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王宮医局のカルテ   作者: 夕月夕雷
シーズンⅢ 終
174/175

Ⅲ エピローグ

 晩秋の乾いた風が頬を撫でる朝、王立学園の通用門前に六人の生徒と校長が並んでいた。


「いい天気で良かった。とはいえこれから冬本番だ。こちらは東方より穏やかな気候だが、傷に響くこともあるだろう。気を配りなさい」


 校長の気遣いの台詞に、カイは爽やかな笑顔で頷く。


「はい、ありがとうございます」


 カイの隣にはシオリがいて、ナナーシュが弾んだ声で語る話を黙って聞いている。


「ダイったら、幼い子に戻ってしまったみたいに、私の言うことをなんでもハイハイ聞いて、おかしいのよ」


「信じていた相手に裏切られたんだ。自分の判断力に自信を失くしても仕方ない」


 デンジの突っ込みに、ナナーシュは下がり眉を更に下げて抗議する。


「そうやって信じて言いなりになった結果の、大怪我ですよ。ダイにはもっと頭を使うことを覚えて貰わないと、安心して放牧できないわ」


 ナナーシュの不穏な台詞を聞いて、シェードがぎょっと目を見開いた。


「ナナーシュ嬢、放牧、とは一体」


「あら、私ったら言葉を違えるなんてリー家の名折れですね。放逐でいいかしら」


 小首を傾げるナナーシュを見て、シェードの隣にいたミーヤは笑い声を上げる。


「ナナーシュ様、多分どちらも違います」


 口許を隠して笑う小柄なミーヤをシェードが優しい眼差しで見下ろした。つい先日、シェードとシオリは円満に婚約を解消した。カイはアネモネに頼み込んでヒッタイ家の養子となった。


「しかし、養子という手が使えるなら僕も努力すべきだったな」


 デンジが赤銅色の目を細めてシオリとカイを見比べてぼやく。シオリは両肩を押さえて眉間に皺を寄せる。


「何言ってるの、会長なんて……どんなに条件を積まれても選ばないわよ」


「ハハハ、いっそ、清々しいね。僕はシオリ君の、そういうはっきり言ってくれるところを評価している」


 デンジの言動に皆が引いたところで、馬車の車輪音が聞こえてきた。大きな音が響く中、カイはそっと隣のシオリの手を取って握る。シオリは頬を染めて彼を睨んだが、振りほどいたりはしない。ミーヤが二人の睦まじい様子を見て苦笑して目を逸らす。シェードの大きな手がミーヤの肩をそっと励ますよう叩いた。


 門前で止まった馬車の扉が勢い良く開く。


「わあ、なんかすごく久しぶりな気がする」


 のんきな声を上げながら馬車から下りてきたダイは、門を開けたシェードに礼を言ってカイの前に立った。


「兄上、戻りました」


「うん、お帰り、ダイ。まずは校長先生に挨拶だろう」


「あ、そうだった」


 慌てて校長の前に立ったダイを見上げて、校長は微笑んで言った。


「いや、いいんだ。ダイ・シェン君。学園の校長として異常者を見逃していたせいで、大怪我をさせたことを改めて謝罪する。教頭は今年で勇退する、学園の風通しも良くなるだろう。残りの留学期間、楽しんで励んでくれたまえ」


「はい!」


 元気に返事をしたダイの二の腕辺りを軽く叩いて、校長は本館へ向けて踵を返した。ダイを出迎えた生徒たちも校長の後を追うようゆっくり歩き出す。


「アンタ、私に殴られる覚悟で戻ったって聞いたけど」


「えーマドセン先輩、俺、こんなに痩せちゃったけど、先輩の方が怪我すると思うよ」


「大事な手をアンタを殴ることになんて使わないわよ」


「うん、その方がいいよ」


 無邪気に笑うダイの肩に、シェードが腕を回した。


「確かに痩せたな。無理はするな」


「おう、シェード……アイツがボルト抜こうとしたの、わざとだったって証言してくれたって聞いた。ありがとな」


「騎士を志すのだから、当然だ。もう一年卒業を伸ばすことになった。来年からもよろしく頼む」


「ああ、うん、聞いてる。兄上がマドセン先輩取っちゃってごめんね。兄上ってああ見えてすげえ強引だからさー」


 囁くダイの頭をぐりぐりと撫でてから解放し、シェードは強面に優しげな笑みを浮かべた。


「ダイ・シェン、入院していた間の座学の補講は、僕とナナーシュ君が受け持つことになった。まあ、無理のない範囲で臨むように」


「わかりました、生徒会長」


 素直に返事をしたダイに頷いて、デンジは最後にシオリへ向けてねっとりした視線を残してから手を挙げて本館へ入る。


「私は専門棟へ行く。ダイ、無茶をして、カイとナナーシュを心配させるんじゃないわよ」


「はーい」


「あ、シオリ、俺も行く」


「授業が始まるわよ」


「時間は守るから、少しだけ」


 肩を竦めるシオリの肩を抱いて、二人は寄り添うよう専門棟へ向かった。


「ダイ様、これ、退院のお祝いです。お腹が空いたら食べてくださいね」


 ミーヤに渡された包みを早速開いたダイは嬉しそうに破顔する。


「おお、美味しそうなクッキーだ。ミーヤが焼いたの?」


 ダイの問いに、ミーヤは恥ずかしそうにシェードのことを見上げる。シェードはそっとミーヤの頭を撫でた。


「二人で焼いた」


「えー、シェードって菓子も作れるんだ。すごいな」


「心して食え。じゃあ、俺は訓練場で一汗かいてくる。ミーヤ嬢、また」


 シェードの大きな背に向かって手を振ったミーヤは、残されたダイとナナーシュに礼をして駆け去った。


「ダイ、授業前に少し休みましょう」


「ああ、いいよ」


 二人は並んで中庭へ移動する。


「ダイ、痛み止めは飲んで来たの?」


「痛み止めは痛みがある時だけでいいって言われてるから、平気だよ」


「無茶をしたら、おじ様に言って苦くて良く効く薬を処方してもらうからね」


「わかったよ、苦いのもう嫌だよ」


 目を伏せて見えない尻尾を下げるダイの背を、ナナーシュの柔らかな掌が撫でる。


「ふふ、ダイ、お帰りなさい」


「うん……ただいま、ナナーシュ」


 秋の陽が二人のベージュの制服を照らした。専門棟の方から、シオリの奏でる艶やかなバイオリンの音色が秋風に乗って笑い合う二人の耳にも届いた。



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