第五話『ルーカスの時間』
ドンッ!!!
「くおっ……!」
鈍い衝撃音とともに、ルーカスの身体が激しく後方へと吹き飛ばされた。彼は見事な受け身をとって芝生を滑り、即座に低く構え直す。
その視線の先では、黄色い髪を逆立てた悪魔――デカラマが、自身の拳を大雑把に振り下ろした姿勢のまま、笑みを浮かべていた。
先ほど、ルーカスが渾身の力で振り下ろした鋼鉄の剣を、デカラマは回避することなく、ただの素手で正面から受け止め、そのままカウンターの一撃を叩き込んできたのだ。
ルーカスは口元の土を親指で拭うと、不敵にニヤリと笑った。
「……へえ、お前めちゃくちゃ強いな。だが、今の交戦でタネは分かったぜ」
「ほう?」デカラマは太い腕を組み、面白そうに鼻を鳴らした。「貴様もなかなかの反応速度をしている。だが、タネとは何のことだ?」
「お前の魔法、肉体を硬化・加速させる身体強化系だろ。……それも、かなり手痛い制限付きのな」
「制限、だと?」
「ああ」ルーカスは生成した剣の切っ先をデカラマに向け、自信たっぷりに指摘する。
「お前が腕だけを強化して俺の剣を受け止めた時と、さっき俺を殴り飛ばすために体全身を強化した時じゃ、魔力の密度が全然違った。つまりお前の魔法は、分配型だ。強化する箇所を増やせば増やすほど、一箇所あたりの効力と強度がガタ落ちする。これはかなりの欠陥品だな」
デカラマは一瞬だけ目を見開いたが、すぐにクスクスと肩を揺らして笑い出した。
「正解だ。よくぞ短時間で見抜いたな、人間のガキ。……だが、それを知ったところで何になる? 貴様の一対一の剣技の速度なら、俺は部分強化の切り替えだけで十分に防ぎきれる。知られたところで、痛くも痒くもないわ」
叫ぶと同時に、デカラマの足元が爆ぜた。一瞬で間合いを詰め、肉弾戦を仕掛けてくる。
超至近距離から放たれる、弾丸のような拳の猛攻。ルーカスはそれを紙一重の身のこなしでかわし、あるいは剣の腹で受け流していく。デカラマの拳が空を切るたび、背後の空気が爆音を立てて震えた。
猛烈な連撃をすべて見切り、バックステップで距離を取ったルーカスが、ここで勝負を決めるように深く息を吸い込む。
「だからさ……全体を一斉に狙われたら、お前は防ぎようがないってことだよ!」
ルーカスの瞳に、魔力の光が爆発的に灯る。
「俺を舐めるなよ」
「――“ブレード・ストーム・シンフォニー!!」
刹那、ルーカスの周囲の空間が歪み、金属の擦れ合う硬質な音が幾重にも重なって鳴り響いた。
数十、数百という、鋭利に研ぎ澄まされた無数の剣が、空中へ一斉に実体化していく。それはまるで、指揮を待つ兵士の群れのようだった。
「なっ……これほどの数を一時に……!?」
デカラマの顔に、明確な動揺が走る。
「いけッ!!」
ルーカスが手を振り下ろした瞬間、宙を埋め尽くした剣の嵐が、一斉にデカラマ目掛けて、全方位から容赦なく殺到した。
デカラマは、咄嗟に身体の全身に強化の障壁を張った。
しかし、ルーカスの読み通り、全身に行き渡らせた強化の強度はあまりにも脆く。ルーカスの剣はあまりにも鋭かった。
無数の剣の嵐が、デカラマの身体を容易く貫通していく。容赦のない刃が、悪魔の肉体をズタズタに切り刻んだ。
デカラマはもはや、断末魔の叫びをあげることすらできなかった。無数の剣に縫い留められたまま、その肉体は音もなくサラサラと塵へと変わり、虚空へと消滅していった。
静寂が戻り、ルーカスが生成した剣たちも光の粒子となって消えていく。
「ふぅ……いやぁ、強かった強かった」
ルーカスは首をコキコキと鳴らしながら、肩をすくめて息を吐いた。激戦だったと言いつつも、その表情にはまだまだ余裕の笑みが浮かんでいる。
「さてと……白亜とおじさんの方はどうなってっかな」
ルーカスは愛剣を一本だけ手元に残し、残りの戦場の気配を探るべく、視線を巡らせた。




