第九話『次』+α
牢獄のモニターに映し出された圧倒的な光景を見て、ソフィアはただただ呆然と立ち尽くしていた。
(強すぎる……。戦場にいた全員を、魔法ごと一瞬で凍らせちゃうなんて。白亜は、一体何者なの……?)
静まり返った通路の奥から、軽い足音が近づいてくる。
「――ただいま。帰ってきたよ」
何事もなかったかのように姿を現した白亜に、ルーカスが引きつった笑みを向けた。
「お前……いくらなんでも、強すぎるんじゃないか?」
「白亜って、本当に何者なの……?」
ソフィアが鉄格子に顔を近づけて尋ねると、白亜は少し困ったように小首を傾げた。
「さあ……自分でも、よく知らないな」
「そう、なんだ……」
(わかんない、か……。あんな凄い力を持ってるのに記憶がないなんて、やっぱり怪しいなぁ)
ソフィアがそんな疑念を抱いていると、白亜の手の中で金属の擦れ合う音がチャリリ、と鳴った。
「とりあえず、あいつの直属の看守から牢屋の鍵を奪ってきたから、これで逃げよう」
「おう、助かる!」
(……って、いつの間にそんなの奪ってきたの!?)
ソフィアが内心で驚いている間に、白亜は手際よく二人の牢獄の鍵を開けていった。
三人は音もなく牢獄を抜け出し、一川ルイの巨大な城からの脱出を試みた。
追っ手の気配を感じるたび、ソフィアが術式を展開する。
「――“隠者の外套”……よし、こっちのルートが安全だよ!」
ソフィアの放つ気配遮断の魔法と、正しい脱出経路を正確に導き出す魔法のおかげで、三人は一度も兵士に見つかることなく、無事に広大な館の外へと抜け出すことができた。
城を遠く離れた草原で、白亜がしみじみとソフィアを振り返った。
「ソフィアの魔法……便利すぎるんじゃないか? 正直、ものすごく助かった」
自分の魔法が二人の役に立ち、心から褒められたことが嬉しくて、ソフィアはふふんと胸を張った。
「そうでしょ! すごいでしょ! 私だって、ただ足が遅いだけじゃないんだから!」
「へいへい、大活躍だったな。……よし、作戦は大成功だ。まずは一旦、ポルトガルのおじさんのところに戻るぞ」
ルーカスが満足げに頷いて歩き出す。その後ろを追いかけながら、ソフィアはハッと重要なことを思い出した。
「あ、そういえば……白魔結晶は!? そうじゃん白亜、取り込んだって一体どういうことなの!?」
詰め寄るソフィアに、白亜は周囲を警戒するように人差し指を口元に当て、小さな声で囁いた。
「……それは、あとでゆっくり話すよ」
夕暮れに染まるフランスの地を、三人は再び並んで歩き出す。
第一章[失われた力] ―完―
その頃、静寂に包まれた地下闘技場では。
「クソがッ……! 来るな、僕に近づくなッ!」
激しい激突の衝撃からようやく目を覚ました一川ルイは、床を這いずりながら必死に後退していた。
彼の視線の先――そこには、白亜によって氷化を解かれ、自由の身となった奴隷たちがいた。怒りと怨嗟に満ちた瞳をした奴隷たちが、武器を手に、じりじりとルイを包囲していく。
「お、お金ならいくらでもやる! 頼む、命だけは――ひっ、嫌だ、来るなぁぁぁぁ!」
ルイの惨めな悲鳴が、広大な地下空間に木霊した。
だが、上層にあるきらびやかな観客席には、もう彼を愉しげに眺める観客など誰もいない。
やがて、その耳障りな絶叫はぶつりと途絶え、暗がりのなかに、無数の重い足音だけが静かに響き渡っていた。




