16 To Be Continued...
古びた雑居ビルの狭い階段を上っていく。
通路の突き当たりに、パブ『マーサ』の看板がある。
ドアを開けるとすぐにママの姿が目に入った。
「サンジさん?」
少し頬をほころばせた明子は、一年ほど前に見た時より表情が華やいで見える。
なるほど、結婚したんだなと思った。
(いくつになっても、女って変われるもんだな)
「ご無沙汰しちゃって、どうも」
「青山でうちの人、見たんだって?」
「ああ、そうだったね……ヨウジくんが『うちの人』かあ」
「あたしもずっとヨウジくんって言ってたんだけど」
明子は、少し照れ笑いを浮かべた。
「年下扱いしてたら成長しないからね」
「なるほど、たいしたもんだな」
「彼はこれから、まだまだいろんなものを吸収して大きくなれるから」
「それはママだって、おれだってそうさ」
「そうだね! トシは関係ないもんね」
「ああ……乾杯、と」
「まだ向こうのほうに?」
「終わって、また新宿……青山には四か月か、五か月いたかな」
「もう、ずっと行ってないなあ、巣は向こうに近いんだけど」
「青山、六本木をシメてた? 昔」
「それって、何者なのよ」
ひさしぶりに明子と話すのは楽しい。
「ここって、カクテル出すようになったんだよね、コウちゃんだっけ、あとでギムレットお願いしようかな」
男の子のように髪を短くしているコウが、こくりとうなずく。
「そういえば、昔知ってた子に会ったな」
「さあ、どの人でしょうね」
「いや、そんなんじゃなくてね、まだあそこらへんで暴れてるよ」
なんとなく、そんなふうに口から出た。
(そう、暴れん坊だよな、あいつ……)
「ママさんに引き取ってもらいたいくらいだけど」
「あたしの手に負えるかなあ?」
「うーん……いや、迷惑かけちゃうだろうな」
「そんなに?」
智佳からは、ときどきメールが来ていた。
店に来いというのはなくて、腹がへったとか眠いとか、そういう内容が多い。
シュタイフは枕元において話しかけているそうだ。
そのうち、明子に引き合わせることもあるだろうか。
サンジは朝方、タバコを買いに出た。
青み始めた空にまだ月が出ていた。
ウサギの餅つきがくっきりと見える。
ちぎれて残ったような雲が二つ三つあるだけの空。
サンジは結局、青山の別の会社に呼ばれていた。
昼下がり、また同じような道を歩いている。
学院中等部の塀に沿った桜並木は、まだ裸だ。
(いっそ、せいせいとしていいかな)
坂道の多い街並みにも慣れた。
表参道に向かって上り坂を歩き、智佳のことを考える。
(あいつに夢中だったという時期はないんだけど)
(いつも、もう少しなんとかできないかって気はしてた)
(社長になるよ、か)
一度だけイチさんと智佳を引き合わせた夜のことを思い出す。
なぜか、本当にあったことだという気がしなかった。
(智佳は、どんな会社を興すつもりなんだろう)
馬鹿にしてはいなかった、本当にそんなこともあるかもしれない。
いろいろと想像しながら、坂道を上っていく。
(でも、社長のあいつに振り回されたら長生きはできねえな、おれ……)
帰り道、電車からイチさんの店があった場所が見える。
閉店から一週間ほどでもう更地になっていた。
そのあとに工事が続くのかと思ったが、始まっていない。
ときどき、たまに来ていたお客なのだろう、人が立ち止まっている。
何もない地面を見ている。
(シンデレラの馬車みたいに、カボチャとねずみに戻ったか……)
なぜかそんな喩えが頭に浮かんで、サンジは笑った。
(了)
「夜の鳩、月の熊」は「夢の更新」完結編である「ファレノプシス 〜夢の更新 Phase4〜」への橋渡しとして、10話程度のスケッチ的なものとする予定でした
出来心で「ちこりごと/断章」という前日譚を書いていたら肉付けがされて、Phase1と並ぶ質量になりました(若い明子さんの初登場シーンとか見てほしい、宣伝w)
まだ準備中ですが、ぜひ「ファレノプシス」もご覧になってください!




