15 いくつかの別れ
サンジは、新人の教育係に推してくれた主任と飲む機会があった。
いつも終電近くまで業務に就いていたから、珍しいというか初めてだ。
「こじゃれたところより、こういうのがいいですよね」
居酒屋の二階に上がった。
鳥わさやつくねを肴にビールを飲む。
「いつも遅くまで、お疲れさまです」
主任は、三十代にはなっているだろうか、爽やかな笑顔だ。
「いや、こちらこそ助かってます、仕事はある時にやらないとね」
「そういう姿勢を、若い人に教えていただければと思ったんです」
「教えるなんて、そんなね……こちらが教わることばかりです」
「それは私もですよ」
小一時間も飲んだころ、主任は居ずまいを正して向き直った。
「那賀川さん」
「はい」
「私の要請で期間の延長に応じていただいて、ありがとうございました……お話しておかなければいけないことがあるんですが」
その内容は、わかっていた。
「当社の電算部門は、管理だけ残して外部に移管することになったんです」
「そうですね、最近の業務内容がそうでした」
「私は那賀川さんとご一緒に仕事をしていきたかったんですが」
「そんなにお気を使われなくても結構ですよ……いつまでになりますか」
「七月いっぱいということになります」
「充分です、ありがとうございます」
ずっと会社に居着くことは期待していなかったが、あの若者たちと仕事ができるのは楽しかった。
それも終わるのは、少しさびしいといえばさびしい。
しかし、主任とグラスを交わしながら、サンジは次に打つ手を探していた。
数年来の習性だ。
(夏のまっ盛りか……お盆にかかるし、うまくどこかに移らないとな)
収入は多少下がるが、比較的いつでも潜り込むことのできる会社は知っている。
駅前で主任と別れてから、青山通りを少し歩いて、街の灯りを眺めた。
(また新宿に帰るか……)
クロイワくんとオオノさんを飲みに誘おうと思っていたが、最後のほうで仕事が押した。
給湯室の脇で、あわただしい別れになった。
「ナカガワさん、これ」
包装紙にくるまった細長いプレゼントは、たぶんネクタイだと思う。
「ふたりで買ってくれたのか」
彼らには新部門の仕事がある。
「どうもありがとう」
「お世話になりました、ナカガワさんのおかげでなんとかやっていける気がしてきました」
「おれは何にも教えてないし」
クロイワくんの大きな目を見て、わざと厳しく言った。
「まだ半人前にもなってないぞ」
「はあい」
どうも、気合いの入らない返事だ。
オオノさんは、厚く重ねたマスカラが、頬に影が落ちるほど長く伸びている。
(水商売やってる智佳だって、そこまでしないけどな)
「オオノさんも、がんばってな」
「はい!」
いい返事をしてにっこり笑った顔は、なかなかきれいだなと思った。
社員証のIDカードを返して、会社の受付を出る。
若い人間に後を託してサンジ自身は使い捨てられた形だが、派遣なんてそんなものだと思う。
これでどこかほっとしているのもよくない癖なのだろうけれど、慣れっこになってしまった。
(一宿一飯の恩義には報いたし、次の宿場を目指すだけだ、渡世人かな)
タイミングよくというか、智佳から電話がかかってきた。
「あたし、いま六本木」
後ろがかなり騒がしい。
「飲んでるのか?……店を移ったのか」
「そう、今日からだよん、来れる」
「いや、いまそれどころじゃないな、仕事の空きができるかもしれないし、新宿に行くかもしれないしさ」
「えー、何? 聞こえない」
そこで電話が切れた。
(あいかわらず、がちゃがちゃしたヤツだな)
自分の気分もあって、それ以上は考えなかった。
これが、何年も続く別れになったりする。
当初、冒頭に次の四行詩を置いていましたが取りました(7/26)
『決して傷つかないという契約をしよう/ぼくらは、普通の意味で誠実にはなれないから……/ひどく風邪をひいていたことも、もうすぐ忘れるだろう/そっと心を小さくしていよう……』




