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用意された  作者: ロア丸ばなな
第二章[失われた記憶]
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第十話「迷い子」

第二章でげす

まぁ主人公が変わりましたね、いや本当に主人公なんかね。いったい誰が主人公なのかね

群像劇の始まりだぜ

五月二十二日。

(……ここは、どこだ?)


少年が意識を取り戻したとき、最初に視界に飛び込んできたのは、ざわざわと風に揺れる深い森の木々だった。

だが、状況は明らかに不自然だった。自分はなぜか地べたに敷かれた布団に寝かされており、すぐそばにはパチパチと小さく爆ぜる焚き火の跡がある。周囲は完全な真夜中で、静寂が満ちていた。

不意に、すぐ近くでカサリと物音がした。

(誰だ……!?)

少年が身を硬くすると、隣の布団から一人の少女がむっくりと起き上がるところだった。どうやら今まで寝ていたらしい。

「あぁ……起きたんだね」

少女は眠そうに目をこすりながら、のんきな声を上げた。

少年は状況がまったく理解できず、パニックになりそうな心を抑え、かろうじて声を絞り出す。

「ここは……どこですか? あなたは、誰ですか……?」

そんな少年の戸惑いを余所に、少女は思いのほか快活に笑って答えた。

「私は五十嵐楓いがらし かえで! 君がこの森の奥でボロボロになって倒れてたんだよ。放っておけないからさ、ここまで運んで看病してたの。……よし、私の自己紹介は終わり! 次は君のことを聞かせて?」

(助けてくれた、のか……。それなら、話しても大丈夫かな)

少年は自分の内側を探る。しかし、名前を、身元を思い出そうとした瞬間、頭の中に奇妙な空白が広がった。

「僕の名前は……。……あれ? なんだ、わからない。思い出せない。なんで僕はここにいるんだ……?」

冷たい汗が背中を伝う。

(なんで……何も思い出せないんだ? 僕は誰なんだ……怖い……!)

少年が青ざめるのを見て、楓は「あちゃー」と困ったように眉を下げた。

「大変じゃん、記憶喪失ってやつ!? どうしよう……。とりあえずこの危険な森を出て、そうだ、街の病院に連れて行かなくちゃ! あ、でもその前に呼びやすいように名前を決めよう。そうだそうしよう。えっとね、君の今の名前は――“ゴンジャラス松村”だ!」

少年の恐怖は、一瞬で深い困惑へと塗り替えられた。

(なんでこの人、一人でどんどん話を斜め上に進めてるんだ……? ゴンジャラス松村って誰だよ。絶対に嫌なんだけど!)

「……やだな、その名前」少年は引きつった声で拒絶した。「えっと、じゃあ、うーん……。僕のことは“れん”って呼んで」

なぜか少年にはその名前が浮かんでいた。

「わかった! よろしくね、れん。じゃあ、善は急げで早速明日出発しよ!」

(確かに、遭難してるみたいだしこの森から出ないといけないのは本当だけど……。なんだろう、さっきからずっと変な予感がする)

れんは立ち上がり、ざわざわと不気味に蠢く闇の奥を見つめた。

「わかった。……だけど、ここ、なんだか嫌な気配がする森だね」

「でぇじょうぶ、でぇじょうぶ!」楓は胸をドンと叩いて不敵に笑う。「この天才魔法使いの楓さまがついてるんだから、何も心配いらないのさ!」


れんの耳に、聞き馴染みのない単語が引っかかった。

「まほう……つかい?」

(それって……漫画とかアニメの中だけのやつじゃなかったっけ? この子、もしかして痛いタイプの中二病なんだろうか。かわいそうに、こういうのは変に否定せず、しっかりノリに乗ってあげないと傷ついちゃうよな……)

「へぇ、魔法知らないんだ?」

驚く楓に対し、れんは大人の対応を心がけながら、にこやかに話を合わせた。

「へ、へぇー、そんなのがあるんだ。すごいなぁ」

「私はこれでも妖撃士団の兵士クラスだからね! 強いのだよ、ハッハッハ!」

「すごいすごい。僕も練習すれば、その魔法ってやつ、使えるようになるのかな?」

「うーん、一朝一夕で身につくものじゃないし、何より才能がかなり必要だからねぇ。魔力量とかは生まれた時にかなりの差ができるし……れんを見てる限り、そんなに魔力があるようには見えないしなぁ」

(おいおい、中二病の妄想のわりに現実的なダメ出ししてくるな。ひどいな……。まあいいや、とりあえず早く記憶を取り戻したい。大事なことを忘れている気がするんだけど――)

「……れん」

不意に、楓の声からおふざけのトーンが消えた。

「どうしたの?」

「……何かいる」

「えっ?」

「伏せて!」

楓が凄まじい力でれんの頭を上から押し下げた。


ヒュッ――!!!

直後、れんのつむじのすぐ上を、凄まじい風切り音が掠め飛んだ。

見れば、巨大な鎌のようなものが空間を薙ぎ払っている。もし一瞬でも避けるのが遅れていたら、間違いなく首が消し飛んでいた。

れんの全身に、総毛立つような恐怖の震えが走る。

ガサガサと草木をかき分け、真夜中の闇からそれが姿を現した。

「……ッ、な、に……あれ……!?」

現れたのは、巨大なカマキリの身体に、醜悪な人間の顔が歪に張り付いた異形の怪物だった。人間の顔と呼ぶにはあまりにも狂っており、裂けた口はバカみたいに大きく、目玉は飛び出し、そもそも頭部全体のサイズが異常だった。

(さっきの魔法使いの話……まさか、全部本当なのか!? に、逃げないと、殺される――!)

れんが恐怖で腰を抜かしそうになりながらも逃げようとした、その瞬間。

楓は怯むことなく、その小さな手のひらを真っ直ぐに怪物へと向けた。


「――“雫光れいこう”!!」


楓が叫ぶと同時に、彼女の手のひらから、夜闇を焼き裂くような眩い光線が放たれた。光線は正確無比に人面カマキリの巨大な頭部を撃ち抜き――怪物は悲鳴を上げる暇さえなく、その場に倒れ込み、まるで最初から存在しなかったかのように、サラサラとした灰へと変化して消え去った。

「え……?」

呆然とするれんに、楓はふいっと手を下ろして振り返った。

「今のが怪異。ただの雑魚だよ。で、今のが私の魔法ね」

(本当……だったんだ。本当に、魔法で化け物を倒しちゃった……)

現実を突きつけられ、れんはカタカタと身を震わせる。

「こ、怖いよ、あんなの……」

「あんなのまだマシな方だよ。世の中にはもっとヤバい奴らがゴロゴロいるからね。怪異の階級って、細かく分けると十あるけど、基本は上から甲・丙・戊・庚・こう・へい・ぼ・こう・じんの五つ。さっきのは一番下の壬かな。そういえば、これとは別に悪魔っていうタチの悪いの奴らもいてさ。弱い奴ほど存在があやふやだから気持ち悪い見た目をしてるんだけど、強くなるにつれて存在が強固になって、人間型に近づいていくんだよね」

(今なら信じられる、全部本当の話だ。……っていうか、そんな世界があり得るのか? もしかして、僕は巷で言う異世界に転生か転移でもしちゃったんじゃないのか……!?)

「そう、なんだ……。なんでそんな生き物が……」

(あんなのよりヤバいのがたくさんいるのか。もし一人の時に遭遇したら、一瞬で殺される……!)

「私はそもそも、この森へ怪異討伐の依頼で来たんだけど、なかなか目的の奴が見つからなくてね」楓は伸びをしながらため息をついた。「代わりに君を見つけたわけ。危ないし、夜が明けたら一旦森を出て、街の病院へ向かうことにしよう。君にはきっちりメディカルチェックを受けてもらうからね!」

「は、はぁ……」

「よし、眠い! 寝よう!」

「はぁ……って、えぇ!?」

れんが驚いている間に、楓は再び布団をごろりと横に転がり、数秒後にはすやすやと規則正しい寝息を立て始めていた。

(ひどく寝つきがいいな……。そりゃ真夜中に起こされたようなもんだろうけど、さっきの化け物を見た後でよくすぐ眠れるな!? 怖くて僕は、もう一睡もできそうにないよ……)


その夜、幸いにも二度目の襲撃はなかったが――れんは結局、恐怖と緊張のあまり一睡もできないまま朝を迎えることになった。


東の空から朝陽が昇り、森に光が差し込む。

目を覚ました楓は、体を起こして周囲の気配を確認した。変な怪異の気配はない。ただ、目の前には、盛大なクマを作ってぐったりと横たわっているれんの姿があった。

(よし、目的の怪異は見つからないし、とりあえず一旦街に戻って体制を立て直そう。……うわぁ、それにしてもれん、すごい眠そうだな)

「ね、ねむい……」

(結局、一分も眠れなかった……)

れんがゾンビのように身を起こすと、楓はパンと手を叩いた。

「と、とりあえず街へ行く準備をしよう!」

「何の準備を……?」

「街まで戻るの。ほら、そこ退いて」

楓がそう言って手をかざすと、れんが今まで使っていた敷布団と掛け布団が、目の前で忽然と姿を消した。

「あれっ、布団が消えた……!? それも、魔法なの?」

「うん、そうだよ」

楓は自慢げに微笑みながら、ポケットから奇妙な紋章がいくつも刻まれた、手のひらサイズの小さな箱を取り出した。

「この箱にいれたの。これはコンパクトに見えて大容量な、凄く便利な魔道具なんだよ。中の空間を魔法で弄って拡張してあるんだって。……さあ、さっさと行こう。この森、長居すると結構危ないしね」

(そんなことまで出来るのか……。便利だけど……でも、やっぱり僕は元の世界に帰りたいな。記憶がなくて、元の世界への思い入れも思い出せないけど……それでも、こんな化け物のいる世界は嫌だ)

「わかった……」

れんが小さく頷いた、その瞬間だった。

ふわ、と、れんの身体が重力を無視して宙に浮かび上がった。

「うわぁぁっ!? ど、どんどん地面が遠くなる!?」

驚いて横を見ると、楓も同じように、当然の権利のように空中を浮遊している。

「あ、ごめんね。言うの忘れてた。地上を歩くと危ないから、空を飛んでいくよ!」

(夢だ……。これはきっと、性質の悪い悪夢なんだ。早く覚めてくれ……!)


空中を飛行してしばらく。

(……うん、全然夢じゃないな。風が冷たいし、頬を抓っても痛いだけだ。怖すぎるけど、ようやくこの浮遊感に慣れてきた……)

れんが必死に姿勢を保っていると、隣を並んで飛ぶ楓が気楽に話しかけてきた。

「いやー、驚かせて申し訳ないね! でも飛ぶのが一番楽なんだよ。空を飛ぶ怪異は数が少ないし、ここら辺にはいないからね。……まあ、空を飛んでくる奴は大体めちゃくちゃ強いんだけど」

「余計に怖いよ! あとどれくらいで着くの!?」

「安全運転なら、あと十分くらいかな。ほら、あれだよ、見えてきた!」

楓が指差す先、遠くの地平線に、巨大な街のシルエットが姿を現した。

「はい……あそこの街ですか。でも、まだ結構遠い気がするけど」

「地上を歩いたら数日かかっちゃう距離だからね。飛べば一時間くらいで着けるんだから、やっぱり飛行魔法は便利だよ!」

「怖いけどね!」

「慣れ慣れ!」

やがて二人は、街の巨大な門の前に滑り込むように着陸した。

れんは楓の後に続き、その門を潜り抜ける。

その瞬間、れんの目に飛び込んできたのは――大勢の行き交う人々、近代的な家々、そして、空高くそびえ立つ巨大なオフィスビルや商業ビルの群れだった。

想像していた異世界とはあまりにもかけ離れた光景に、れんは目を丸くする。

「ここは……どこの街なの?」

「ここはねー――京都だよ!」

「き、京都……なんだ」

(異世界、じゃない……のか? 僕の知っている日本、なのか……?)

「あ、そういえば君、記憶喪失だったね!」楓はポンと手を叩くと、れんの腕を強引に引っ張った。「とりあえず病院へ行こう。ほら、道路の隅っこにあるあの魔法陣に乗って!」

「うん? 魔法陣……?」

よく見ると、アスファルトの道路の隅、一般人の死角になるような場所に、微かに光る複雑な幾何学模様の陣が描かれていた。楓はれんをその上に立たせる。

「これでよし。……あ、ちなみにこれ、一般の人たちには秘密だからね?」

楓がいたずらっぽくウインクした、その刹那。

ガシャリ、と世界が歪み、一瞬にして周囲の風景が切り替わった。

(えっ……!?)

街中であることは変わらないが、さっきまでいた大通りとは明らかに違う、厳かで広大な敷地。そして目の前には、見たこともないほど巨大で近代的な医療建造物がそびえ立っていた。

「はい、病院に到着! もう大丈夫なはずだよ」

「あ……あ、ありがとう……」

(瞬間移動した……。本当に、すごい世界だ……)

「いいってことよ! 助けたのは私だし、とりあえず最後まで同行させてもらうわね」

楓は快活に笑い、病院の自動ドアへと進んでいく。

その背中を追いかけながら、れんはふと、先ほどの彼女の言葉を思い返して首を傾げた。

(……っていうか、一般人には秘密って言ってたけど。記憶喪失の僕は、一般人扱いじゃないのかな……?)

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