9 Sugartime
短めになりました
青山の街を歩いていると、サンジは(ハイソとかいうのはこういうことだったのか)と思う。
道を行く人はきらびやかに着飾っているわけではない。
ただ、彼らが何でもなさそうに着ているトレーナーやカットソーがそれなりにいいものだったりする。
目の前にたくさんショップがあるからわかるが、値段でいうなら3万4万したりとかだ。
そういう面には無関心といっていいサンジも、見慣れたことでわかるようになってきた。
(由緒正しい貧乏人のおれには縁がなかったが、この人たちにはこれが普通なんだな)
羨むこともそうなりたいと願うこともない、普通のことだ。
いまも目の前のクルマからTVでみたことのある女優が降りてきた。
普段はオーラを出していない人もいるだろうが、彼女の場合はあきらかに常人とは違う光を放っている。
(一目でわかるもんだな……ああいう人たちもそれはそれで大変なんだろう)
誰も騒ぎ立てたりはしない。サンジも会社を目指して坂道を降りていく。
制作部長との面接はかんばしくない結果だったと思う。
(取り立ててやろうというのになんで腰が引けてるんだ)
逆の立場だったらサンジもそう考えただろう。
しかし、サンジがすぐに契約を解かれることはなかった。
直属の上司というか、担当をしている若い主任が推してくれたので、当面の仕事はある。
サンジはくすぐったいような気持ちで感謝しながら、それに従った。
そこに新しい業務が加わった。
また呼ばれてきたクロイワくんと、オオノさんという新人の女の子に仕事を教えることになった。
正社員でもないサンジが教育係というのもへんな気がするが、まあ適材だろうと自分でも思う。
資質を試されているということもあるが……ここは素直に受けるところだろう。
「クロイワくんは派遣だから、ほんとうは仕事を教わるという立場じゃない」
「はあい」
「……もう少しだけ、しゃきっとしたほうがいいぞ。
おれも教えるなんて偉そうな身分じゃないが、気がついたらヒントをあげるから、とにかくやっていこう」
クロイワくんは返事をする代わりに目をくるりと回してにっこりした。
サンジは必要な指示だけをして、注意したくなることがあっても十のうち三か四くらいまでに抑えるよう意識した。
加減が難しいけれど、一から十まで指図していたのでは何も考えなくなってしまうし抑圧されている感じが強くなる。
マニュアルで何一つ余計なことはさせないというやり方もあるが、ここの場合は業務が流動的なのでそれぞれの判断も必要だった。
クロイワくんはまあまあ仕事はできるので、効率がよくなるように時々アドバイスをする程度だ。
オオノさんのほうは、手は遅いのだがしっかりと慎重に作業を進めていく。
サンジが気づかなかった細かい点に目配りをしている時もある。
(こっちが教わる面もあるな)
よく言われるように、人に教えるということは自分が教えられることでもある。
(ふたりともいい性格でよかった……)
けっこう忙しくしているうちに2週間ほどが過ぎた。
昼休みに外に出たら、同じ方向に二人が歩いていた。
クロイワくんが一緒にごはんを食べましょうと誘ってくれた。
強制している印象にならないかと考えて、サンジが彼らを食事に連れていくということはしていなかった。
「そうか? 邪魔にならないか」
「またあ、そんなわけないじゃないですかあ」
小柄でなんだかかわいらしい二人がゆっくり歩くのについて行く。
(へんに気を使わなくても、この子たちは充分大人なんだよな)
(でもまあ、遠慮しすぎるくらいでちょうどいいから……おれが若いころはもっと生意気で荒っぽかったな)
サンジは気がつきはじめていた。
この若者たちと一緒に仕事をすることで、自分のなかのある部分が多少はやわらいできている。
(部長はそこまで考えたのかな? いや、偶然か……この子たちが手に負えなくておれが往生するケースもあったわけだし)
「那賀川さん、ここでいいですか?」
オオノさんが見上げるようにしてサンジに訊いた。
背が小さいうえに童顔で、精一杯という感じの大人びたメイクをしている。
顔が光ってしまっているので指摘したくなるが、そんなことをしてはいけない。
「うん、きれいな店だね」
夜はワインバーをやっているカフェテラスだ。




