二.ディープドリーム
薄暗い小部屋の隅でベッドに横になりながら西本はため息をついた。
(いったい、ここはどこなんだ? 昨日はいつも通り自分の部屋で寝たはずだ。これは夢か?)
腕をつねって、その痛みに口元をしかめた。
「ベイビー、入るぞ」
あの鬼男の声に驚いて西本はベッドから跳ね起きた。
「なんだ、その腑抜けた顔。まだあっちの記憶がのこってるのか? なら、そうだな……」
鬼男は何かを考えた後、ニヤリと口元をゆがめた。
「鬼塚のリーゼント……っていえば、俺の事はわかるか?」
「鬼塚だと? もしかして、お前はあの時の?」
はっと西本は顔を青ざめた。あの3オン3。あの時、俺はこいつらをどこかで見たような気がした。そして、太郎の妄想。俺がDunk of Destinyの転生者とか言ってたが、まさか。
「思い出したか? お前は元はこっちの人間。小鬼。ガルヴァン様の元に集ったバッドボーイズの一員だ」
呆気にとられた西本は首を振った。
「ベイビー? バッドボーイズ? てめー何言ってんだ。ふざけるな」
「何を怒っている。異世界でのお前のプレイスタイルはまさに悪童だったろ?」
あれは……西本は声に詰まった。伊賀に対抗する手段として見つけ出した反則ぎりぎりのラフプレイ。あの時の俺はどうかしていた。だが、あれが本来の自分の姿だったのか?
「まあ、いい。徐々に記憶は戻るだろう。それよりも……」
ドラゴンはにやりと笑って西本の隣に座った。ポケットから小さな石を取り出し、西本に手渡した。
「さあ、やってくれ。イカロスの慌てふため顔が楽しみだ」
くっくっと笑うドラゴンを西本は唖然と眺めた。こいつ。何、言っているんだ? 西本は戸惑いながらも手渡された石をまじまじと見た。手のひらにすっぽりと収まる、雫のような形状。漆黒に輝く滑らかに研磨された表面は吸い込まれるような不思議な魅力を感じた。黙り込む西本にドラゴンはさっと青ざめた。
「まさか、お前。ディープドリームまで忘れちまったのか? っつたく、なんてこった。せっかくイカロスの持ち物を手に入れたのに……」
ドラゴンがあきれたように手を額に当てた。ディープドリーム? 眉をひそめる西本にドラゴンはため息をついた。
「まあいい。そのうち思い出すだろう。今日はもう寝ろ。明日はミントに会いに行くぞ。あいつに会えば記憶を思い出すかもしれない」
ミント? 問い返そうとした西本を置いて、ドラゴンはさっと部屋を出て行った。
※
「ガルヴァン様、お待たせしました。この物体に宿る記憶。すべてはこの中に」
俺は誇らしげに数枚の紙を掲げた。おお、目を開けて大喜びするガルヴァン様。隣でドラゴンも満足そうに笑っている。
「でかしたぞ、ベイビー。ではミント、後はお前が」
隣に座っていた男が立ちあがった。承知しました。ひょろりとした体をした男。頼んだぜ、ミント。ニヤリと笑って俺は紙を男に渡した。
※
翌朝、目を覚ました西本はぼんやりと天井を眺めた。
(なんだ、あの夢は。俺が何かをガルヴァンに報告していた。物体の記憶を読む。もしかして、あれがディープドリームの力か? そして、ミントと呼ばれた謎の男。あれはこの世界での記憶なのか……)
恐る恐る窓を見た。荒れ果てた大地、どんよりとした灰色の空。この景色も毎日眺めていたような気がする……徐々に目覚めつつある記憶に戸惑いと恐怖を感じて困惑した。しかし……
立ち上がって周りを見まわした。やはりそうだ。視界がいつもより低い。手足をよく見て顔をしかめた。小鬼。よりにもよって、こんなチビの姿で……情けなくてため息が出た。どうか悪い夢であってくれ……
「はいるぞ」
ドラゴンの声に慌てて振り返った。
「おきたか、ベイビー。何か思い出したか」
「いえ、特に何も……」
目を伏せる西本をドラゴンがじっと見つめた。少しは戻ったようだな。満足そうにふっと笑うと、こっちへ来いと手招きした。
※
ドラゴンの背中を西本はぼんやりと眺めた。
(どうもこいつは俺よりも地位が高いらしい)
心の奥で逆らえない何かを感じ、諦めて廊下を歩くドラゴンについて行った。しばらくして、小さな部屋に入るように促された。
「よう、ベイビー。久しぶり」
その姿に驚いた。やせ細った男。にこやかに笑って立っている。
(こいつ、あの夢の男……)
黙り込む西本に男は眉をひそめた。
「ああ、記憶がまだ戻ってないのか。しっかりしろ。お前がいないと俺の力も発揮できないんだぜ。どうするんです? ドラゴンさん」
「まあ、ミント。焦るな。お前と話せばこいつも何か思い出すかもしれん。どうだ、ベイビー」
「どうだといわれたって……」
戸惑う西本にミントが近づいてきた。
「異世界の記憶が強いのか。ったくお前はいつも自分勝手だな。すぐに周りの輪を乱す。そうだ、あの時も確か……」
懐かしそうな目でこちらを見る瞳。どこかで見た事があるような。
「バッドボーイズ、イカロスとの最終決戦。お前はふらっと姿を消した。俺は呆れたぜ。お前と俺はいつもつるんでたからな」
ミントが情けなそうにつぶやいた。ああ、ドラゴンが後ろで嬉しそうに声を上げた。
「イカロスを初めて追い詰めたあの日か。お前は一人だけ戦いに参加しなかった。まあ、いなくてもどうって事は無かったがな。お前の身勝手にはもう慣れた」
にやにやと笑うドラゴンに西本はわずかに苛ついた。こっちでの俺の立場はやけに低いってことか。しかし……バッドボーイズ、最終決戦。なんだろう……何かがひっかっかる。
ミントが少し口元を緩めて、囁いた。
「濡れた足元には気をつけろってことだ」
(なんだと?……あっ)
あの時の記憶が鮮明に蘇った。伊賀に散々にやられた俺は、皆に黙って休学を選んだ。親父の部屋にあったDVD。かつてのNBAの英雄、マイケルジョーダンを苦しめたバッドボーイズ達。あの伊賀に勝つにはこれしかねぇ。目を血眼にして研究した。反則プレーで伊賀に勝った俺は、最後に太郎のジャンプ力に敗れた。倒れた伊賀の汗で濡れた床。足元をすくわれ完敗した。
(だが、なぜこいつはそれを知っている? まさか、こいつも転生者? しかも、同じ中学? いつもつるんでた……もしかしてこいつ……)
「濡れた足元?」
少し眉をひそめたドラゴンが首をかしげたが、気にしていない様子で両手を上げた。
「まあ、いい。それより、ミント。イカロス対策。しっかり練れてるんだろうな?」
鋭い目を向けるドラゴンに気おくれすることなくミントは自信気に胸に手を置いた。
「お任せください、ドラゴン様。しっかりとあの男を苦しめる策はすでに」
そうか。満足そうにドラゴンはうなずいた。
「じゃあ、最後は」
鋭い目つきでこちらを見る二人に西本は冷や汗が出た。やっぱこうなるのか。近づいてきたドラゴンに乱暴に腕をつかまれた。
「おい、てめぇ、何しやがる。話しやがれ」
「多少、荒っぽくなるが致し方がない。ミント、〝デッドロード〟をやるぞ」
うろたえたミントにドラゴンがニヤリとした。
「安心しろ。やるのはこいつだけだ」
唖然とする西本を引きずりながらドラゴンは部屋を出た。
「死の道 西本、あいつ大丈夫かな」
心配そうにミントはつぶやいた。




