思いもせぬ来客
翌日、『明日も来ることになるだろう』というレグルス殿下の言葉で、なぜだかソワソワしていた。というのも、お茶に関して何も言われず、美味しかったのか不味かったのかが分からないという理由でだ。私は美味しいと思い飲んでいるのだけれど、人にはそれぞれ、自分の舌に合う合わないがある。
(今日も出して大丈夫なのかな……)
《前から思っていたのだが、それは何なのだ?》
「これ?これは畑。野菜の種をたくさん買っては埋めて、育ててるの。そうしたら、いちいち買いに行かなくて済むでしょう?」
《おぉ、なるほど》
山小屋の横に畑スペースを作ったのは、初めて薬を売りに行った帰りにとあるお店で野菜の種を買ったからだ。
私の村は自給自足が多い村だったから、農業の知識がないわけではない。お肉も魔物たちが狩ってきた魔物を血抜きしてから臭みを無くすための下処理をして、料理に使用している。
他にも、フェルンに乗って西側に走ると森を出たすぐに川があって、そこで簡易的な釣竿で魚を釣ったり、フェルンが川に入って取ったりしている。
フォレストスクレイルやコーンラビットは、木の実や薬草、キノコを取ってきてくれて、私が食べられるものと食べられないものを仕分けするというのが、最近の流れ。
だけど、思っていたよりも魔物たちとの生活は慌ただしく───
「あっ!こら!」
仕分け中の木の実たちが入ったザルをひっくり返したり、
「洗濯物で遊ばないの!あ、待って待って!」
干している洗濯物に飛びつくのを繰り返したり、落ちた木の実やキノコなんかを持って走り回ったりと、それを追いかけるのに私も走り回っている。リーファとしてはまだ十七歳だからか、前世より体がかなり軽い。
(十代ってすごいっ……!)
十代の体に感心していると、ホーンディアが何か言いたそうに寄ってきて、ホーンディアの視線を追うようにして右を見ると、レグルス殿下と男性が呆然と立ち尽くしていた。
「あっ……」
会釈をしてからホーンディアにお礼を言って、レグルス殿下の元へ駆け足で向かう。
(全っ然人の気配を感じなかった……)
「こんにちは、レグルス殿下。と、そちらの方は?」
「こちらは……」
「初めまして、リーファ嬢。私は、フェルディア王国第一王子、アレクシス・フェルディアと申します。以後、お見知り置きを」
「だっ………!?」
(第一王子!?………なんで?)
とは思うものの、思い当たる節はすぐに見つかった。レグルス殿下が昨日言っていた『明日来ることになるだろう』というのは、アレクシス殿下と来ることになるだろうということだったらしい。
いつからいたかは分からないけれど、王族をいつまでも立たせてはいけないと思った私は、早速山小屋へ案内した。
アレクシス殿下は揺り椅子を見るなり、座ってもいいのかと聞いてきたので快く了承した。何故かレグルス殿下はため息をついていたけれど。
第一王子ということは、第三王子であるレグルス殿下のお兄さんにあたる人。お口に合うかも分からないお茶を出していいものか、けれど出さないのはそれはそれで失礼に当たるので、何を言われてもいい精神で昨日と同じお茶を出す。
しかし、髪色と目の色は違えど、二人は似ている。顔の輪郭や目鼻の形。これは、国王様王妃様のどちら譲りなのだろうか。
「早速だがリーファ嬢、弟のレグルスから大体のことは聞いた」
「そうでしたか」
(任せてほしいって言ってたもんね)
「だが、もう一度、リーファ嬢の口から何があったのかを聞きたい。何度も思い出させるようなことをしてしまい申し訳ないが、リーファ嬢が今後どうしたいかも、良ければ聞きたい」
昨日のレグルス殿下と同じ、真っ直ぐな瞳。第一王子が出てくるということは、あの領主はやはりそれほどのことをしたのだ。王家の名を騙る。もちろん王族としては許せないだろう。だが、次話してしまえば、思わず泣いてしまうかもしれない。
なぜだろう……。当時はなかった"怖い"という感情が、今になって出てきているのは。
「………十七年前、私はマーゲル伯爵が領主を務める村の小さな家の一人娘として生まれました。事が起きたのは、十歳のことです。職業鑑定をして魔物テイマーと鑑定された私は、その日の夜に領主様が家に来て、追放を言い渡されました。反論するのは時間の無駄だと思って、すんなりと受け入れました。すると領主様は『今後、村への立ち入りと国の門を通ることを禁ずる。なお、国の門に関しては、王家の命令だ』と。そして、ここに」
何とか話せたものの、手の震えは治まることを知らない様子。
あまりにも静かなので顔を上げると、殿下たちの顔は曇っていた。王家の名を騙られのだから、怒りが込上がっていても仕方がない。
すると、レグルス殿下が立ち上がって私の方に来たので、体ごと殿下の方へと向き直る。
「レグルス殿下?………っ!」
視線を合わすように跪いたレグルス殿下は、膝の上で握っている私の拳に自身の手を重ねた。普通は位置が客なのだろうが、殿下の顔を見て、私は動けなくなった。だって、私のことなのに、すごく、苦しそうな顔をしているから。
「………頑張ったな。七年間、誰にも頼らず、一人で。よく頑張った」
(あっ………、ダメだこれ)
レグルス殿下の手の甲に、一滴、また一滴と涙がこぼれ落ちていく。
もしかしたら私は……もしかしなくても、ずっと助けて欲しかったんだ。追放を言い渡されたあの時から。両親に迷惑をかけたくないという意地から、その優しさを差し置いて、まるで自ら望むかのように領主の追放をすんなり受け入れた。
魔物たちと暮らし始めて、余計なことは考えなくなっていたのに、レグルス殿下のその一言が、不安と恐怖がたくさん詰まった袋に穴を開けた。
「リーファ嬢、我々はマーゲル伯爵にそれ相応の処罰を受けさせるつもりだ」
涙が止まらないまま、アレクシス殿下の言葉に耳を傾ける。
「その上で、リーファ嬢に聞きたい。君は、これからどうしていきたい?聞かせてくれないかな」
「…………昨日、レグルス殿下にもお答えしましたが、私は村と村のみんな、そして両親が守られて幸せに暮らせるのであれば、それ以上何も求めるものはありません」
ただの平民が殿下たちの前で泣くなど、はしたないとは重々承知の上だが、今は泣かずにはいられない。今言ったことはずっと願っていたことでもあるから、嘘偽りのない本心だ。
私自身は、ここで魔物たちと暮らせればそれでいい。それ以外、本当に何も求めない。
「君自身はどうしたい?」
「私は、ここで魔物たちと平和に暮らせれば、それ以外何もいりません」
「そうか」
私は、アレクシス殿下に出会った時からずっと気になっていることがある。涙を拭いて、私はアレクシス殿下を真っ直ぐ見つめる。
前世獣医と言えど、医師の部類だ。人間の体調変化は、隠されていても一応気づくことはできる。
「私からも、不躾ながらお願いしたいことがございます。アレクシス殿下」
「何かな?」
「目の下を診させていただけないでしょうか」
「目の、下?」
唐突なお願いに、アレクシス殿下もレグルス殿下も固まる。まあ、いきなり目の下を見させて欲しいという平民は、どこを探しても私だけだろう。
けれど、話を聞いてくれたお礼にはならないかもしれないが、ちゃんと診てみないと正確な診断は下せないから。




