過去の確認 ★
森だけでなく、薬屋でも会った娘、リーファ。
魔物を助ける変わった人と思っていたが、背景に隠された過去は何とも言え難いものだった。確かに、魔物テイマーという職業は人から忌み嫌われてる職業だ。人を襲う魔物をテイムするのだから、王族だけど、嫌われても仕方のない職業だと思っていた。
だが彼女は、職業を鑑定されただけで何もしていないのに追放された。しかも、伯爵は王家の名を騙ったときた。これは、彼女だけに任せていいものではないと判断した俺は、久しぶりに王宮へと足を踏み入れた。
「レ、レグルス殿下!?」
アレクシス兄上の仕事は基本手紙で伝えられるから、王宮に帰ってくることは滅多にない。最後に帰ってきたのは二年前だったか。
いつも急に帰るから、その度にメイドや執事たちが右往左往している。その姿を見る度、申し訳ない気持ちにはなるが、余程のことがない限り事前報告して帰ることはまずない。……今回は余程のことだが報告する暇がなかったのだ。
(この時間だと、兄上はまだ執務室だな)
迷いなくアレクシス兄上の執務室に向かう。
三回ドアをノックすると、中からアレクシス兄上の声が聞こえてくる。
「兄上、レグルスです」
「……レグルス?」
「失礼します」
ドアを開けると、勢いよく立ち上がり執務机を飛び越えて万遍の笑みで俺の方に向かってくる。
「レグルスーーー!……ふぎゃっ!」
アレクシス兄上に会うと、こうして必ず両腕を広げて抱きつこうとしてくるため、俺はなんの躊躇もなく顔面を抑える。
嬉しそうに出迎えてくれるのは嬉しいが、毎度抱きつこうとしてくるのはやめて欲しい。まあ、滅多に帰ってこない俺に非があるのは確かなのだけれど。
「で、どうした?今、お前に頼んでいる仕事はないはずだけど」
兄上は前髪と服を整えながら、優しい笑顔を向ける。
俺はアレクシス兄上を心から尊敬している。それを言うとすぐに調子に乗るが、政治関係の仕事も完璧で、父上も一目置いている優秀な兄上だ。だからこそ、リーファの話を聞いた瞬間、王家の名を騙られた以上、兄上に話さない訳にはいかないと思った。
「兄上に確認したいことがございます」
「レグルスが敬語を取ってくれるなら、聞いてもいいよ?」
「うっ……」
イオナとエルハンには敬語を使っていないが、家族には常に敬語なのだ。アレクシス兄上は俺が何かを聞こうとしたり頼もうとしたりすると、「敬語を取ってくれるなら」という言葉を必ず付けてくる。
敬語以外で話すことが苦手なわけではない。だがここは、王家のためにも外さざるを得ない。
「兄上に確認したいことがある」
「兄上?」
「………兄さんに、確認したいことがある」
「何?」
まさか「兄上」もダメだとは思わなかったが、どうやら満足したらしく、アレクシス兄上は姿勢を正すように座り直した。
「今から十年前、マーゲル伯爵に魔物テイマーの少女を国から追放するようにと王家から命を出したのか?」
「十年前?マーゲル伯爵?少女を追放?………いや、出していないと思うけど。どんな職業であれ、王家は全ての職業を尊重するからね」
ではやはり、リーファの言う通り、マーゲル伯爵が言っていたという王家の命というのもっぱらの嘘。
「そんなことを聞いてきて、何があった?」
「先日、ギルマスからの直接依頼でカルディアに行ってきた」
「カルディア……魔物の森か」
それから俺は、カルディアで出会ったリーファのこと、追放の件と伯爵の件について順を追って話していった。次第にアレクシス兄上の顔色が曇り始めたが、気にせず話を続けて、終わる頃には外は完全に真っ暗になっていた。
「なるほどね。レグルスが仕事以外で帰ってくるから、何事かと思えば」
「王家の名を騙ったとあれば、話は別だからな」
「王家の名を騙った以上、マーゲル伯爵にはそれ相応の処罰を受けさせるよ」
それ相応とは言っているものの、甘く見積もって伯爵の地位と領主権限を剥奪と言ったところだろうか。辺境伯村の民やリーファがそれで納得すればいいのだが、村での伯爵の言動も気になるところだ。
「よし!明日、カルディアに行こう!」
「………は?」
処罰の内容を考えているかと思えば、いきなり出てきた言葉に思わず耳を疑う。
「レグルスが一人の少女のためにここまで行動するんだもん。会わないわけにはいかないでしょうよ!……それに、少女の口からもう一度ちゃんと話を聞きたい。そして、今後どうしたいかも含めてね」
まあ、アレクシス兄上にも考えはあるのだろう。普段は軽いが、考え無しに行動する人ではない。だが、俺に話した時のあの表情……もう一度話させていいものなのだろうか。
「というか兄上、おひとりで行かれるのですか?」
「うん?んー、レグルスも行く!?」
「遠慮します」
「ちぇー。というか、敬語に戻ってるし!兄ちゃん寂しいー!」
「話は終わったので、普通戻るでしょう」
「レグルスが冷たい……」
という風に、仕事している時は冷徹だが、これが普段の姿なのである。
翌日、俺もいた方がリーファが話しやすいだろうということで、結局、護衛という名目でカルディアに同行することになった。
アレクシス兄上ときたら、朝からすごく機嫌がいい。ずっと執務に追われていて、久しぶりの外らしい。
俺が言うのもなんだけど、俺がいて話しやすいとはならないと思う。なにしろ、リーファと会うのは今回で三回目だ。一回目も二回目も、会話はしたが、内容は穏やかと呼べるものではなかった。まあ、アレクシス兄上に一人で行かせるのも不安と心配でしかないからというのが、俺の同行理由だ。
森の入口前まで来て、馬車が止まる。
「着きました」
「ここがカルディアの入口?」
「ええ。いいですか?兄上。くれぐれも、魔物に敵意を向けないでください」
「なぜだ?」
「敵意を向けなければ、魔物も敵意を向けてくることはないからです」
昨日リーファに案内された道と同じ道を進んでいく。ここの辺り一帯に魔物がいないのは、あの山小屋に住み着いているか、山小屋近くで住んでいるからだろう。
アレクシス兄上の護衛は俺だけではないが、他二人は魔物に敵意を向けそうな気がしたので、馬車にて留守番をしてもらっている。
「あっ!こら!」
山小屋付近まで近づくと、大きな声がはっきりと聞こえて来る。
そしてはっきりと見えた頃には、魔物たちは活発に動き回っていた。そして、リーファはそれを追いかけている。
「洗濯物で遊ばないの!あ、待って待って!」
「レグルス……カルディアはこんな穏やかな場所だったか?」
アレクシス兄上は信じられないものを見たかのように、呆然と立ち尽くしている。まあ、信じられないものが目前に広がっているから、無理もないのだが。
コーンラビットが干されている洗濯物で遊んでいて、フェンリルは大きな欠伸をして寝そべって、フォレストスクレイルは木の実で遊んでいる。他にも、自由に楽しそうにしている魔物がいて、初見でこの光景は確かに信じ難い。
「あっ……」
ホーンディアが我々に気づいて、リーファに知らせてくれた。
というか───
(魔物が増えていないか?)




