼそりとつぶやいたその言葉に全員の顔色がさっと青ざめた。まずいってどういう……声を詰まらせた西本にシュウがゆっくりと青白い顔を向けた。
「二つの世界の融合がとまらん。巨瀬は確かに伊賀に勝った。だが、遅すぎた。光と闇。その力が混ざり合い徐々に世界が壊れつつある……」
ばかな……後ろに立つ太郎と辻も言葉に詰まった。
「わしには、どうしようもできん。すまんな、こんな無能な作者の元に生まれたばっかりに……」
うつむき肩を震わすシュウに、三人はどうする事もできない、絶望のどん底に落とされるのを感じた。西本は拳を振るわせた。
(んな、ばかな。俺たちの世界が消えるだと? 何か手はないのか、何か……)
ふとモニターに目をやると、ドラゴンが何かを打ち込んでいるのに気づいた。こいつ、何してやがる……?
〝どきどき、わくわく、キュンキュンな物語の始まりだよ~♪ みんな楽しみに待っててねぇ~〟
モニターに打ち込まれた文字に西本はぎょっとして、ドラゴンをまじまじと見つめた。鋭い目つきとは打って変わった、垂れただらしない目つき。西本の視線に気づいたドラゴンが、はっとして、モニターの電気をプツンと切って、空咳をしながら立ち上がった。
「あ、ああ、ベイビーか。俺なりに色々調べてみたが、もう手はないな。この世界は無くなってしまうが、まぁあきらめも肝心だ。じゃあな」
モニターを手に抱えてその場を立ち去ろうしたドラゴンの足を西本は力強く握った。つんのめったドラゴンが落としたモニターの電気がプツンとついて、表示されたタイトルにその場の全員が目を丸めた。
〝星降る宮殿と恋する虹の王子様〟
呆気にとられた西本は、はっと気づいた。もしかして、こいつ、世界がなくなるのをいいことに、書き換えをしやがった?
「てめぇ、なんてことを……しかも、王子様……やっぱり、お前は隠れJ・Oじゃねぇか!」
西本に突っ込まれ、真っ赤になってうろたえたドラゴンは、すぐに、開き直ったかのように顔を上げた。
「そ、そうだ。それの何が悪い。さあ、この世界はもう俺のもんだ。やっと自分の望む異世界に生まれ変わったんだ!!」
へらへらと笑うドラゴンを突き飛ばした西本は、モニターを拾い上げて、画面をまじまじと眺めた。どこかで見た事がある少女の顔。里奈か……。ため息をついてモニターを机に戻した。
(しゃーねぇか。あんま趣味じゃねぇが、無くなるよりはましか)
いつの間にか、自分の姿が元に戻っているのに気づいてほっとした西本は、こちらを見つめる懐かしい顔の太郎と辻と共に、呆れてため息をついた。
~End~




