7 Moon Bear
ギターで和音を刻む音が耳に入ってくる。
軽く弾いているようでしっかり鳴っていて、国産の安いギターではこの音は出ないはずだ。
(最近の若いやつはいい楽器を持っているな)とサンジは思った。
若者が路上に座り込んで弾き語りの演奏をしている。
開けたままのギターケースの中には小銭と何枚かの千円札が入っていた。
新宿あたりではよくある光景だが、六本木ではあまり見ないかもしれない。
うたっている歌自体は、サンジが興味を惹かれるようなものではなかった。
(ずいぶん、外人の客引きがいるもんだな)
智佳が連休の間も働いているといって、店の住所を教えてきた。
ドラマに出てくるようないくつかの名前の通った店を横目で見て、歩いていく。
(住所だとここらへんなんだけど……)
番地が一致する一角を探し当て、ぐるりと回ってみた。
教わった店名は見当たらない。
智佳はあまりひとつの店に長くいたことがない。
以前は二・三か月ほど間が空くと、違う店に移ったから来てくれと連絡があったものだ。
べつに彼女を追いかけているわけではないのだが、少しでも余裕がある時は、言われれば一度は顔を出すことにしていた。
(いろんな所に連れていってくれるよな)
サンジは都内で生まれ育っているが、用もないのに銀座や六本木には行かない。
智佳にヒントを出されて、あちこちへ探検に出かけていくようなものだ。
(昔のRPGを引っ張り出してやってるみたいな……)
「お客さま、飲みですか?」
ザコキャラが現れた。蝶ネクタイをつけている。
「いや、知り合いに呼ばれただけだ」
ほんとうは答えないのがいちばんいい。
「どちらのお店ですか? ここらへんは私らの系列ですから、ご案内しますよ」
ホステスに呼ばれたと決めつけている。
「違うよ、友だちなんだ」
後を追ってくるのを振り切って、また首都高の下へ出る。
(帰る……かな)
携帯で智佳に訊いてもいいが、そこまでしなくてもいいかと思った。
苦労してわざわざおカネを置きに行くことはないという感じもしてきた。
(メシでも食えないかな、安い店だってあるよな)
通りの向こうのビルは、一階にファストフードが入っている。
あとはどんな店が入っているのかと上まで見上げると、隣のビルの看板が目に入った。
智佳が教えてきた店名だ。
(なんだ、雑居ビルの上のほうか)
二回くらい通りすぎていて、一階に看板がないので気がつかなかった。
(あんなところにそんな店があるのか……せっかくだから寄るか、まだ早いかな)
煙草をとりだしてひと休みし、少し考えていた。
そこへ警察のクルマが乗りつけてきた。
護送車と同じなのかは知らないが、十人かそれくらいは入るマイクロバスが二台だ。
最初から大量検挙を前提にして来ているということになる。
(未成年か、不法滞在の外人を雇っていた、売春のあっせんをしていた……どれかだろうな)
すぐにビルの前に人だかりができて、その中には先刻の呼び込みの男もいた。
街路樹によじ登るようにして成り行きを見ている。
(めずらしいもんなのかなあ)
もちろんひとごとだし、この時間に智佳がいないこともわかっていたから、落ち着いて見ていた。
(おれが入ったとたんに踏み込まれていたら、それじゃすまないけどな……何もしていないったって、二時間も事情聴取されるのはいやなもんだ)
サンジに犯罪歴はないが、親が事故死した時に調書を取られている。
手入れが入ったのは智佳の勤めている店ではなく、その二階下らしかった。
メールで教えることにした。
『寄ろうかと思って来たけど、下の店にガサ入ってる。智佳の店には関係ないかもしれないが、雰囲気もアレだし今日は帰る。気をつけて』
すぐには電車に乗らず、歩いて青山まで来たところで返信があった。
『ありがとー! うちはやばいことしてないんだけど店に連絡とったら、今日はお客来そうにないし帰っていいって』
『そうか、そりゃよかった』
『あんたって足長おじさんみたいだね』
『こんなくたびれたヨゴレの足長おじさん、いないよ』
青山まで歩いてきたのは、智佳の誕生日が六月なのを思い出したからだ。
(あいつ、何をもらったら喜ぶんだ……客に貢がせたりはしてるのかな)
(ブランド物のカバン? そんなカネはないしなあ)
骨董通りにマッキントッシュのショップがあって、原色に近いが少しくすみの入った色合いのカバンが展示されているのは、いつも見ている。
サンジの好みに合っているのでいつか買おうと思っているが、女性向けではなさそうだ。
(あんまりこじゃれたものを買おうと思ったこと、ないからな)
表参道の交差点を過ぎた。
陶器やグラスなど、小物を売っている店が閉店セールをやっている。
(割れ物はよくないけどな)
入っていって、ゆっくりとひと回りした。
棚の上に小さなシュタイフが載っている。
独特のくしゃっとした感じの熊が、青い地に黄色く三日月を浮かべた柄のパジャマを着ている。
売り物というより、ディスプレイの添え物に置いてあったのではないだろうか。
(中途半端に高価いものより、こいつのほうがしゃれてないか)
そう思えて、それを購入することにした。
包装ができるまで、番号札を持たされて待っている。
店内を物色しているのは若い女性と近隣の主婦ばかりで、カウンターから少し離れて立ったサンジは、かなり雰囲気に合わない。
「五十七番でお待ちの、ナカガワ様」
「はい」
「お待たせいたしました、シュタイフのベアーでございますね?」
「はい」
「包装紙はどれにいたしましょう、ゴールド、グレー、レモン、サーモンとございますが」
「……その、ピンクのやつ」
「かしこまりました、もう少々だけお待ちください」
(智佳が裸で踊るのを観ていたかもしれないし、警察に引っ張られてたかもしれない)
(それが、こんな場所でテディを買っている……これで、よかったかな)
品物の入った手提げ袋を受け取った。
(おれは休みの日に何をやってるんだ……帰って、イチさんの店に寄るか)




