第八章 極めるローズ、外すシスター――絶望の挟み撃ち
「リラ!しっかりしなさい!」タッチを受けた姉のミラが、右腕を不自然に脱臼してガタガタと震える妹を背後に庇い、鋭い青い瞳でリング中央を睨み据えた。(あの覆面修道女……ただ者ではないわ。一瞬の接触で関節を外すだなんて、どんな異常な身体構造の知識を持っているの!?だが……私たちのミラー・防御なら破れるはずがない!)「来なさい、覆面レスラーたち!」ミラが両腕を広げてカウンターの体勢をとる。彼女の必殺技「ミラー・ガード」は、相手の攻撃の力を受け流し、体勢を崩したところへカウンターを叩き込む無敵の防御陣形であった。「では、わたくしが参りましょう」ローズが静々とした足取りで前へ出た。赤黒のフリルユニフォームを優雅になびかせ、真紅の瞳を怪しく輝かせる。「ハッ!」ミラはローズが間合いに入った瞬間、流れるような動作でローズの手首を捕らえ、その力を利用して背負い投げの軌道へと引き込もうとした。完璧な受け流し!だが――。「あら……力学の支点が甘いですわ」ローズは投げられる勢いを殺すどころか、自らその回転運動に乗ってみせた。空中での華麗な一回転!ミラの腕を支点にしてクルリと身を翻すと、ミラの背後へと吸い付くように着地する。「なっ……受け流しが流された……!?」「技とは、紡ぐものですのよ」ローズの華奢な手が、ミラの左腕と首元へ瞬く間に絡みつく。テコの原理と支点の計算が完璧に組み合わされた、流れるような関節の連鎖!チキンウィング・フェイスロック(羽交い締め顔面固め)――ッ!!「ぐあぁぁぁッ!?く、首と肩が……ッ!?」ミラの完璧な防御陣形が、ローズの芸術的な「極め」の前に一瞬で瓦解する。「逃がさ……ないわ……ッ!」ミラは激痛に歯を食いしばり、必死にリングの縁へと足を伸ばした。長年の訓練で培われた執念!彼女の爪先が、ギリギリのところで最下段のロープへと引っかかる!
「ロープ! ロープブレイクよッ!!」ミラが歓喜の悲鳴を上げた。プロレスのルール上、ロープに触れればあらゆる関節技は解除されなければならない。ローズは「ふふ、お見事ですわ」と優雅に技を解き、距離を取った。助かった――ミラが安堵の息を吐き、ロープに掴まったまま立ち上がろうとした、その瞬間であった。待ち構えていたのは、青コーナー近くのロープ際に立つ覆面修道女シスター・グレイスだった。「アーメン」ボクッン……!!!「ギャぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?!?!?!?」闘技場全体に、ミラの喉が裂けんばかりの絶叫が轟いた。ロープに掴まっていたミラの左手首と肘関節が、シスター・グレイスの指先がひと突きしただけで、不自然な方向へとぐにゃりと折りたたまれていたのだ。「あ、ああっ!?ロープを掴んでいた腕がッ!?肘が逆方向に曲がってるぅぅぅッ!?」ミラは痛みのあまりマットにのたうち回り、涙と鼻水を撒き散らした。シスター・グレイスは両手を胸の前で優しく合わせ、聖母のような慈愛に満ちた瞳でミラを見下ろした。「あらあら……その程度の悲鳴では、神には届きませんよ?苦難こそが魂を浄化するのです」「狂暴すぎるだろあのシスターぁぁぁっ!!」観客席から悲痛なツッコミと悲鳴が巻き起こる。リング中央でそれを見ていたローズすらも、思わず呆れ顔で小首をかしげ、ツッコミ役に回らざるを得なかった。
「シスター……そこは外してはいけないところですわ!ロープブレイクの最中に解剖学を適用してはいけません!」「あら、エリス様。私はただ、彼女の関節の歪みを矯正して差し上げようとしただけですよ?」「矯正になっておりませんわ!完全な脱臼です!」師匠であるシスター・グレイスの狂気に、弟子であるローズ(エリス)すらも頭を抱える始末。だが、試合はまだ終わっていなかった。右腕を脱臼しながらも、妹のリラが執念で立ち上がってきたのだ。「お、お姉ちゃん……!私たちの絆を見せてやるわ!『ミラー・ブレイク』ッ!!」腕を吊り下げたままのリラと、肘を外されたミラが、痛みに耐えて交差するように飛びかかってくる!双子ならではの息の合った死角からの同時攻撃!しかし、そこはすでに、絶望の挟み撃ちの檻の中であった。「技を極めるのが、わたくしの美徳」 ローズが踏み込み、襲い来るリラの残された左腕をキャッチすると、華麗な回転とともに完璧な角度で腕十字固め(アームバー)を完成させる!「構造をバラすのが、私の慈愛」シスター・グレイスが静かに寄り添い、飛び込んできたミラの膝関節の皿に指先を「ポン」と当てた。ゴキッ……!!「ひぐあぁぁぁぁぁッ!?」「あがぁぁぁぁぁッ!?」二人の悲鳴が重なり合う! 右側では、ローズによる「完璧に極められた」美しい関節技。左側では、シスター・グレイスによる「完全に外された」凶悪な解剖学の解体作業。技と技、芸術と医学の完璧な挟み撃ち!逃げ場などどこにも存在しなかった。「出たァァァーーーッ!!!」実況アナウンサーが発狂したように叫ぶ!「極めるローズ!外すシスター!地獄の双子解体ショーだァァァッ!!双璧のヴァレンティン姉妹、同時に悶絶ーーーッ!!」「参った!参りましたぁぁぁッ!!降伏します!神様助けてぇぇぇッ!!」ミラとリラは同時にマットを連打し、泣き叫びながら降伏を宣言した。
カンカンカンカンカン!!!
「勝者ァァァッ!!覆面タッグ、ローズ・ド・モンフォール&シスター・グレイスーーーッ!!!」
静寂ののち、地下闘技場を揺るがすほどの暴風のような歓声が巻き起こった。ローズとシスター・グレイスは並んで立ち、倒れ伏す双子姉妹に向かって静かに頭を下げた。「ご指導、ありがとうございましたわ」「神のご加護が、貴女方の関節にありますように」圧倒的な完封劇。そして、解剖学という名の狂気。この夜の敗北により、王家が送り込んだ最強の刺客すらも崩れ去り、ローズたちの快進撃はついに王位継承権をも揺るがす大爆発へと向かっていくのだった。




