11 Sleeping Beauty
連絡がなかったので、智佳のことはとくに思い出さなかった。
気にかけて心配したりしていると、きりがないからだ。
智佳が昼間、それこそサンジが手助けできるような仕事に就くことができればいいと考えたことはあった。
べつに苦労して水商売をしているというのではなく、歌ったり踊ったりするのが好きでやっている面もある。
サンジが堅気になれと無理強いすることではないし、そういう立場でもない。
メールが来て、新しい店の住所と電話番号、源氏名だけが打ってある。
店に来てくれとも、よろしくお願いしますとも言っていなくて、それはいつものことだった。
住所は銀座になっていたが新橋寄りで、そう高級ではないはずだ。
ひどい勘定を取られることもないだろう。
仕事が早くひけたある日、訪ねてみた。
「いらっしゃいませ!」
「初めてなんだけど……ミカさんって人はいる?」
智佳のここでの名前だ。
「はい……どうぞこちらへ」
ボーイが少しためらったように見えたわけは、すぐわかった。
現れた智佳は笑顔を浮かべていたが、からだが前後に揺れている。
「ありがとお……でも、電話くれればよかったのに」
「仕事次第で、いつ来れるかわかんないからね……なんで、まだ九時なのにそんなに酔ってんだ」
「来る前に、自分ひとりで飲んじゃった」
「おれでまだよかったじゃねえか、ちょっとは仕事の自覚もてよ」
「はい、先生」
またそう呼ばれてしまった。
智佳はしばらくの間、ほんとうにありがとうと繰り返してはしゃいでいた。
そのうち、サンジの肩にからだをもたせかけ、ぐったりと重くなった。
ボーイが頭を下げながらやってきて、申し訳ありません、ほかの女の子をお付けしますとか、そういうことを言いかけた。
サンジは目で制して、小声で「おれはかまわないから」と言った。
智佳は寝息をたてている。
もう少ししたら起こさなければいけない。
自分はかまわないが店に与える印象が悪いし、こんなことをしていたらクビになってしまう。
もう手遅れかもしれないが……出勤してきた時はまだ酔いが回ったように見えなかったのか。
(そうだ、クマ持ってこなかったか、今日じゃなくてよかったかな)
これだけ酔っていたら、どこかに置き忘れてしまいそうだ。
その次の日曜日、智佳に呼ばれて食事をしに出かけた。
「こないだはごめんなさい、せっかく来てくれたのに」
いつになく、殊勝になっている。
「似合わねえから、しおらしくすんな」
「そうだよね? へへ」
どこまでも調子がいい。
「これ、やるよ」
手提げ袋のまま、シュタイフを渡した。
何これ、いま開けていい、そう言いながらもう包装紙をはがしている。
「うわあ」
目を輝かせているのは、演技ではないと思う。
智佳が自分に演技をする必要は、たぶんない。
智佳は小さなシュタイフと青いパジャマを見つめて、黄色い月を指でなぞった。
けっこう長い時間が経ってから、そっと箱にしまった。
少しして「もう一度、開けていい?」とサンジに訊いた。
そりゃ自由にすればいいよとサンジは笑った。
「もっといいもの、いくらでももらうだろ」
「誰も、なんにもくれないよ」
「そうなのか?」
智佳はまた箱から出したシュタイフを飽きずに眺めている。
サンジは、こいつまたどっか行っちゃうんだろうなと思った。
『ティファニー』でオードリーがやった役のように。
本人にそう言うと自惚れるだろうから、それはやめておこう。
『ティファニーで朝食を』
説明不要な気もしますが、映画はキスシーンで終わるハリウッド・エンディング
原作では「どっか行っちゃう」感じですねw




