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2 No Way Home

 

 in my dreams

 my eyes can see, hands are free

 and it's in my dreams

(夢の中では/この両眼は視えて、手も動くのです/でもそれは夢の中のこと)



 朝、寝過ごしたサンジはベッドから転げ落ちるようにして家を飛び出した。

 そんなことは(まれ)で、ふだんは一時間ほど余裕をもたせて目を覚まし、ゆっくりコーヒーを飲んでから出かける。

(昨夜は飲み過ぎた……)

 電車に乗ってふた駅ばかり行ったところでやっと人心地がつき、サンジは昨夜のことを考える。

 知り合ったばかりのキミコについては何も思い出す材料がなく、やはり智佳(ちか)との間にあったことが浮かんでくる。



 それは、智佳が家出人捜索のテレビ番組に出されてしまった時のことだ。

 彼女は当時、いくつかの店に出入りしてホステスのようなことをしていた。

 べつに行方をくらませたわけではなく、店の客と小旅行に出かけただけだった。

 三日ばかり過ごして智佳は東京に帰ると言い、客はそのまま宿に残った。

 アパートに戻ってもう三日ほど経ったところで、厄介な話がもちあがった。

 その客は妻子のいる家には帰らず、失踪したという話になっていて、先方の家族が智佳の存在を探り当てたのだった。

 智佳はその客とそれほど密接な関係にあったわけではなく、軽い気晴らしのつもりだったから、面倒を避けて女友達の家に隠れていた。

 その客の妻は、夫と智佳が駆け落ちをしたのだと判断し、テレビ局に申し込んで公開の家出人捜索に出演するという思い切った手段を選んだ。


「なんとかしてよ、あたしの顔なんか出されたらもう東京にいられない」

 人づてにテレビ番組の件を聞いた智佳は、サンジを頼ってきた。

「出ていって、ちゃんと事情を説明すればいいじゃないか」

「そんなの、もっとイヤだよ」


 サンジは彼女のことを気に入っていてずっと贔屓(ひいき)にしていたが、男女の間という感じではなかった。

 だから智佳の行動については仕方がないというか、運が悪いなとだけ思った。

 サンジは智佳の父親を装ってテレビ局に電話することにした。


「智佳は私のところにちゃんとおります、このようなことをされたら非常に迷惑なんですよ」

「しかし、奥さんのほうから私どもを頼ってこられたわけですし、いまから番組の内容を差し替えるわけには……」

 サンジは、ディレクターの男に向かって激怒してみせた。

「こっちは刑法でひっかかるような真似は何もしてないんだしね、田舎町に住んでて顔なんか出されたら生活ができないんですよ、あんたたちは番組さえ作れればいいんでしょうがね!」

「そう言われましても……」

「とにかく私たちは顔を出されるいわれはないんです、何としてもそれだけは止めていただきたい、訴えてもかまわないんですよ、こちらは」

 日常、他人に対して怒るということがないサンジにとって精一杯の演技だった。


 ディレクターの男は電話を切ってから、若いADを呼んだ。

「今日のふた組めな、あの女のほう、目消しでA子さんにしてくれ」

「ええーっ、いまからですか? フリップ間に合わないですよ」

「いいから美術に頼んで、手書きでもいい、なんかあるだろ」

 もちろん、彼にとって出演者の事情などどうでもいい。

 ただ、告訴でもされてクビが飛ぶのは御免だった。


 サンジが番組を止めることはできなかったが、智佳の本名が出るのだけは避けられた。

 スナップ写真を拡大して目消しを入れたものが映された。

 それでも事情を知っている周囲の者には丸わかりだったが、それくらいは仕方がない、お礼の電話をかけてきた智佳はそう言った。


「ありがと、借りができちゃった、いつか恩返ししないとね」

「あてにしないで待ってるよ……これからどうするんだ」

「あの店には戻る気しないし、銀座のほうにでも行ってみるよ」

「おまえ、銀座なんか平気だったっけ」

「そう捨てたもんじゃないんだよ、落ち着いたら呼ぶからね」


 ひと月ほどして呼ばれたのは、銀座ではなく四谷の店だった。

 クラブというのかパブと呼ぶのか、どちらにしてもたいした店ではない。

 智佳はサンジの手をとって、自分の腰にまわさせた。

「ほんとは触っちゃいけないんだよ、この店は」

「そりゃあ、どうも」

 これが恩返しなのかと思った。

 サンジは彼女の腰の上のやわらかい部分に手をおいたまま、ブランデーの水割りを飲んだ。

 その飲み物はかなりの酒飲みといっていいサンジの流儀には反するが、まあお茶代わりだ。


「でぶだと思ってない?」

「いや、これくらいだろ、おまえ意外と女らしい身体してんな」

「なんだと思ってたのよ」


 その時、例の客のことが話に出た。

 テレビを見たその男は、あっさりと家に戻って妻に詫びを入れたという。

 大騒ぎをされたらかえって帰れなくなりそうなものだが、智佳が得た情報によるとそういうことだった。

 ちょっと旅行してみたかっただけだとでも言い訳をして、周囲には妻が勝手に誤解してお騒がせしましたと説明したのだろう。


「そんなヘタレは、最初からおとなしくしてりゃいいのにな」

「そうだそうだ! あたしバカだったよ、あんただけにしとけばよかった」

「そうか? まあ、そういうことにしとくか」

 二時間ほど飲んで過ごしてから、サンジは店を出た。


 階段の踊り場のところまで送りに出た智佳が言った。

「もうすこしいればいいのに、一緒に帰りましょうよ」

「帰るって、どこへ帰るんだ」

 これからどこかへ行って、智佳を抱いて……そこまでする気はしなかった。

「まあ元気でやっていこう、また呼んでくれよ」

「ありがとう! じゃあね」

 エレベーターは使わずに階段を下りていって、笑顔で手を振る彼女を見上げた。


 それが二年ほど前だった。

 どういう事情があったのか、なにか気まぐれのようなものなのか、それからいままで智佳からの連絡はなかった。

 おれたちに帰るところなんかないだろう……それは大げさな言い方になるから、そこまでは思わない。

 ただ、智佳に対する親近感、仲間のような共犯者のような、そういうものは微かに残っていた。

 再会するまではほとんど忘れていたからその程度のものだとも言えるけれど……忘れたふりをしているしかなかったのだ。

 表参道の駅が近くなった。サンジは仕事のことを考えはじめる。



 新しい仕事場へ行くたび、近所にいいそば屋はないかと探す。

 名店である必要はなく、できれば行列などできていないほうがいい。

 清潔で注文への対応がきちんとしていて、そばがそこそこ美味しい場所だ。

 そういうそば屋を見つけて、初めてその街に馴染むことができる気がする。

 会社から十分も歩いたところにそれらしい店があった。

 昼めしを食べるには遠いが、ずっと座っている仕事だから散歩になっていいだろう。


 サンジはこの時間が好きだ。

 小さな鉢に盛られた食べ物のために歩いていく。

 酒、色恋沙汰、いくつかのかなり洒落にならない事件、そういうものが遠くに消えていく。

 そんな何でもない時間が、智佳との間にあったらなと思う。


民法だとアウトですねw

まだ手探りで話数も決めていませんができた順に出します

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