六.ガルヴァンの秘密
(これは……なんだ?)
西本は暗い井戸の底のような感覚に戸惑った。四方を壁に覆われた、密閉された、息苦しい空間。下げかけた右手を必死にこらえて、その先の隕石を睨みつけた。ディープドリームの光から流れ込む記憶。今までに感じた事のない、深い、絶望に包まれた感情。
(まだだ……)
西本は歯を食いしばって集中した。こいつの弱点を見つけるまでは、俺は絶対にこの手を降ろさねぇ。
『オレハ、デクノボウジャ、ネェ』
(やっとか)
耳に飛び込んできた声に西本は口元を緩めた。
(さあ、お前は俺に何を教えてくれる?)
意識を集中した西本は、その後に続く言葉に呆気にとられた。悲しみ、恨み、怒り、絶望。激流のように流れ込んでくる負の罵詈荘厳。
何かが見えた。ひょろりとした背の高い青年。うつむき肩を震わせている。
(誰た? こいつ……)
顔を上げた青年に西本は背筋が凍った。真っ赤に染まった顔面。流血の奥で、こちらを見据える氷のような瞳。その口がパカリと開いた。
「オマエモ、オレヲ、コロスキダナ?」
その言葉が終わるやいなや、とびかかってきた青年に、西本は頭上高くに首を吊るし上げられた。
(こいつ……)
その手を振り払おうともがきながら、西本は青年の顔をまじまじと見つめて唖然とした。
(この目つき……まさかガルヴァンか?)
ディープドリームの見せる意識空間。物理的な攻撃は効かないはず。だが、このプレッシャーはなんだ?
「おい、落ち着け。俺は別にお前を殺しはしねぇ、何をそんなに怯えてるんだ?」
「オレは、もう、おマエたちの言うコトは信じナイ」
首を強く締め付けられた西本は、暗くなる視界に背筋が凍った。
(ここまで強い精神をもっているとは。惑星は目の前まで迫ってきている。意識を失っている場合じゃねぇ)
西本は懸命に頭を振り絞った。こういった時は確か……声を振り絞った。
「かーちゃんが、よなべーをして。てぶくーろ、あんでくれた~」
青年が締め付ける手をぷたりと止めた。やっぱそうだ。西本は確信した。
「おい、お前。こんなことして、死んだかーちゃんが、あの世で泣いてるぜ。手を放せ。まずは落ち着いて話し合おうぜ」
「かーちゃん」
青年はうつむき肩を震わせた。
(よし、思った通りだ)
西本は締め上げる腕から逃れようと足をばたつかせた。
「……ねぇよ」
小さな声に眉をひそめた西本は、見上げた男の瞳に浮かび上がる怒りに背筋が凍った。
「おれの母ちゃんは、まだ、死んでねぇよ!!」
「うげぇ」
再び高く締め上げられた西本は絶望を感じた。やっぱ、俺は辻ほど才能がねぇかも。
※
ゴゴゴゴゴゴ……
せまり来る隕石を太郎は険しく眺めた。西本は苦しそうな顔で静止している。時間がない。ここはあれで行くしかない。
「ガルヴァン!! 見てろ、俺の新技。ディメンショナル・スラム!!」
太郎の体が眩い光で包まれ、その見上げる空間に巨大なひびが入った。
ギンギンギン……
裂け目は徐々に口を開け、漆黒の空間への巨大な入り口が広がった。
「なんだとぉ……?」
ガルヴァンは唖然とした表情で狼狽えた。
(やはり、こいつは一筋縄じゃいかない)
ドラゴンも苦々しく見守った。イカロスは常にこちらの上を行っている。
〝ディメンショナル・スラム〟
別次元への扉を開く力。このままだと隕石はイカロスには衝突せず、消え失せてしまう。
「安心しろ。隕石は消えはせん」
シュウが自信気に前に出た。
「消えない?」
ドラゴンは眉をひそめてシュウを見た。
「イカロス!! その扉は異世界へと続く入り口だぞ!!」
シュウの叫び声にドラゴンは目を丸めた。
「異世界? まさか、あの場所にこれはつながっているのか。だとすれば」
イカロスに目をやった。唖然とこちらを見ている。その両手がそっと下に降り、諦めたように肩が降りた。
ギンギンギン……
裂け目が徐々に閉じ、元の何もない空間に戻った。イカロスは悔しそうに唇をかんでいる。ドラゴンは、ほっと胸をなでおろしてほくそ笑んだ。
(あいつの性格なら、バスケットコートから逃げ出すことは無い。勝負あったな)
「太郎!! 諦めるな。わかったぜ。こいつの弱点が!!」
はっと顔を上げた太郎は、目を開けた西本に目を見張った。西本はコートの外に目を向けた。
「ガルヴァン!! お前もかわいそうなやつだな」
何? ガルヴァンが眉をひそめた。
「原作者にいいように操られて。こんなやり方で本当に満足なのかよ!!」
なんだと……? ガルヴァンが苦々しい顔を浮かべて、両手を震わせた。
「ガルヴァン様?」
ドラゴンが不思議そうな顔をしてその姿を追った。
ギギギギギギ……
耳障りな轟音にドラゴンは慌てて上空を眺めた。せまり来る隕石がわずかに揺れている。まさか……。
ガガガ……ガギ、ゴゴ、ドゴォーん
巨大な爆発音。ゆっくりと目を開けたドラゴンは呆気にとられた。どうして……。上空に渦巻く煙と、パラパラと振り落ちる小石を唖然と見上げた。
※
シュウは呆気に取られた。まさかあの隕石を防ぐとは。気が抜けたようにベンチに座り込んだ。
(元はと言えば、自分のミスで転生させてしまった。いったん弱り切ったところで、再び全員を異世界に強制転送させる予定じゃったのに……。どうしたらいんじゃろか)
頭を抱えるシュウをドラゴンが睨みつけた。
「おい!! お前、さっき偉そうに俺達が勝利するといったな。なんだこのざまは。やっぱ、いつものパターンじゃないか。ってかお前、ホントにあの伝説のシュウか? やけに老けてねーか?」
ドラゴンの罵声にシュウは縮こまった。
(だから、やじゃったんだよな。こっちにくるのは。ワシはしがない小説家。ぼんやり家でモニターを見てればよかった)
「おい!! てめぇ。何とか言え!!」
「いや、あれは、その。ワシの願望というか、なんというか」
「ああ? 適当なこといってんじゃねーぞ」
詰め寄るドラゴンにシュウはあたふたして縮こまった。
「自分がつくったキャラに恫喝されるワシって一体……」




