表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『裏高野山 ―観測者たちの殺人―』  作者: 智利


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/15

続編 第一話「残響」

京都の朝は、うるさい。


 車の音、人の気配、遠くの工事。

 すべてが“はっきりしすぎている”。


 浮浪雲晴明は、目を覚ました瞬間に眉をひそめた。


「……濃いな」


 天井を見たまま、呟く。


 世界が、濃すぎる。



 起き上がり、水を飲む。

 そして、鏡を見る。


 いつも通りの顔。


 だが――


「……一個、減っとるな」


 感覚的な違和感。


 何かが“薄く”なっている。


 名前にできない何かが。



 そのまま腕立て伏せを始める。


 20回。30回。50回。


 呼吸が整うにつれ、頭がクリアになる。


「……まだ、人間やな」


 小さく笑う。



 だが、そのとき。


 視界の端で――


 “消えた”。



 テーブルの上の灰皿が、一瞬だけ。


 完全に。



「……おいおい」


 動きを止める。



 近づく。


 触る。


 ある。



「見えんようになった、か」



 高野山での出来事が、頭をよぎる。


 “認識から外す力”。



「……持って帰ってもうたな」



 苦笑する。


 だが、その目は笑っていない。



 スマホが鳴る。



「……はい」



『浮浪雲さん?』


 女の声。


 落ち着いているが、どこか緊張している。



『紹介でお電話しました。少し……奇妙な件で』



「奇妙なんは、いつものことや」



 短く返す。



『人が……“消える”んです』



 沈黙。



「……死ぬんやなくて?」



『いえ。

 本当に、“いなくなる”んです』



 浮浪雲の目が、細くなる。



『しかも、誰も覚えていないんです』



 空気が変わった。



「……場所は」



『大阪です』



 女は、少し間を置いてから言った。



『黒門市場の近くです』



 人が多すぎる場所。


 雑多で、記憶が混ざる場所。



「……最悪やな」


 小さく呟く。



 電話を切る。



 浮浪雲は、ゆっくりと座った。



(“空”が、外に出とる)



 自分の中にあるはずのもの。


 それが――外でも起きている。



「……漏れとるんか」



 それとも。



「……増えとるんか」



 そのとき。


 ふと、思い出す。



 高野山で最後に聞いた声。



 ――「満ちる」



「……あれ、終わりやなかったんやな」



 立ち上がる。


 上着を羽織る。



 ポケットに酒。


 そして、無意識に。



 “何かを一つ、消した”。



 机の上のメモ。


 そこに書かれていた内容を。



「……やばいな、これ」



 自分でやって、自分で苦笑する。



「便利やけど、ろくなもんちゃう」



 玄関を出る。



 京都の空気が、少しだけ薄くなった気がした。



「……次は大阪か」



 歩きながら、呟く。



「人が消える街、ね」



 そのとき。


 すれ違った男が――


 一瞬だけ、輪郭を失った。



 そして。



 “戻った”。



 浮浪雲は、立ち止まる。



「……始まっとるな」



 ゆっくりと笑う。



「ええやん」



 その目は、少しだけ変わっていた。



「どこまで行けるか、試したろやないか」



 人混みの中へ、歩き出す。



 その背中は、どこか軽い。


 そして――


 ほんの少しだけ、“薄かった”。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ