三.デッドロード
荒廃した大地を進むと、遠くに何かがそびえ立っているのが見えた。
(なんだ、あれは?)
目を凝らした西本は息を飲んだ。二つのバスケットリング。はるか彼方、荒れ果てた大地に不自然に立っていた。
(まさか、こんなところで……)
思いがけない景色に興味深く近づき、その姿に唖然とした。ひび割れたコンクリートで覆われたボロボロのコート。薄汚れ、表面の剝がれたバックボード。風になびく千切れたネットが、今にも落ちそうにリングで揺れている。
(なんだ、ここは? だが……)
西本はわずかに首を傾げた。何かが無性に懐かしい。ぼんやりと眺めていると、不意に大勢がコートで走り回る風景が重なった。皆汗を流し、声を上げて必死にボールを追いかけている。俺はここを知っている?
「何か思い出したか?」
ドラゴンの問いかけに西本はわずかにうなずいた。
「そうか、ならもっと思い出してもらわんとな」
ドンと背中を押された西本はコートによろけるように入った。
「てめぇ、何しやがる」
「まずはそのなめ切った口のきき方を何とかせんとな。他に示しがつかん。デッドロードは覚えているか? 五十だ。さあいけ!!」
ドラゴンがコート横のベンチに座ってふんぞり返った。
(デッドロードだと?)
黙り込む西本にドラゴンイラついた様子で怒鳴った。
「走れってことだ。ラインの端から端まで五十往復、死ぬ気でやれ!!」
(連続ダッシュってことか?)
西本はふっと肩の力が抜けた。
(デッドロード、何か危険な雰囲気を感じたが、ただの走り込み。しかもたった五十回? なめんじゃねぇ。俺は二百でも楽勝だぜ)
黙ってライン際に立った西本は前方に顔を向けた。
(あいつの言いなりになるのも癪だが、ちょうど体もなまってたところだ。ウォーミングにはちょうどいい)
「始めろ!!」
ドラゴンの声に西本は全力で駆けだした。
※
まどろみ、じっとりとした空気。屋外にもかかわらず体育館にも劣らない蒸し暑さ。
(確かにこれは、きついかもしれねぇ)
「じゅうーう」
十回目の折り返し。口元をゆがめた西本はラインを力ずよく切り返した直後、驚いて足を止めた。ハーフコート付近に誰かが立っている。まだ幼稚園児ぐらい。試合服を着てボールを両手に抱えている。その頭には小さな角が一つ。慌てて西本は怒鳴った。
「おい、おまえ。邪魔だ。練習ならよそでやれ」
「ベイビー。俺を忘れたのか? ったくしゃあねーな」
少年が両手に持ったバスケットボールを体の脇に置いて、低く構えた。
(なんだこいつ。遊んでほしいのか? ったく今はそれどころじゃねーのに)
ベンチに座るドラゴンをちらりと見た。何故かニヤニヤとこちらを見ている。どういうことだ?
「デモンズ・フレイムキャノン!!」
突然の叫び声に西本はぎくりと少年に目を向けた。
(なんだと? 今なんつった?)
構えを崩さずじっとする少年。その体がかすかなオレンジのオーラで包まれた。
「いくぜ、ベイビー!」
少年は、叫び声と同時に両手に持つボールをこちらに押し出した。突然の熱風。堪えた西本は前方からおそいかかる炎球に目を疑った。
(あれはまさか、バスケットボール?)
「ベイビー。よけたら最初からだぞ。何とかして耐えろ」
ドラゴンが愉快そうに笑った。
(な、何とかしろたって……)
西本は震える足を必死にこらえた。これはもう、バスケじゃねぇ。か〇は〇波じゃねーか。炎につつまれたボールが目前まで迫った。
「ベイビー、右手を前に掲げろ!!」
右手? 後方からの突然の声に戸惑いながらも、西本は反射的に腕を前に出した。
その瞬間、不思議な体験が襲った。頬に感じる風が止まり、周りの雑踏が消えた。せまり来るボールが空中でぴたりと停止し、それ以外のすべての景色が灰色で停止した。
(なんだ、この感覚は?)
『この炎、実は幻なんだ。相手が怯んでよけた瞬間を狙って脇からドスンと……』
突然、少年の映像が頭に浮かんだ。こそこそと誰かと話している。これはまさか……。
ブン
突然、周囲の景色が元に戻った。目前にせまり来る火球。
「いけー!」
少年が大声を上げた。だが、西本は冷静だった。過去に何度も同じような危機を潜り抜けてきた。なぜかそう確信した。
(幻、ならやる事は一つだけ……)
両手を大きく開いた西本に、どーんとボールが直撃した。馬鹿な……少年は唖然と見つめている。
「ふん、故意にボールを相手に投げつけるのはファールだぜ」
わずかな埃を払った西本は、キャッチしたボールを涼し気に少年に投げ返した。おお、ドラゴンが目を見開いて前に乗り出した。
「ディープドリーム。やっと思い出したか」
西本はぼんやりと自分の手のひらを眺めた。わずかに青白く輝く光。徐々に弱まり、いつもの手に戻った。懐かしいような不思議な感覚。これが例の力ってやつか…… はっと後ろを振り返った。そういえばさっきの声は?
「ったく、世話がやけるな。お前の右手は特別だ。ディープドリーム。すべての秘密を解き明かす。使わなきゃ、宝の持ち腐れだぞ」
ミントがあきれた顔でため息をついた。
(俺を助けてくれたのか? やっぱ、こいつは……)
「まだ始まったばかりだ。残り四十回。さっさと追わらせようぜ」
ミントがニヤリと笑った。その表情に西本は確信した。ミントに向き合い、ニヤリと笑い返した。
「相変わらず、おめーは世渡りがうめぇな。今はガルヴァンの参謀ってか?」
「なんだって」
突然の西本の言葉にミントは口をぽかんと開けた。
「俺が姿を消した時もそうだった。さっさと伊賀に乗り換えて、うまく取り入ってたしな」
「ば……それはたまたまだろ」
動揺したミントは思わず口を手で覆った。ふん、西本は鼻でわずかに笑った。
「やっぱそうか。まあ、いい、辻。何か事情があるんだろうから、深くは聞かねぇ。まずは今は、これをこなさねぇとな」
「西本、お前……」
勢いよく走りだした西本をミントは唖然と眺めた。




