↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/16

11 Sleeping Beauty

 

 連絡がなかったので、智佳(ちか)のことはとくに思い出さなかった。

 気にかけて心配したりしていると、きりがないからだ。

 智佳が昼間、それこそサンジが手助けできるような仕事に()くことができればいいと考えたことはあった。

 べつに苦労して水商売をしているというのではなく、歌ったり踊ったりするのが好きでやっている面もある。

 サンジが堅気になれと無理()いすることではないし、そういう立場でもない。


 メールが来て、新しい店の住所と電話番号、源氏名(げんじな)だけが打ってある。

 店に来てくれとも、よろしくお願いしますとも言っていなくて、それはいつものことだった。

 住所は銀座になっていたが新橋寄りで、そう高級ではないはずだ。

 ひどい勘定を取られることもないだろう。

 仕事が早くひけたある日、訪ねてみた。

「いらっしゃいませ!」

「初めてなんだけど……ミカさんって人はいる?」

 智佳のここでの名前だ。

「はい……どうぞこちらへ」


 ボーイが少しためらったように見えたわけは、すぐわかった。

 現れた智佳は笑顔を浮かべていたが、からだが前後に揺れている。

「ありがとお……でも、電話くれればよかったのに」

「仕事次第で、いつ来れるかわかんないからね……なんで、まだ九時なのにそんなに酔ってんだ」

「来る前に、自分ひとりで飲んじゃった」

「おれでまだよかったじゃねえか、ちょっとは仕事の自覚もてよ」

「はい、先生」

 またそう呼ばれてしまった。


 智佳はしばらくの間、ほんとうにありがとうと繰り返してはしゃいでいた。

 そのうち、サンジの肩にからだをもたせかけ、ぐったりと重くなった。

 ボーイが頭を下げながらやってきて、申し訳ありません、ほかの女の子をお付けしますとか、そういうことを言いかけた。

 サンジは目で制して、小声で「おれはかまわないから」と言った。

 智佳は寝息をたてている。


 もう少ししたら起こさなければいけない。

 自分はかまわないが店に与える印象が悪いし、こんなことをしていたらクビになってしまう。

 もう手遅れかもしれないが……出勤してきた時はまだ酔いが回ったように見えなかったのか。

(そうだ、クマ持ってこなかったか、今日じゃなくてよかったかな)

 これだけ酔っていたら、どこかに置き忘れてしまいそうだ。



 その次の日曜日、智佳に呼ばれて食事をしに出かけた。

「こないだはごめんなさい、せっかく来てくれたのに」

 いつになく、殊勝になっている。

「似合わねえから、しおらしくすんな」

「そうだよね? へへ」

 どこまでも調子がいい。

「これ、やるよ」

 手提げ袋のまま、シュタイフを渡した。

 何これ、いま開けていい、そう言いながらもう包装紙をはがしている。

「うわあ」

 目を輝かせているのは、演技ではないと思う。

 智佳が自分に演技をする必要は、たぶんない。


 智佳は小さなシュタイフと青いパジャマを見つめて、黄色い月を指でなぞった。

 けっこう長い時間が経ってから、そっと箱にしまった。

 少しして「もう一度、開けていい?」とサンジに訊いた。

 そりゃ自由にすればいいよとサンジは笑った。

「もっといいもの、いくらでももらうだろ」

「誰も、なんにもくれないよ」

「そうなのか?」

 智佳はまた箱から出したシュタイフを飽きずに眺めている。


 サンジは、こいつまたどっか行っちゃうんだろうなと思った。

『ティファニー』でオードリーがやった役のように。

 本人にそう言うと自惚(うぬぼれ)れるだろうから、それはやめておこう。


『ティファニーで朝食を』

説明不要な気もしますが、映画はキスシーンで終わるハリウッド・エンディング

原作では「どっか行っちゃう」感じですねw

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。