4 Strip Tease
派遣先の会社で、人事担当者との面談があった。
「那賀川さんは、正社員ですとかそういった形で継続された勤務を希望されていましたね?」
改まって苗字で呼ばれるのも久々だなと思う。最初にそういう話をしていて、いまは様子見のような形で契約社員という扱いになっている。
「もし可能なら、ずっとお世話になることができればそれに越したことはないと思っています」
「そのお話をするに当たって、うちの制作部長が改めて面接をしたいと申しているのですが」
「お願いします……いまですか?」
「三時を過ぎましたらお呼びします」
とくに志があってフリー暮らしをしているわけではない。
定職に就くことができればそれもいいが、いまの時勢では無理押しもできない。
サンジの言い方が控え目なのはそのせいだ。
自分から売り込んではねつけられた経験も、いくつかある。
「もっとモチベーションを高く持ってほしいですね」
部長をやっている男は、ものの言い方がすこし高圧的に感じられた。
「あなたはキャリアもあるし、ポテンシャルも低くない、仕事ができることは現場からの報告でわかっています。
ただ、うちで長く一緒にやっていくとなると、あなたひとりのキャパシティはたかが知れている」
カタカナ英語を好んで使う男はあまり信用ができないなとサンジは思う。
「おっしゃる意味はわかります、そうでしょうね」
「ここはひとつ、人をディレクションするほうに回ってみませんか」
中間管理職のような部署ならあるということだろう。
悪い話ではないが、サンジはそういう立場で失敗した経験があって、以前いた会社を辞めてきていた。
「いまの業務ではお役に立てないでしょうか」
自分は現場の実作業がまだまだできるし、性に合っている。
「現状のままでしたら、いまやっているプロジェクトが終了次第ということになります」
正直に言うなら、それで仕方がないなと思った。
もちろんそうは言わず、考えてみます、そちらも情勢が変わったらまたお話いただけると幸いです、そんなふうに話を濁して面接は終わった。
とにかく、目の前の仕事をやっていよう。
サンジは以前、まだ二十代で部下を持って、自分は現場の最前線にいるようなつもりでいた。
ここの部長のように、ほかの人間を引き上げようと尻を叩いたこともある。
そんなことはすべて、思い上がりだったのではないだろうか。
たかが仕事なのだ。
何か月もハードな仕事が続いて「おれは平気なんだから、おまえらも頑張れるはずだ」というのがサンジの口癖だった。
会社に出てこなくなった部下がいた。
欠勤が四日間あって、ほかの人間にその部下のアパートを訪ねさせた。
外出した様子はないのに鍵がかかったままで……管理人に開けてもらって、その人間は遺体の発見者になった。
(気休めじゃなく、あれは事故だった……寝ている間に心臓が止まっていたんだ、おれが追い込んだ、殺したわけじゃない、でも)
(出てこなくなってすぐに行っていれば、あるいは……)
仕事は全力でやるべきで、その考え方は変わらない。
しかし、自分の姿勢を人に押し付けてはいけないし、何も強制してはいけない。
それでは仕事にならないこともあるが、サンジには二度と、そういうことはできない。
仕事の内容が一段落して、その日はじめて喫煙室に行った。
先客でクロイワくんがいた。
派遣会社から短期でやってきた若い男で、とんでもなく細い身体をしていて、最初は女の子かと思った。
髪型や服装も中性的で、おまけに大きな目をくりんと回して人を見る癖がある。
今日もその仕草をして、ぱちぱちと音が出そうなまばたきをしてサンジを見た。
(こいつ絶対、ボクってかわいいとか思ってんな)
「ナカガワさんは、今日も十時ですか?」
「たぶん、それぐらいだな」
「すごいですよねえ、どうしてそんなに頑張れるんですか?」
「こんなもんだろ……仕事があるだけありがたい、っていうとオッサンくさいけど、それは本当にそうだ」
「ぼくも頑張らなきゃあ」
「ほどほどにな」
営業から連絡があって、データの追加分は明日になったから今日は終わっていただいて結構ですという。
予定が変わって、八時に会社を出た。
青山の交差点まで行ったところで、クロイワくんを見かけた。
やはり女の子が着るような長い細身のフェイクファーを身にまとって、とどめのように丸く赤いサングラスをかけている。
「終われたんですかあ」
にっこり笑いかけてきた。
おう、飲みにでもいくかと返事をしそうになったが、やめておいた。
サンジにはあまり偏見がないが、年齢差のある同性愛者同士にしか見えないのはさすがに困る。
「ぼく、今日で終わりだったんです」
「そうか、またどこかで会うかもな、お疲れさま」
クロイワくんはもう一回くりんと目を回して、人通りの中にまぎれていった。
(とりあえず、お茶でも飲んで帰るか……)
また酒を飲みに行くと、きりがなくなってしまう。
コーヒーでも飲めば、意外と気が済んでまっすぐ帰れたりするものだ。
外苑前のほうへ歩いていった。
途中で、電話の着信があった。
智佳からだ。
「おう、どうした、メシ食うのか」
「ううん、今日はね、面接で六本木に来てる」
「そうか、すぐそこだけどな……面接って、なんだ、水か」
「そんな感じだけど……ねえ、あたしが踊ってるの見に来てくれる?」
「踊り? なんだ、裸になるんじゃないだろうな」
「いや、そうなんだけどさ」
驚きはしなかったが、いろいろやってくれるなと思った。
「身内が裸で踊ってるのなんか見てられるか、いや身内じゃないけどな、そんなもんだからな」
「おとうさんだもんね」
「それはあの時だけの話だろ……決めたのか」
「ストリップじゃなくてね、クラブなんだけど、順番でちょっと脱いで踊るの」
「仕方ねえなあ」
智佳が人前でそういうことをするのは初めてではなかったから、心配はしなかった。
ただ、そこに自分が行って楽しいのか、いやな気分になるのか、それはわからなかった。
「まあ『ウリ』だけはしないでいてくれるといいけどね」
「あたし、そこまではしないなあ……平気みたいね」
「なにが」
「あたしがほかの男に見せたりするの」
「仕事でそれ選んだんだろ、仕方ねえじゃねえか」
「もっと嫉妬してみてくんない?」
「バカ言ってんじゃねえよ」
電話はそこで切れた。
サンジの言い方に怒ったのではなく、そばに人が来たか何かだろう。
用があればまたかけてくる、そういうやつだ。
昔のことを思い出して気がふさいでいたのが、すこし晴れたのはよかった。
(新宿や四谷をうろうろしていたのが、青山、六本木か)
(あまり出世ともいえないが……それでまた会ったのは、何かの縁なのかもしれないな)
(昼間のウェイトレスは続けるのか? 何も言わないやつだな)
智佳の面接というのが終わってから食事に行けばいいようなものだが、それはあまり当てにならない。
とにかくここらへんを離れてしまおうと考えて、サンジは地下鉄の駅へ降りていく。
初めて出てきたサンジの苗字w




