五.伝説の鳥人
「さんじゅーう」
(さあ、次は誰だ?)
切り返した西本はハーフコートに立つ人物に唖然とした。あれは、まさか。
「やあ、ベイビー。久しぶりだね」
一切のぜい肉の無い、鍛えられた肉体。浅黒い肌と光るスキンヘッド。深紅のユニフォームをきた男が立っていた。
「あなたは、もしかして、あの伝説のM・J……ですか? いや、まさか」
男はふっと笑った。
「異世界ではそう呼ばれていたようだね。私はイカロス。このDunk of Destinyのファイナルの覇者だよ。ベイビー。私は手荒なことは嫌いだ。純粋にバスケで決着をつけよう。さあ、かかっておいで」
男はポーンとボールを西本に投げた。
(さて、どうなるか)
ドラゴンは興味深く眺めた。仮想イカロス。この戦いであいつの本当の力を見極めることができる。
(こんなことって、あるのか……)
西本は高まる動悸を必死に抑えた。あの憧れのスーパースター、バスケの神様が目の前にいる。信じられない光景にうれしさと、不安が入り混じった。もし、これが本当にあのM・Jなら、象と蟻ほどの力の差がある。西本の様子を辻は不安げに眺めた。
(慌てるな、西本。お前なら気づけるはずだ)
遠くのミントの心配そうな視線を感じて、西本は大きく深呼吸をした。
(焦るな、よく考えろ。何かが変だ。ガルヴァンはイカロスに復讐できるといっていた。ということは、今ここにいるのは本人じゃねぇ。偽物か?)
ふと、イカロスとの足元の影に違和感を感じた。いやに短い、もしかして……
(いっちょ、かましてやるか)
「へっ、イカロス? ファイナルの覇者? 本当かよ。異世界でのM・Jはもっと男前だぜ」
「なんだと?」
イカロスが眉を吊り上げた。いくぜ!! 西本は声を上げてドリブルで突っ込んだ。襲いくるイカロスの長い手。上下左右、気を抜けば一瞬で奪われる。その迫力に西本は慌てて後方に下がった。
(偽物とは言え、このプレッシャーはやべぇ。そして、最大の問題は……)
自分の短い手足を苦々しく眺めた。これじゃあ、得意のクロスオーバーも、まともにできねぇ。どうする?
「さあ、どうした。もう終わりか?」
ニヤリと口元をゆがめるイカロスを前に、西本はじっとりと冷や汗がでた。
「ベイビー、ここはルール無用の世界だ。ちんたらしてると、お前なんかイチコロだぞ!」
突然、背後からミントの叫ぶ声に振り返った。プッと隣でドラゴンが噴き出している。
「ああ、そうだ。お前のような未熟者には、おあつらえ向きだ」
二人の声に西本は苦々しく顔をゆがめた。
(ったく辻のヤロー、ドラゴンのそばだと、手のひら返しやがって)
ふと、あることに気づいた。
「ルール無用……ああ、そういうことか」
ミントをちらりと見た。少し口元がニヤついている。ありがとよ、辻!!
西本はくるりと踵を返して、イカロスから遠ざかるようにドリブルをした。
「おい、どこに行く?」
イカロスは唖然とその姿を眺めた。西本はエンドラインめがけて必死に走った。
(ここは異世界、Dunk of Destiny。ルールも何もない、力だけの世界。だが、あいつはバスケで勝負をしようといった。つまり、やつだけが今、ルールに縛られている状態。なら……)
西本はコートの外に飛び出した。イカロスは慌てふためき、立ち止まっている。
「こういうのは、あんま、俺の趣味じゃねーが。せめてドリブルとシュートだけは守ってやるよ」
ラインの外から相手のリングに近づきシュートを放った。ボールは大きく弧を描き、しゅこんと音を立てて、リングを通過した。
あ……ああ……。頭を抱えたイカロスの周りに、どろんと、煙が現れた。
「ったく、これだからイカロスに変化するのは嫌だったんだよな。こいつは真面目過ぎる」
小さな小鬼があきれたように首を振っていた。その様子をドラゴンは関心して眺めていた。圧倒的に不利な状況を、ことごどとく突破する力。
(だが、まだだ。あいつの本当の力は引き出せていない。よし、次は……)
ドラゴンは勢いよく立ち上がった。
「第三弾は突破だ。のこり二つ。ベイビー、ダッシュを続けろ!!」
西本はこくりとうなずき、再び走り出した。
※
「こいつは、無理だ……」
目前に立つ、圧倒的な圧力に西本は足が震えた。
「ガハハハハ。わざわざ俺様が出向いてやったんだ。少しぐらいは抵抗しろよ!」
三メートルは超える巨体。頭に生えた巨大な角。指から生える鋭い爪。大きな牙をむき出してガルヴァンが大笑いした。
(このプレッシャーは本物だ。こんな化け物と、どう戦えってんだ?)
西本は救いを求めてミントを見た。目を虚ろに歯を食いしばる表情に手はないと感じた。
「ふう、まったくガルヴァン様もお人が悪い」
ドラゴンがため息をついた。よっぽとベイビーの能力を覚醒させたいということか。あきらめたようにベンチに座って様子を伺った。
「じゃあ、早速いってみるとするか」
ガルヴァンが両手を組んで前に突き出した。
(あの構えはまさか)
西本は小説「Dunk of Destiny」の挿入絵を思い出した。主人公 シュウの最大の敵、アルヴァンの必殺技。渦巻く豪炎がガルヴァンの周りに現れ、突風のような熱量が西本を襲った。
(最初のチビの比じゃねぇ。これは本物だ)
西本は必死に耐えならがも相手の出方を伺った。
(小説通りであれば、次はおそらく……)
ガルヴァンが大声で叫んだ。
「魔力---スラッシャー!!」
ミサイルのような轟音と共に、何十もの火球がこちらに放たれた。
(やはりこれか)
西本は唖然とせまり来る豪炎を眺めた。その圧倒的な熱量。触れれば一瞬で消滅する。絶望に襲われ、ふらふらとその場に座り込んだ。
(俺は……死ぬのか……)
「逃げろ!! 西本!!」
突然、誰かが前方に立ちふさった。影に覆われてはっきり見えない。だが、どこか懐かしいこの雰囲気。
「さっさとしろ!!」
西本は、はっと気づいて、慌ててコートの外に転がり出て、振り返り驚いた。
(あれは……イカロス? いや、違う)
西本は突然現れたイカロスに似た男をまじまじと見た。先ほどの偽物とは明らかに雰囲気が異なる。きらきらと、鋼のように輝く筋肉。体中からあふれでるオーラ。闘志あふれる瞳。これは……本物のイカロスだ!
「うおーーー!!」 イカロスは雄たけびを上げて、火球をすべて蹴散らした。
「さあ、ガルヴァン。俺と勝負だ!!」
イカロスは勇ましくガルヴァンを睨んだ。ふん、ガルヴァンは鼻息荒く唸った。
「お前はいつも、突然いなくなって、突然現れるな。まあ、いい。この前は、お前の新技にまんまとやられた。だが、今度こそ、最終決着をつけてやる!」
二人は互いに睨み合った。その圧力で挟みあう空間がゆがみ、閃光が走った。耐え切れないように地面が震え、地響きが走った。
(この二人は……化け物だ)
西本はその圧倒的なパワーに唖然とした。力と力のぶつかり合い。ここDunk of Destinyで幾度となく繰り広げられてきた究極の戦い。
「いくぞ!!」 ガルヴァンが均衡を破った。
「地獄滅風……」
あれはまさか。西本に、かつて対戦した鬼塚の三オン三での衝撃が蘇った。強固なバスケットボードを無残にも破壊した、あの無慈悲なパワーダンク。どす黒いオーラをまとった、獣のような瞳をしたあの大男。こいつも……転生者だったのか……。
「雷轟破滅……」
両腕を突き上げたガルヴァンの体が眩い閃光で覆われ、熱風が渦巻くように上空に噴き出した。激震で裂けた地面が隆起し、砕けた岩石が震えながら、徐々に浮遊しだした。
(この風景、どこかで見た事がある……)
震える足を押さえ、西本は息を飲んだ。かすかな記憶。金網に囲まれたコート。中央でにらみ合う二人。あの時、俺は叫んでいた。必死に誰かを応援していた……そうだ、思い出した。あいつは。
「まけるな 太郎!! お前なら絶対に勝てる!!」
気づけば西本は大声を上げていた。辻を見た。理解したようにうなずいている。とっくに気づいてやがったか……。
西本の掛け声に、ドラゴンは目を見開いた。
(ここまで異世界の記憶が混在するとは……まずい。このままでは、ベイビーがあっち側に寝返っちまう)
「ガルヴァン様。お戯言はそこまでで。早急に決着を!!」
ドラゴンの悲痛な叫びは、コートを渦巻く竜巻にかき消された。ガルヴァンは悦に入った様子でペロリと舌をなめた。食らえ、イカロス。俺様の進化した技。
「メテオォォォ ダァァァーンク!!」
(メテオだと? 以前はトルネードだったような……)
戸惑う西本は、その後に直面した状況に絶望を味わった。熱風に押し上げられて上空高く舞い上がった岩石群は、渦巻きながら一点に集約し、まるで原始の惑星のような巨大な塊に成長した。
(あれをどうするつもりだ、まさか……)
西本は慌ててイカロスに目を向けた。険しい眼差し。だがひるむことなく、惑星を見上げている。
グォォォォ―――
つんざくような轟音に西本は慌てて上空を再び見上げた。真っ赤に燃えた、あの原始惑星が彼方に見える。だが、徐々に大きくなるそのサイズ。灰色の空が、焼けるような紅色に様変わりしだした。こんなことが……
「あきらめるな西本。まだ勝機はある!!」
イカロスの勇ましい声に西本は胸にあふれる思いが込み上げた。やっぱりこいつか、だとすれば……西本は震える足を振り絞って立ち上がった。
「けっ、太郎。この西本様をなめんなよ。惑星だろーが、隕石だろうが関係ねぇー。見てろ!」
西本はせまり来る熱風に顔を背けながらも右手を掲げた。
「ディープドリーム!!」
右腕から放たれた白く輝くオーラが、迫りくる隕石を覆いつくした。
(対象が物体であれば、何かわかる事があるはずだ)
目を閉じ、集中する西本を、太郎は勇ましげに眺めた。
「西本、お前……」
だが……太郎は険しい眼差しでオーラで包まれる惑星を見上げた。
(あの巨大な隕石。あれを防ぐ手だてが見当たらない。何か少しで情報があれば。ここは西本に期待するしか……)
「ふん、無駄なあがきを」
ガルヴァンが嘲るように吐き捨てた。
「もう、こいつの特殊能力のことはどうでもいい。裏切者は、この場でイカロスもろとも、消し去ってやる」
ドラゴンは絶望してベンチに座り込んだ。
(だめだ、こうなってはもう収拾がつかない)
ベイビーの特殊能力を開花させ、イカロスを叩きのめす。その線は消えた。ガルヴァン様はここで、決着をつけるつもりだ。だが……。ドラゴンはイカロスに目を向けた。
(今まで何度も苦汁をなめさせられてきた。今回の攻撃。きっと、あいつは何かをしてくるはず。そうなれば再び……)
「心配することは無い。今回はお前たちが勝利するぞ」
突然の聞きなれない声にドラゴンは慌てて振り返った。白髪に覆われた老人。
(誰だ、いや……この眼差し、どこかで)
「あっ」
ドラゴンは声を上げて立ち上がった。
「あなたはもしかして、あの伝説の、風間シュウさんですか」
老人が厳かな顔でこくりとうなずいた。




