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用意された  作者: ロア丸ばなな
第一章[失われた力]
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第三話『手がかり』

約1日間の旅を経て、三人はようやくドイツの大都市・ベルリンに到着した。

「いやー! ここまで来ると、さすがにめちゃくちゃ賑わっているね!」

見上げるような高層ビル群と、行き交う人々の活気に、ソフィアは目を輝かせて声を弾ませる。

「あとは、ここにある長距離転移用の魔法陣が設置されている施設に行くだけだな」

ルーカスが地図を確認しながら歩調を速める。

「その転移の後も、まだしばらく歩くけどね」

「そんなの、ほとんどゴールみたいなもんだろ」

そんな兄妹のやり取りの横で、白亜はどこか上の空で、ぽかんと口を開けて街並みを眺めていた。それに気づいたルーカスが顔を覗き込む。

「おい白亜、何ぼーっとしてんだよ」

ハッと我に返った白亜は、あからさまにごまかすようにフフンと口笛を吹きながらそっぽを向いた。

「いやー……それにしても、大都会は賑わっていますねぇ」

「何考えてたんだよ、お前……」

ルーカスは呆れたように眉根を寄せた。

(本当に何考えてたんだろ。時々、全然違う世界を見てるみたいな顔をするよね……)

ソフィアは小さく首を傾げつつも、二人の後を追った。

三人は街の管理局にある転移魔法陣へと向かい、術式の起動とともに、一瞬にして遥か遠方の国へと空間を跳んだ。


ポルトガル――その南部に位置するアルダマ。

初夏の風が吹き抜ける街道を、三人は最終目的地へと向かって歩いていた。

「転移って、思ったよりも一瞬なんだね。一瞬でこんなに遠くまで……」

白亜は自分の手のひらを見つめながら、感心したように呟いた。

「すげえよな。あの魔法陣、世界でも一級品の高度な術式がいくつも重ねて練り込まれているらしいぜ」

「うん、見ればわかる。あの空間の座標を固定する術式の密度は、かなり凄かった」

「……え?」ルーカスが驚いて足を止める。「見てわかるって……お前、やっぱりただ者じゃないだろ。術式の構成なんて、専門の鑑定士でもなきゃ視認できないはずだぜ?」

白亜は一瞬だけ気まずそうに目を泳がせ、人差し指を立てた。

「……勘だよ」

「勘でそこまで言い切るかよ。まあいいや、お、見えてきたぞ。あそこだ!」

ルーカスが指差した先を見て、ソフィアは(いつ見てもでかいなー……)と内心でため息をついた。白亜もまた、圧倒されたようにその巨大な屋敷を見上げている。それは格式高い古城のような館だった。

三人が門をくぐると、まるで見計らっていたかのように重厚な屋敷の扉がひとりでに開いた。中から端正な身なりの執事たちが現れ、一斉に深々と頭を下げる。

「事情はハンナ様より伺っております。ルーカス坊っちゃま、ソフィアお嬢様。……そして、霧生白亜様。どうぞ、こちらへ」

行き届いた案内に従い、三人は館の中へと足を踏み入れた。長い廊下の両側には、素人目にも一級品とわかる絵画や美術品が整然と飾られている。ソフィアには価値があまり分からなかったが、白亜はそれらを油断のない目で観察していた。

やがて、廊下の突き当たりにある一際大きな扉の前で執事が足を止めた。

「失礼いたします」

丁寧なノックの後に扉が開かれ、三人は部屋の中へと迎え入れられる。

「――よく来たね」

部屋の奥、高級な革張りソファに腰掛けていた人物が、穏やかな微笑みを浮かべて立ち上がった。ハンナと同じ、落ち着いた茶髪を持ついかにも紳士といった風貌の男性。

(おじさん、久しぶり! 全然変わってないなぁ!)

ソフィアが親しみを感じて表情を和らげる反面、隣の白亜の身体がピリッと緊張したのをソフィアは見逃さなかった。極めて鋭い警戒の気配。

ルーカスがひらひらと手を振る。

「久しぶり、ロイおじさん。仕事とか忙しそうだけどありがとう」

「ああ、久しぶりだな、ルーカス。少し見ない間に大きくなったんじゃないか? ソフィアも元気そうで何よりだ。立ち話もなんだ、とりあえずこっちへ来て座りなさい」

促されるまま、三人はロイの向かいにあるソファへと腰を下ろした。

ロイはお茶を一口すすると、真剣な眼差しを三人に向けた。

「ええと、まずは……ルーカス、あと少しで妖擊士団の入団試験だな。合格を祈っているぞ。君の実力なら問題ないとは思うが、油断はしないようにな。――そして」

ロイの視線が、真っ直ぐ白亜へと向けられた。

「白亜ちゃん、だったね。君が私に何か用があると聞いていたが……」

白亜が口を開く前に、ルーカスが代わりに答えた。

「ああ。こいつ、黒魔結晶と白魔結晶を全部集めたいらしいんだ」

「……黒魔結晶と白魔結晶だと?」

ロイの眉がぴくりと動いた。紳士的な笑みが消え、厳しい顔が覗く。

「いや……それは無理じゃないかな。相当……いや、集めるのは不可能に等しい。諦めたまえ」

「それでも、絶対に手に入れなければならないんです」

白亜は一歩も引かず、ロイの視線を正面から見据え返した。

「……何のためにだい?」

ロイの低い声が室内に響く。

(ほんとに、なんでなんだろう……)

ソフィアが息を呑んで見守る中、白亜は一度視線を落とし、「えっと……」と言葉を濁した。

「あの結晶たちは、単なるエネルギーの塊ではない」ロイは諭すように語りかける。「一つだけでも国を動かせるほどの強大な力を秘めている。ゆえに、悪用しようとする輩も後を絶たない。それを全て集めるというのなら、相応の、確固たる理由を聞かないわけにはいかないね」

白亜はしばらく俯いていたが、やがて意を決したように顔を上げた。

「――友を、助けなければいけないんです」

「友……? どういうことだい?」

白亜はカバンから、あの日肌身離さず持っていた黒魔結晶を取り出し、机の上に静かに置いた。

「これには友の力を感じた。絶対に間違えるはずのない確信の持てるものでした。使命のようなものです」

結晶を見つめる白亜の瞳には、一切の迷いもなかった。ただ純粋で、気が遠くなるほどの深い決意だけがあった。

ロイはしばらく白亜の目を見つめていたが、やがてふっと張り詰めた空気を緩め、背もたれに身体を預けた。

「……なるほど、まさか本当に持ってるとは。まあいい、話していてよく分かった。悪い子ではないようだね。――いいだろう、私が把握している、この近辺にある結晶の手がかりを一つずつ教えよう」

(おじさんが、こんなに驚いたような顔をするのって初めて見たかも……)

ソフィアが驚いていると、ロイが具体的な場所を挙げ始めた。

「まず黒魔結晶だが……これはイギリスにいる妖撃士団幹部 聖騎士、リオン・グラトアが所有している。正直に言って、彼から奪うのは無理に等しい。彼は絵に描いたような正々堂々とした騎士でね。『自分との一騎打ちに勝てば結晶を譲る』と公言している。だが、とにかく彼は強すぎるんだ。……私が、本気で戦っても勝率は良くて40%といったところだな。勝てるのは至上クラスぐらいだな」

「はあ!? そんなの無理ゲーじゃねえか!」

ルーカスが思わずソファから身を乗り出して叫ぶ。

「ああ、だから黒魔結晶は後回しにしなさい。狙うならもう一つ……フランスにある白魔結晶だ。これを持っているのは、一川ひとがわルイという日系人の超大物資産家だ。……自分で言うのもなんだが、すこぶる性格が悪い男でね。だが、力で勝てない相手ではない。うまい金になる交渉を持ちかけるか……あるいは、力ずくで奪い取るかだ。奴は周りからかなり嫌われているから、もし奪取に成功したら、裏社会の連中からはむしろ褒められるかもしれないぞ。もっとも、私設の警備は軍隊並みに厳重だがね。どちらにせよ、ほぼ不可能に近い。諦めるのが賢明だよ」

それを聞いた白亜は、迷うことなく立ち上がった。

「それなら、まずはフランスへ向かいます。一川ルイから白魔結晶を手に入れた後、イギリスのリオンさんとの決闘方法を考えます。……ルーカス、ソフィア。ここから先は、本当に命の保証はない。これ以上、私についてこなくてもいいんだぞ」

白亜は突き放すような目を向けた。

(え……なんか、そんなこと言われると寂しいな……)

ソフィアが少しショックを受けていると、隣でルーカスが「はっはっは!」と大声で笑い飛ばした。

「残念だったな白亜! 俺は一度口にした言葉は絶対に曲げないタチなんだよ。妖擊士団の入団試験が始まるまでの期間なら、とことん付き合ってやるって決めてるんだ。それに、世間知らずのお前には、まともな案内人が必要だろ?」

ルーカスの頼もしい言葉に便乗するように、ソフィアも身を乗り出した。

「そうだよ! それに、なんだか大冒険っぽくて楽しそうだしね!」

白亜は驚いたように二人を見つめ、やがて、その張り詰めていた表情をふわりと緩めた。

「……ありがとう、二人とも」

ロイはそんな若者たちを見て、やれやれと肩をすくめる。

「やめとけと言っているのに……まったく、若いねぇ。ルーカスもソフィアも行く気満々だ。こうなったらもう、誰にも止められないか」


――バン!!!


その時、静かな部屋のドアが、凄まじい勢いで叩き開けられた。

息を切らせた執事が、青ざめた顔で室内に飛び込んでくる。

「ロイ様、敵襲です……! 相手は悪魔が三名、リーダーはロズと名乗っております! 現在、警備の者が前庭で足止めをしておりますが、敵の力が強大で、防衛線が突破されるのも時間の問題かと……! どうか、お力添えを……!」

「何だと……!?」

ロイの目の色が変わった。彼は一瞬で状況を把握すると、ソファの脇に立てかけてあった剣を掴み取る。その佇まいは、完全に戦場をくぐり抜けてきたもののそれだった。

ルーカスが白亜の顔を見る。

「ロズって……昨日、俺たちを襲ったあのツォレとかいう悪魔が言ってた名前だな!」

「おそらく、ツォレの死を察知して、最初から私たちを追尾していたんだ」

白亜の瞳に、冷たい戦火が灯る。

ロイが剣を抜きながら、若者たちを一瞥した。

「お前たち、来るか?」

「もちろんだ!」

ルーカスが答えた瞬間、ロイの身体が陽炎のようにブレた。凄まじい速度で部屋を飛び出し、廊下を駆け抜けていく。

「遅れるなよ、白亜!」

「分かっている!」

白亜とルーカスもまた、人間離れした瞬発力でロイの背を追い、またたく間に視界から消え去った。

一人、部屋に取り残されたソフィアは、数秒遅れて声を張り上げた。

「ちょっと待ってよ~~~!」

大慌てで部屋を飛び出し、全速力で廊下を走り始める。

(白亜もお兄ちゃんもおじさんも、早すぎるってばーーー!)

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