四.再開
「にーじゅう」
西本は二十回目のターンを折り返した。あれから特に変りはない。出るとしたら次か。対向ラインを鋭くキックした後、西本はぴたりと止まった。やはり……
「ベイビー、久しぶりですね。異世界ボケはなおりましたか? やはり、あなたには、その姿がお似いですね」
ピンク色の美しい髪を伸ばした鬼男が、さわやかな目つきで立っていた。
「うるせー。なんだてめぇ。馬鹿みてぇな髪の色しやがって」
西本はひるむことなく言い返した。俺に秘めた力。そいつさえあれば、どんなやつだって。長髪鬼が変わらず微笑んだまま答えた。
「相変わらず威勢がいいですね。ディープドリームのおかげというところですか?」
(なんだ、こいつ。やけに冷静だな)
長髪鬼が西本にむかってゆっくりと近づいてきた。何をするつもりだ? 西本は男の妙な気配に戸惑いながらも、すばやく右手を掲げた。
「ディープドリーム!!」
西本の右手が青白く輝き、長髪鬼の体を覆った。
『…………』
「忘れたんですか? その力は人の心は読めない。さて、どうすると思います? あなたは防御力が、からっきしですからね。やるべきことは単純明快でしょう」
長髪鬼は腕をまくって拳を握り締めて笑った。まさか!? 後ずさった西本はドラゴンの言葉を思い出した。逃げればまた最初から……長髪鬼が勢いよく近づき、大きく右手をかかげた。
「このくそチビが。私の美しい髪を侮辱しやがって」
やられる。次の瞬間、鈍い衝撃が頬骨と腹部を揺さぶり、視界が白く弾けた。頭の中で鈍い音が響き、膝から崩れ落ちて意識が遠ざかった。次に感じたのは冷たい地面の感触と、口の中に広がる鉄の味だった。
「ふう。どうですか。もう二度とあんな減らず口は、たたけないでしょう」
※
「まったく、相変わらず切れると見境の無いやつだ」
ドラゴンがあきれて首をすくめ、唖然として隣に立つミントに顎で指示をした。うなずいたミントは、西本に近づき肩をもち上げた。
「くっそ、あのヤロー」
「冷静になれ。お前はこっちの世界では体格がかなり劣っている。自分ができることをまず考えろ」
小さなささやきに西本は驚いてミントをまじまじと見た。ふーとミントはため息をついた。
「別に黙ってるつもりじゃなかったけど、あいつらに俺達の関係を知られない方が都合がいいと思ったんだよ」
「やっぱ、お前、辻か?」
ミントはこくりとうなずいた。
「いいか、よく聞け。やりようによってはあいつにもお前は勝てる」
その後の辻の説明に西本は呆気にとられた。そんな手があったとは。
「俺はお前程、バスケはうまくないからな。だが、危機を切り抜ける術は優れてると思うぞ。要はやりようだ」
ニヤリと笑ったミントに、西本はかつて、2オン2で対戦をした時の辻の面影が重なった。こいつは確かに悪知恵だけは働いたっけ。
「じゃあな。頑張れ」
ぼそりとつぶやいたミントはさっと西本の元を去った。眉をひそめるドラゴンに、ミントは深々と頭を下げた。
「申し訳ございません。ドラゴン様。あいつがぐずぐずと文句を言うもので、多少、たしなめておきました」
ふん、ドラゴンが鼻息荒く口元をゆがめた。あの腐りきった根性を叩きのめしてやる。
「いけ、ストーム。徹底的に鍛え直してやれ!」
「任せてください。さあ、準備はいいですか?」
ストームは再び腕をまくり、嘲るように西本を見下ろしながら近づいた。西本はストームをじっと睨んだ。
(辻のあの作戦。果たして、うまく行くのか?)
口から流れ出る血を飲み込んだ。もう一度くらうとさすがにやばい。やるしかねぇ。西本は決心した。
「ディープドリーム!!」
「まだわかりませんか。私には効きませんよ」
ストームがさわやかに微笑んだ。果たしてそうかな? 西本は手を掲げたまま、にやりと口元をゆがめた。何? ストームが眉をひそめた。
「おお、お前の過去が見える……」
西本の声に、ストームの顔色がわずかに青ざめた。
「誰だ、これは。鏡に映る顔。眉毛のないパンチパーマ。泣きそうな顔をして。ああ、思い出した。お前は、鬼塚の嵐田だな? あっちの世界ではぶっさいくな面してんな。いや、これがお前の本来の顔か」
「まさか、お前、私の過去を読んだのか。そんなことが」
唖然とするストームを西本は睨みながら一歩前にでた。
「俺も異世界で成長したんだよ。もっと見てやろうか。お前の知られたくない過去を、根掘り葉掘り」
ばかな、ストームは慌てて後ろに下がった。
「ディープドリーム!!」
西本の声にストームは慌ててコートの外に飛び出した。けっ、西本は吐き捨てた後、掲げた手を下げて、肩を降ろした。
(はったりが効いた。俺に人の過去は読めねぇ。だが、辻の情報通り、あいつは嵐田だったみたいだ)
「てめーの過去なんざ興味ねぇっての」
西本はストームを睨んだ後、さっとダッシュに戻りながらも、ぷっと噴き出した。あいつのうろたえた顔。そうとう知られたくない過去があるみたいだ。ニヤリとストームを横目で見た。そんな目で私を見るな……ストームはあたふたと怯えていた。ドラゴンが満足そうに腕を組んだ。
(ふむ。駆け引きもある程度できるようになったか。異世界転生で少しは成長したようだ)
「安心しろ、ストーム。あいつは心は読めない」
ドラゴンの言葉にストームは唖然とした。いくぜー、西本は声を荒げて走りだした。その姿をミントは頼もしく見守った。やっぱあいつは、ああでなくっちゃな。
(がんばれ、西本)
拳をぎゅっと握ってその姿を見守った。




