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用意された  作者: ロア丸ばなな
第一章[失われた力]
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第八話『奪還』

凍りついた地下闘技場。その中央に、重厚な足音を響かせて一人の男が進み出た。

身の丈を超える巨大なランスを携えたその男は、白髪を揺らし、これまでの奴隷たちとは一線を画す強烈な戦気のオーラを放っている。

白亜は微かに目を細めた。

「来たな。……やはり、どの時代でも魔法一辺倒より、こうして武器をしっかり扱える奴の方が強いよな。あれがあれば別だが」

「個人的な恨みはない。だが上からの命令だ。――ここで朽ちてもらう」

男が静かにランスを水平に構える。その隙のない構えを見ただけで、白亜はふっと口元を緩めた。

「お前さん、結構強いね」

「光栄だな。私は一川様に仕える騎士のなかで3番目に強い男。名はホーク」

「私の名は白亜。……できれば、手加減してくれるとありがたいんだけどね」

「それは厳しい注文ですな」ホークの瞳が鋭く光る。「手加減などすれば、こちらの命がいくつあっても足りそうにない」

白亜の身体から、瞬時に凄まじい魔力が立ち上った。


「――“白刃はくじん 黄昏たそがれ”」


白亜が空間から引き抜くようにして取り出したのは、かつて悪魔ツォレを塵に還した、白い輝きを放つ一振りの刀だった。

「来いよ」

切っ先を向けられたホークは、爆音と共に地を蹴った。巨大なランスが、大気を引き裂く凶悪な一撃となって白亜の胸元へと突き出される。


キィィィン!!


白亜は黄昏の刃でその刺突を辛うじて受け流すが、ホークは即座に槍の重さを利用し、強烈な薙ぎ払いを繰り出してきた。下段から迫る鋭い斬撃。白亜は上空へ跳び上がってそれをかわす。

だが、ホークはそれを見越していた。

「隙あり!」

ホークの左手から、目にも留まらぬ速さで数本の投げナイフが放たれた。空中を舞う白亜の顔面を、正確無比に捉える軌道。

「くっ……!」

白亜は空中で限界まで身体を捻り、間一髪、頬をかすめるミリ単位の回避でそれを避けた。着地と同時に、今度はこちらが間合いを詰める。黄昏の刃先から、爆発的な冷気が溢れ出した。


「――“凍菊連響とうぎくれんしょう”!」


白亜の踏み込みとともに、残像を伴う連続の斬撃がホークへと叩き込まれる。ホークは驚愕しながらも、咄嗟にランスを立てて防御の構えをとった。


「――“ローブレイク”!」


ホークが叫び、ランスを天へ突き上げて振り下ろす。凄まじい衝撃波が放たれるが、白亜はそのすべてを刃で鮮やかに受け流し、さらにその隙を突いて無数の太刀筋を刻み込んだ。

刹那、ホークの足元から、大輪の菊の花を模した巨大な氷の結晶が急速に立ち上がり、彼の身体を優しく、しかし絶対的な強度で包み込んだ。

「見ご...」

氷の中でホークがそう呟いたのを最後に、彼の身体は完全に氷漬けとなった。

気づけば、広大な闘技場には、白亜の冷気によって生み出された大量の氷像が立ち並ぶ、幻想的で恐ろしい光景が広がっていた。

VIP席でその光景を見ていた一川ルイは、持っていたワイングラスを床に落とし、完全に絶句していた。

(まさか、ホークがあんなに簡単にやられるなんて……! これじゃあ、僕の私設兵たちを何百人ぶつけたところで勝てっこない。僕の兵になるような奴らは、僕より弱くて自分じゃ金も稼げない無能なゴミ屑ばかりだからな……。チッ、仕方ない)

ルイは顔を不快そうに歪めると、自身の贅沢な椅子から、闘技場の舞台へと直接飛び降りた。

ドォン!と派手な土煙を上げて着地する。

「仕方がないからさぁ、君は僕が直々に殺してあげることにしたよ。画面の向こうにいる奴らへの見せしめにもなるしね。それに……フフフ、ちょうどこの新しい力も試してみたかったところだしさ!」

ルイは下卑た笑みを浮かべながら、ポケットから白亜から奪った黒魔結晶を取り出した。

「……それは、私の大切な親友のものだ。もし、その汚い手でそれを使えると思っているのなら、やってみろ」

「地獄で後悔しておけよ、小娘がぁ!」

ルイは傲慢に叫び、黒魔結晶へ自身の全ての魔力を強引に叩き込んだ。


――……。


しかし、何も起こらなかった。

それどころか、黒魔結晶はルイの魔力を不快そうに完全に弾き返し、冷たく沈黙している。

「な……どういうことだ!?なぜ僕の魔力に応えない……っ!?」

狼狽するルイに対し、白亜は静かに、一歩ずつ歩を進めた。

「言っただろう。それは私の親友のものだ。そこには、あいつの魂が込められている。……その結晶が、私に対して牙を向くことなど、天地がひっくり返ってもあり得ない」

「そんな、そんなバカなことが……!」

「あるよ」

白亜の姿が、一瞬でルイの目の前から消えた。

「――何せ、その結晶の持ち主は、規格外だったからね」

耳元で響いた冷たい声にルイが息を呑んだ瞬間、白亜の手が影のように伸び、ルイの驚愕する手のひらから、黒魔結晶を鮮やかに奪い取った。

「返せっ! それは僕のものだ!」

「やだね。そもそも、最初からお前のじゃない」

完全に我を失ったルイは、魔法を使うことすら忘れ、無様な拳を振り回して白亜へと突っ込んできた。

白亜は冷めた目でその大振りの拳を軽々とかわすと、ルイの無防備な顔面へ、強烈なカウンターの正拳突きを叩き込んだ。


「ぶふっ……!?」

ルイの身体は一直線に吹き飛び、闘技場の頑丈な壁に派手に激突した。壁にヒビを入れながら床に落ちたルイは、完全に白目を剥いてピクピクと痙攣している。一撃のもとに完全な気絶だった。

白亜は手元に戻ってきた黒魔結晶を見つめ、カバンの奥へと大切に仕舞った。そして、黄昏を鞘に収めながら、周囲に乱立する氷像たちを振り返る。

「……一応、ここにいる奴らの氷は全部溶かしといてやるよ。それじゃあ、もう二度と会うことはないな」

白亜は一切振り返ることなく、ルーカスたちの待つ牢獄へと歩き出した。

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