白銀の冒険者
思わず大きな声を出してしまったけれど、この後のプランはノーに等しい。相手は武器を持っているし、私は今のところ非戦闘員だし、圧倒的に不利の立場にある。初めて会った魔物がこの子達だから、テイムしている魔物もいない。
(まあ、元からテイムするつもりは無いんだけど。……って、こんな魔物の森に人が来るとは思わないじゃん!)
「その剣を収めてはいただけないでしょうか?」
「何故だ」
緩く垂れている長い前髪を後ろ髪と一緒にひとつに束ねているこの男性は、冒険者か何かだろうか。剣から手を離そうとはせず、むしろ綺麗な琥珀色の瞳でこちらを睨んでいる。人が魔物を庇っているから当然と言えば当然の反応だし、その人はこれから魔物を手当てしようとしている。
というか────
(すっっっごく美形なんですけど!?え、私の転生体もすごいけど、これは異世界自体が凄すぎるのでは?うん、絶対そうだ)
私は男性に背中を向けて座り込み、お手製の手袋をはめて、フォレストウルフの傷にそっと触れる。この手袋は、暇をしていたこの約七年間のいつぞやに、こういった時のために試作品として用意していたもの。魔物でも生きている限り生き物だし、細菌が入りかねないから。
大人しく座ってるフェンリルにチラッと視線を送っても、特に何かをしてくる様子はない。森がずっと大人しかったのは、フェンリルがいたからだと思っていたのだけれど……。
「おい、貴様、何をするつもりだ」
「何って、フォレストウルフの手当てですが」
「魔物だぞ」
私は手当て箱……救急箱と言った方が聞こえがいいか。救急箱から塗り薬やポーション、包帯などを取り出しながら会話を続ける。
「知っていますよ?……ですが、魔物も人も命が一つなことには変わりありません。中には心臓がいくつもある魔物もいるとは思いますが、基本はひとつです。魔物であれ、人間であれ、傷付いている者を見過ごすほど、私は冷たい人間ではありませんから」
反感を買わないようになるべく穏やかに答えたつもりだけど、逆上してきたらどうすることも出来ない。だから、この人が話の通じる人であってほしいと、心の奥で願いながら、フォレストウルフの手当てを始める。
前に店に卸しに行った時はポーションばかりで、契約のために持っていっただけで、徒歩だと半日かかるカルディアで作って卸すということになると、一人だからどうしても時間がかかってしまう。だから、グレッタさんには卸しに行くのは少し時間が掛かると、契約時に説明した。
今フォレストウルフに塗っている塗り薬は試作品だ。ついたばかりの傷はポーションで治るのかもしれないけれど、時間が経った傷は丁寧に治していかないと、最悪傷跡が残ることになる。塗り終わったら包帯を巻いて、しばらく様子見だ。
「もう大丈夫、痛かったね」
「くぅん……」
優しく撫でると、フォレストウルフは小さく鳴いた。まるで、犬を相手にしているようで、その可愛さに心が温かくなる。
救急箱に出した薬品や道具を片付けていると、
──カチャン。
という音が鳴った。前世で家族と過ごしていた時に、母親が時代劇を見ていて、その時に聞いた刀を鞘に収める時の音だ。後ろを向くと、男性が剣を鞘に収めていた。
(そういえば、剣と刀の違いってなんなんだろう……)
「………治療は、終わったのか?」
「えっ?あ、はい。安静にしていれば、直に傷も治ります」
「そうか」
まさか話しかけられるとは思ってもいなかったため、驚いて視線を向けることができなかった。
フォレストウルフは痛みが落ち着いてきたのか、手当て前より安心した顔で横たわっている。その背中を撫でると、フォレストウルフはさらに気持ちよさそうな顔をする。その顔に、思わず笑みがこぼれる。
初めて会った魔物なのに、まさか手当をすることになるとは思ってもいなかったけれど、これはこれで獣医冥利に尽きるというものだ。
(今は魔物テイマーだけど)
「変わった人間がいたものだ」
「そうですか?……魔物でも人間でも、敵意を向けなければ、相手も敵意を向けてくることはないと、私は思いますが」
魔物がこんなに可愛いなんて今まで知らなかった。村の人たちが、魔物が入ってこないように徹底的に警戒と防御していたと言うのはあるだろうけど、こんなに可愛いならもっと早くに出会いたかったもんだ。
でも可愛いと言うと、今すぐにでも斬られそうな気がするので、今は言わないでおくとしよう。
「レグルスーーー!どこーーー??」
静かな沈黙が少し流れたあと、遠くから女性の声が森に響いた。図鑑で見たところ、ここは意外と面積が広いらしく、そう簡単に声は響かないのだが、響くということは近くまで来ているのだろう。
今すぐこの場を離れた方が、この子達のためにもなるだろうけど、処置したばかりのフォレストウルフを動かすわけにもいかない。
(少し歩けば山小屋に着くけど……)
「お前たちは動く必要はない。俺が彼らの元へ行くだけだ」
有無を言わせまいと、颯爽に去っていったその背中からは、どこか優しいものを感じた。
フォレストウルフのことで安静にしていればと言ったから、気遣ってくれたのかもしれない。なんて、分からないことは考えても仕方がない。ましてや、さっきまで敵意がないこの子達に剣を向けようとしていた人だし。
木々を通り抜けて頬を撫でる風は暖かく、初夏の香りを感じた。
「もう夏が始まるねぇ」
「……人間」
風が強くなり葉の揺れる音が大きくなる。
耳ではなく頭に響いてきた声の主を、辺りを見回して探す。
「我だ、人間よ」
すぐ近くから声がしたのでまさかと思いフェンリルを見ると、風が綺麗な毛並みを揺らし、毛並み同様綺麗に輝く黄金の瞳を私に向けていた。
「フェンリル……?」




