第八話『奪還』
凍りついた地下闘技場。その中央に、重厚な足音を響かせて一人の男が進み出た。
身の丈を超える巨大なランスを携えたその男は、白髪を揺らし、これまでの奴隷たちとは一線を画す強烈な戦気のオーラを放っている。
白亜は微かに目を細めた。
「来たな。……やはり、どの時代でも魔法一辺倒より、こうして武器をしっかり扱える奴の方が強いよな。あれがあれば別だが」
「個人的な恨みはない。だが上からの命令だ。――ここで朽ちてもらう」
男が静かにランスを水平に構える。その隙のない構えを見ただけで、白亜はふっと口元を緩めた。
「お前さん、結構強いね」
「光栄だな。私は一川様に仕える騎士のなかで3番目に強い男。名はホーク」
「私の名は白亜。……できれば、手加減してくれるとありがたいんだけどね」
「それは厳しい注文ですな」ホークの瞳が鋭く光る。「手加減などすれば、こちらの命がいくつあっても足りそうにない」
白亜の身体から、瞬時に凄まじい魔力が立ち上った。
「――“白刃 黄昏”」
白亜が空間から引き抜くようにして取り出したのは、かつて悪魔ツォレを塵に還した、白い輝きを放つ一振りの刀だった。
「来いよ」
切っ先を向けられたホークは、爆音と共に地を蹴った。巨大なランスが、大気を引き裂く凶悪な一撃となって白亜の胸元へと突き出される。
キィィィン!!
白亜は黄昏の刃でその刺突を辛うじて受け流すが、ホークは即座に槍の重さを利用し、強烈な薙ぎ払いを繰り出してきた。下段から迫る鋭い斬撃。白亜は上空へ跳び上がってそれをかわす。
だが、ホークはそれを見越していた。
「隙あり!」
ホークの左手から、目にも留まらぬ速さで数本の投げナイフが放たれた。空中を舞う白亜の顔面を、正確無比に捉える軌道。
「くっ……!」
白亜は空中で限界まで身体を捻り、間一髪、頬をかすめるミリ単位の回避でそれを避けた。着地と同時に、今度はこちらが間合いを詰める。黄昏の刃先から、爆発的な冷気が溢れ出した。
「――“凍菊連響”!」
白亜の踏み込みとともに、残像を伴う連続の斬撃がホークへと叩き込まれる。ホークは驚愕しながらも、咄嗟にランスを立てて防御の構えをとった。
「――“ローブレイク”!」
ホークが叫び、ランスを天へ突き上げて振り下ろす。凄まじい衝撃波が放たれるが、白亜はそのすべてを刃で鮮やかに受け流し、さらにその隙を突いて無数の太刀筋を刻み込んだ。
刹那、ホークの足元から、大輪の菊の花を模した巨大な氷の結晶が急速に立ち上がり、彼の身体を優しく、しかし絶対的な強度で包み込んだ。
「見ご...」
氷の中でホークがそう呟いたのを最後に、彼の身体は完全に氷漬けとなった。
気づけば、広大な闘技場には、白亜の冷気によって生み出された大量の氷像が立ち並ぶ、幻想的で恐ろしい光景が広がっていた。
VIP席でその光景を見ていた一川ルイは、持っていたワイングラスを床に落とし、完全に絶句していた。
(まさか、ホークがあんなに簡単にやられるなんて……! これじゃあ、僕の私設兵たちを何百人ぶつけたところで勝てっこない。僕の兵になるような奴らは、僕より弱くて自分じゃ金も稼げない無能なゴミ屑ばかりだからな……。チッ、仕方ない)
ルイは顔を不快そうに歪めると、自身の贅沢な椅子から、闘技場の舞台へと直接飛び降りた。
ドォン!と派手な土煙を上げて着地する。
「仕方がないからさぁ、君は僕が直々に殺してあげることにしたよ。画面の向こうにいる奴らへの見せしめにもなるしね。それに……フフフ、ちょうどこの新しい力も試してみたかったところだしさ!」
ルイは下卑た笑みを浮かべながら、ポケットから白亜から奪った黒魔結晶を取り出した。
「……それは、私の大切な親友のものだ。もし、その汚い手でそれを使えると思っているのなら、やってみろ」
「地獄で後悔しておけよ、小娘がぁ!」
ルイは傲慢に叫び、黒魔結晶へ自身の全ての魔力を強引に叩き込んだ。
――……。
しかし、何も起こらなかった。
それどころか、黒魔結晶はルイの魔力を不快そうに完全に弾き返し、冷たく沈黙している。
「な……どういうことだ!?なぜ僕の魔力に応えない……っ!?」
狼狽するルイに対し、白亜は静かに、一歩ずつ歩を進めた。
「言っただろう。それは私の親友のものだ。そこには、あいつの魂が込められている。……その結晶が、私に対して牙を向くことなど、天地がひっくり返ってもあり得ない」
「そんな、そんなバカなことが……!」
「あるよ」
白亜の姿が、一瞬でルイの目の前から消えた。
「――何せ、その結晶の持ち主は、規格外だったからね」
耳元で響いた冷たい声にルイが息を呑んだ瞬間、白亜の手が影のように伸び、ルイの驚愕する手のひらから、黒魔結晶を鮮やかに奪い取った。
「返せっ! それは僕のものだ!」
「やだね。そもそも、最初からお前のじゃない」
完全に我を失ったルイは、魔法を使うことすら忘れ、無様な拳を振り回して白亜へと突っ込んできた。
白亜は冷めた目でその大振りの拳を軽々とかわすと、ルイの無防備な顔面へ、強烈なカウンターの正拳突きを叩き込んだ。
「ぶふっ……!?」
ルイの身体は一直線に吹き飛び、闘技場の頑丈な壁に派手に激突した。壁にヒビを入れながら床に落ちたルイは、完全に白目を剥いてピクピクと痙攣している。一撃のもとに完全な気絶だった。
白亜は手元に戻ってきた黒魔結晶を見つめ、カバンの奥へと大切に仕舞った。そして、黄昏を鞘に収めながら、周囲に乱立する氷像たちを振り返る。
「……一応、ここにいる奴らの氷は全部溶かしといてやるよ。それじゃあ、もう二度と会うことはないな」
白亜は一切振り返ることなく、ルーカスたちの待つ牢獄へと歩き出した。




