第六話『妖擊士団幹部の強さ』
前庭では、襲撃者の首である悪魔ロズと、この館の主――ロイ・メルツが静かに向かい合っていた。
ロイの背後からは、すでに一切の物音がしない。執事たちを下がらせ、彼一人で悪魔の前に立ちはだかっている。
「なぜ、ここを襲った」
ロイの低い問いかけに、ロズは笑った。
「そこまで目立つようなものを持って何を言ってるんだか、...我は見てみたいのだ人の強さを」
「なるほど」
ロイは表情一つ変えず、愛剣の切っ先をすっとロズの喉元へと向けた。
「では、次だ。――今すぐここで自害するか、俺に殺されるか。選べ」
「ハッ、血の気が多い人間だ!」
ロズが叫ぶと同時に、その両手に二本の禍々しい魔剣が実体化した。
悪魔の足元が爆ぜ、凄まじい速度でロイへと肉薄する。交差する二本の刃が、ロイを八つ裂きにせんと猛り狂う。
しかし――ロイの動きは、それを遥かに凌駕していた。
「なかなか良い腕だ。――だが、甘いな」
ロイが最小限の動きで剣を一閃させた。キィィィン!という鼓膜を震わせる金属音とともに、ロズの放った二本の魔剣が、一撃で遥か彼方へと弾き飛ばされる。
「なっ、に……っ!?」
武器を失い、ロズの顔が驚愕に染まったその瞬間。
ロイの剣が、太陽のごとき眩い劫火を纏った。
「消えろ」
無造作に振り抜かれた炎の刃が、ロズの巨体を斜め一文字に深く切り裂く。
「が、はっ……そんな、馬鹿な……っ! 我が……一瞬で……!」
ロズの叫びも虚しく、切り口から噴き出した激しい炎が、その身体を一瞬で包み込んだ。悪魔の身体は文字通り灰へ、そしてサラサラとした塵へと変わり、大気に溶けて消滅した。一分と経たない、圧倒的な幕引きだった。
ロイは剣を鞘に収めると、やれやれと首を振った。
「まったく。喧嘩を売る相手を、間違えすぎだろ」
「おっ、終わったらしいな」
そこへ、正面の庭からデカラマを倒したルーカスが、そして裏庭からダオロを討ち取った白亜が戻ってきた。
「って、おい白亜! お前、大丈夫なのかよ!?」
ルーカスが慌てて駆け寄る。白亜はツンとそっぽを向きながら、言った。
「……かすり傷だ」
(二人とも、ほぼ無傷じゃないか……。私だけ悪魔一体に苦戦して怪我するなんて……)
白亜が内心で小さく唇を噛んでいると、
「ちょっと待ってよぉぉ~~!」
廊下の向こうから、ようやく息を切らしたソフィアが滑り込むように到着した。
ルーカスが呆れたように笑う。
「お前、遅かったな。もう全部終わったぞ」
「はぁ、はぁ……あなたたちが速すぎるだけじゃん!」
ソフィアは兄に文句を言いつつ、隣に立つ白亜の姿を見て、パッと顔を青ざめさせた。衣服が血に染まり、明らかに重傷だ。
「ちょっと白亜、怪我してんじゃん! 応急処置するから、そこ座って待ってて!」
ソフィアは慌てて白亜の元へ走り寄り、その小さな両手を白亜の傷口にかざした。
「ソフィア……治療ができるのか?」
「治療っていうか、止血とかの応急処置ね。欠損を治すような本当の回復魔法は、初歩のものでもかなり上級の技術が必要だから。でも、傷口を塞ぐくらいなら任せて!」
ソフィアの手から、温かい緑色の魔力の光が溢れ出し、白亜の痛みを和らげていく。白亜はそれを受け入れながら、小さく息を吐いた。
「……治療は、私も苦手だからな」
その様子を見届けると、ロイがいつも通りの穏やかな微笑みを浮かべて皆を振り返った。
「よし、それじゃあ中へ戻ろう。話の続きをしようじゃないか」
その日の夕方。屋敷のリビングにて。
「いやー、なんか大変な一日だったな」
ロイがお茶を淹れながらしみじみと言うと、ソファに深く腰掛けたルーカスが「そうだな」と笑った。
「まあ、敵があまり強くなくて助かったよ」
その会話を聞いていた白亜は、自分の膝を見つめながら、肩を落とした。
「……そんな中、負傷者が約一名」
ソフィアは慌ててフォローする。
「大丈夫だよ白亜! そもそも私は、足が遅くて戦闘にすら参加できてなかったんだから!」
ロイも温かい目で白亜を見つめ、頷いた。
「まあ、戦いなんてそんなもんだよ。とりあえず全員、生きてて良かった。――それにしてもルーカス、お前、知らない間に随分と強くなったんだな」
「まあな! ……そんなことよりおじさん、腹減ったぜ!」
照れくさそうに頭を掻くルーカスに、ロイはハハハと笑った。
「そうだな、すぐに夕食の準備をさせよう。結局、明日からも旅は続けるんだろ? ならば明日も早い。よく食べて、早く寝ることだね」
「分かってるって」
四人は並んで賑やかな夕食を平らげ、それぞれの部屋へと戻り、そのまま床に就くことにした。
――夜。静まり返ったリビングにて。
窓の外から差し込む月明かりの中、ソファに座るルーカスと、その向かいに立つロイの姿があった。
ルーカスはふっと苦笑し、頭の後ろで手を組んだ。
「……この状況、前にも見たぞ。数日前の我が家での夜だ」
「話があるんだ、ルーカス」
ロイの表情は、昼間の明るいものとは打って変わって、冷徹なまでに真剣だった。
「なんだよ、改まって」
「お前は……今から約1000年前、かつての日本で起きた大災害について知っているか?」
ルーカスは少し記憶を辿るように視線を泳がせた。
「学校の歴史で聞いたことはあるけど……詳しくは知らんな。確か、日本が完全に滅びかけた災害だろ?」
「歴史の教科書に載っているのは表向きの事実だけだからね」ロイは腕を組み、静かに語り出した。
「私も好きで個人的に調べているだけだから詳細は分からないが……どうやらその戦いに関わっていたのは、当時の日本を護っていた七人の現人神。そして、地底から襲いかかってきた化け物たちの軍勢だったらしい。その二つの超常的な戦力が激突し、最終的には相打ちの形で、どちらも完全に滅んだ」
「俺が聞いた噂だと、当時の日本の土地は完全に崩壊したって話だ」
「ああ、その通りだ。日本の国土は完全に崩壊した」
「……だけど、今の日本は違うだろ?」ルーカスは眉をひそめる。「今の日本は、世界最強の戦力を持ってる。あそこに蔓延ってる怪異とか悪魔のレベルも、他の国とは比べ物にならないくらい異次元だって聞いてるぜ?」
「そうだ」ロイは頷き、月明かりに照らされる窓の外を見つめた。「だからこそ、俺は睨んでるんだよ。1000年前のあの凄まじいエネルギーが、今もなお、日本の土地に残留し、循環し続けているんじゃないかってね」
ルーカスはしばらく沈黙し、やがて小さく息を吐いた。
「まあ……今の話を聞くと、その考えが浮かぶのも無理はないな。……だけどおじさん、なんで急にそんな昔話を?」
ロイはルーカスの目を真っ直ぐに見据えた。
「黒魔結晶と白魔結晶が世界に現れ始めたのは、その1000年前の戦いの直後からだ。……そして、白亜ちゃんは、その結晶を最初から持っていた」
ルーカスの身体が、ピクリと強張る。
「……まさか、おじさん」
「彼女は、その1000年前の戦いの……当事者、あるいは極めて近い関係者なんじゃないか?」
夜の静寂の中に、ロイの推測が落ちる。
「……なるほどな。突拍子もない話だけど、あいつの持つ異常な魔力や常識のズレを考えれば、一理あるな」
「いや、あくまで私の個人的な可能性の話だよ」ロイはふっと表情を緩めた。「何せ1000年以上前の話だ。まずはあの子の口から、なぜ黒魔結晶を持っていたのかを喋ってもらわないことには、これ以上は調べようがない。謎が多すぎる」
「まあ……あいつが何者だろうとさ」
ルーカスは立ち上がり、窓の外の夜空を見上げた。その目には、一点の曇りもない決意が宿っている。
「あいつは悪い奴じゃない。それは、一緒に旅をしてれば分かる。あいつはなんというか……この件に関して、めちゃくちゃ真剣なんだよ。正義感もある。だから、俺は手伝いたくなったんだ。……これは俺が自分の意志で決めたことだ」
ロイはそんな頼もしい甥の姿を見て、嬉しそうに、やれやれと肩をすくめた。
「口出しなんかしないさ。若いってのは良いね。――話は以上だ。もう寝なさい」
「分かってますって」
ルーカスはいつもの軽い調子で手を振り、リビングを後にした。
翌朝。東の空が赤く染まる頃、白亜たちは「急いでいるから」と言い、荷物をまとめてすぐにでも出発しようとしていた。
屋敷の門の前で、ロイが見送りの手を挙げる。
「ハンナには連絡しておいたよ。案の定、結構怒っていたがね。……まあ、君たちなら大丈夫そうだ。頑張るんだよ」
「行ってくるよ、おじさん」ルーカスが不敵に笑う。
「ありがとう、ロイ。お世話になりました」白亜が深々と頭を下げる。
「またね、おじさん!」ソフィアも元気に手を振った。
ロイはそんな三人の背中を見つめ、最後に、千年前の戦士たちに告げるかのような、重みのある言葉を贈った。
「――生きろよ。絶対に」
その言葉の真意を知ってか知らずか、ルーカスは振り返らずに片手を高く掲げた。
「分かってるって。――それじゃあな!」




