14 きのうけふとは
閉店の日、イチさんの店はいつになく賑わっていた。
サンジが知らなかったくらいだから、イチさんがあちこちに閉店を知らせたわけではない。
それでも人づてに話が伝わり、常連の人々が集まり、ひとしきり飲んで話をしてからばらばらに帰っていく。
最後までみんなが一緒にいないところはこの店らしい。
そういう波が三つくらいあってから、店内には二・三人が残った。
サンジは途中からカウンターの末席に座り、知った顔に挨拶を繰り返していた。
「なんか、あんたのお別れ会みたいだねえ」
「はは」
「さっきから、ただ笑ってばかり」
「悲しいことじゃないんだからさ、笑って別れていけばいいじゃない」
「そりゃそうだ」
イチさんはちょっと見栄を切るようにして言った。
「花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生だ、ってね」
昔、売れない役者でもしていたのだろうか。
サンジの携帯が鳴り、取る前になにげなく店の外を見ると、智佳が立っていた。
いつも通っていた居酒屋が終わると電話で話したら、行ってみたいというので呼んでいたのだ。
知らない店に女ひとりでは入りづらかったのだろう。
「すぐ前から電話してこなくてもいいだろ、こっち入れ」
「えへへ」
白いジャケットは短くてお腹が出ている。その下に細いジーンズを穿いている。
古びた居酒屋には似合わない、若い女の子らしい姿だ。
(本当に若いんだと、また言われちゃうか……)
やっと自分のアパートを借りて、比較的おとなしい感じのパブに勤めはじめたところだ。
イチさんは、サンジと智佳が並んで座ったのを見て、首を振った。
「今日が最後だってのに、お内裏さまみたいに並んでくれちゃって、どうしようって? 結婚の報告?」
「そんなんじゃねえよ、一度、見てみたいっていうからよ」
「……楽しい人だね」
「そういうのは、本人の目の前で言わない! なんにします、お客さま」
「えーっと、ねえ」
「女学生じゃないんだから、しゃきっとして」
(女学生って……古いなあ、トシがわかるぞ)
「あたしはね、猫の子みたいにサンジさんに拾われるってイヤなんだぁ」
そんなこと言ったって、鞄ふたつで転がりこんできたじゃねえかとサンジは思うが、イチさんの前では言えない。
「うん、いい心がけだ、それでどうしたいわけ」
「あたし、社長になるよ」
「社長って……そりゃ会社の登記さえすりゃ社長にはなれるけど、それからが大変だぞ」
「あんたは話の腰、折らないで」
いつのまにか、イチさんと智佳が話し込んでいる。
「そういうのはいいの、社長になってさ、サンジさんを迎えにくるよ、それで専務さんにしてあげる」
「すごい! どうする、あんた、専務さんだって」
「社長と専務、ふたりだけの会社かよ」
「この人、かわいくないねえ……でも、智佳ちゃんは大物だよ、あんたにはもったいないかもしれない」
「だよねえ? へへ」
(なんで初対面で意気投合してんだ、へんな奴らだなあ)
(でもまあ、しんみりして終わるよりゃいいか……)
「お内裏さまみたいに……」ソルトでイチさんがサンジと真紀に言ったのと同じです
同じセリフの使い回しは基本しないんですが、彼の口癖として残しました




