表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『裏高野山 ―観測者たちの殺人―』  作者: 智利


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/15

第二話「見えない街」

大阪は、“覚えない街”だ。


 浮浪雲晴明は、そう思った。


 人が多すぎる。

 情報が多すぎる。

 そして――忘れるのが、速すぎる。



 昼の黒門市場。


 観光客と地元客が入り混じり、声が飛び交う。


 魚の匂い。

 油の音。

 笑い声。


 すべてが、濃い。



「……せやのに、軽い」


 浮浪雲は、ぼそりと呟いた。



 指定された店に入る。


 小さな定食屋。

 古びているが、清潔だ。



「浮浪雲さん、ですか」


 奥から女が出てくる。


 三十代後半。

 落ち着いた目をしている。



「依頼人やな」



「はい。……弟が、消えました」



 座る。


 茶が出る。



「警察は?」



「事件性なし、で終わりです」



「まぁ、そうやろな」



 淡々と言う。



「死体がない。証拠もない。

 “記録も薄い”やろ」



 女の目が揺れた。



「……なぜ、それを」



「こういうのはな」


 湯呑みを持ち上げる。



「“消える前から薄い”んや」



 沈黙。



「弟さん、最近どうやった」



「……仕事を辞めてから、ずっと家に」



「人と会ってたか?」



「ほとんど……」



 浮浪雲は、小さく息を吐いた。



「典型やな」



「え?」



「社会から“切れかけとる”人間や」



 女の顔が曇る。



「きつい言い方やけどな」



「……いえ、わかっています」



 その声は、静かだった。



「でも、それと“消える”ことが関係あるんですか」



 浮浪雲は、少しだけ笑った。



「めちゃくちゃある」



 前に身を乗り出す。



「人間はな、“存在しとる”んやない」



「“認識されとる”から、存在しとる」



 女は、言葉を失う。



「家族、仕事、友人、社会」



「全部が“鏡”や」



「その鏡に映らんようになったら――」



 指を、軽く弾く。



「消える」



 その瞬間。



 店の奥で、何かが落ちた。



 音。



 二人が振り向く。



 誰もいない。



「……今の」



「気づいたか」



 浮浪雲の目が細くなる。



「一瞬、“店員がおった”」



「え……?」



「けど、今はおらん」



 女の呼吸が浅くなる。



「……そんな」



「これが“現象”や」



 静かに言う。



「でもな――」



 ゆっくり立ち上がる。



「原因は、呪いやない」



 外を見る。


 人の波。



「社会や」



「……社会?」



「せや」



 振り返る。



「便利になりすぎた」



「繋がっとるようで、繋がってへん」



「代わりはいくらでもおる」



「覚える必要がない」



 一つ一つ、言葉を置く。



「せやから、“忘れても成立する世界”になった」



 沈黙。



「その結果が――」



 店の奥を指す。



「“存在の軽量化”や」




 そのとき。



 店の看板が、外で“揺れた”。



 風はない。



 だが。



 文字が、一瞬だけ。



 “読めなくなった”。




「……来とるな」



 浮浪雲は、笑った。



 その笑みは、楽しそうで。



 少しだけ、危うかった。



「これ、止めるんは無理やで」



「え……?」



「社会そのものやからな」



 外へ出る。



「せやけど」



 歩きながら言う。



「“観測者”がおる限り、完全には消えん」



 振り向く。



「俺らみたいなのがな」




 その瞬間。



 女の輪郭が、一瞬だけ――



 “薄くなった”。




「……あ」



 本人は気づいていない。



 だが、浮浪雲は見た。




(もう始まっとる)




 空が、街に広がっている。



 誰も気づかないまま。



 静かに。



 確実に。



「……面白いな」



 浮浪雲は、空を見上げた。



「人間が作ったもんに、人間が消される」




 そして、小さく呟く。



「救いようがないで、ほんま」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ