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王宮医局のカルテ   作者: 夕月夕雷
シーズンⅢ 番外
175/175

番外☆ケースを探しただけなのに

「シオリ君、廊下は走るな。そんなに息を切らしてどうした」


 食堂の前を駆け抜けようとした時、生徒会長に呼び止められた。


「……別になんでもない」


 足を止めて上がった息を整える。


「なんでもないならこんなところを走らないだろう……困りごとならカイ・シェンを呼ぶか」


「ダメ!」


 思わず叫んだ私に、生徒会長がニヤリと嫌な感じの笑みを浮かべた。


「彼には知られたくない問題なのか? なおさら僕が役に立つんじゃないか」


 食堂の隅の方を顎でしゃくった会長に着いて行くべきか否か。


「放っておいて」


「ふむ……希望通り、この場では君を放っておいて、すぐにカイ・シェンを探そう」


「はあ……余計なこと、カイに言わないで」


「面白そうだから話を聞きたいだけだ」


 彼の人となりは苦手だが、頭が良いことは知っている。何が面白いのかさっぱり理解できないものの、楽しそうな笑顔になる会長の後に続いた。食堂の中でも窓から遠い奥まった席の周囲は空いている。季節柄、昼間でも薄暗くて冷えるせいだ。


「で、どうした」


「……練習室にバイオリンケースを取りに戻ったら、見当たらなくて」


「ケース? バイオリンではなく」


「文化発表会のリハーサル時間に間に合うよう、ケースは置いたままリハーサルに行ったの。練習室に取りに戻ったら見当たらなくて」


 バイオリンまで紛失したら困るので、音楽教師に預けてきた。ケースはカイに交際記念に贈られた高級品だ。表面に彫られた蔦模様が美しく、以前楽器店で見かけてからずっと欲しいと狙っていた。


「カイに贈られたもの、か」


「どうしてわかったの」


「紛失したことを知られたくない、というなら、それ以外ないだろう。盗られたのか」


「多分……嫌がらせの類だと思うんだけど、ただでさえカイが関わると大ごとになる」


 自分が人目を惹く容姿をしているという自覚は幼い頃からあった。気持ち悪い声を出して機嫌を取ろうとする有象無象の老若男女に辟易したせいで、人間の相手が好きではない。頑なな拒絶と毒舌で関わりを避けているせいもあり、敵が多い。教科書を隠されたり、置き忘れた筆記用具を壊されたりなど嫌がらせを受けたことがあった。犯人が特定できた場合は、二度と関わってこないよう、思いつく限りの罵詈雑言で責め立ててやり返した。お陰でマドセンの毒針などと囁かれるようになったが、後悔はしていない。


「ああ、そういえば、シオリ君の陰口を叩いていた淑女科の生徒たち一人一人に、君の魅力について説いて回ったらしいな」


「……もう、あんなに恥ずかしい思いはしたくない」


 カイに感化されて「シオリさんのことを誤解していました!」とキラキラした目をした彼女たちに追いかけられたのはつい一週間前のことだ。


「なかなか巧妙な外堀の埋め方だと感心したんだ。婚約はすっかり盤石に整ったとばかりに振る舞っているが、まだ、ヒッタイ家とマドセン家では正式に契約を交わしてはいない、そう聞いたぞ」


 会長が私たちの事情について詳しい理由は疑問だったが、隠している訳ではない。


「カイの養子縁組の手続きに時間がかかるし……卒業も一年延ばしたから」


「ではまだ僕にも君の隣に侍る機会はあるな」


 またもや気味の悪い笑みを浮かべる会長の言葉を即座に否定する。


「ないわよ! 気持ち悪いこと言わないで」


 彼と顔を合わせる度に繰り返されるやり取りには苛立つが、面と向かって反論できるので、嫌がらせや付きまといよりはましだ。毎回反論する度に嫌味な笑顔を浮かべることも腹が立つが、今はそれどころではないので話を変える。


「そんなことより、ケースよ」


「誰がやったか、心当たりはあるのか」


「ここ最近はなかったから、わからない」


 シェードとの婚約以降、あからさまな嫌がらせや付きまといは減った。一番鬱陶しかった官吏科のヤツは学園を去っている。


「まあ、モーガン家やヒッタイ家が後ろ盾の人間に手を出すのはさすがに悪手だしな」


 会長が前のめりになり、テーブルの上を中指でコツコツと叩きながら続ける。


「とすると、カイ・シェン関連か」


「どういう意味?」


「彼を好いている女生徒による嫌がらせかもな」


 カイは優しくて爽やかだという評価を得ており、女子生徒に人気がある。ミーヤやナナーシュに、カイ・シェンガチ恋勢に恨まれているから気をつけろと言われたことを思い出した。


「……ナナーシュはぼんやりしているからちょっとアレだけど、ミーヤだったら、カイのことを好きで私のことを気に入らないと思ってる女子について知っているかも」


「ふうん? では、早速ミーヤ君に話を聞きに行こう」


「どこにいるか、知らない」


「発表会の準備で午前しか授業がない時、彼女は良く寮の談話室で自習している、きっと今もいるだろう」


「……どうしてミーヤがいそうな場所がわかるの。気持ち悪っ」


「僕は記憶力が良いし、脳裏に刻まれた情報を引き出して、最も高い可能性を選んだだけだ」


 なにやら鼻息荒く自慢する会長の言葉を聞き流しながら、立ち上がった彼の後について寮へ向かう。


「消えたケースを見事探し出せたら二人でゆっくりお茶でもどうだ」


「そういうの本当にやめてっていつも言ってるでしょ」


 私の抗議の声を無視して笑い声を上げる会長の背を追いかけている途中でぐいと肩を掴まれた。


「何してるの、シオリ」


「あ、カイ……なんでも、ない」


「どうして会長と二人で仲良く歩いてるんだい?」


「仲良くなんて……」


 食堂から寮へ通じる屋根付き渡り廊下から、段を下りて外へ引っ張り出される。会長は振り返って苦笑を浮かべる。


「見つけるのが早すぎないか」


「……シオリがお世話になりました」


「なんでカイが……」


 保護者のような挨拶をするカイの眼差しが強すぎて、抗議しようと開けた口を閉ざした。爽やかで優しい男のする目つきではないと思う。


「さ、行こう」


「私、探し物がっ」


「うん、バイオリンケースでしょ? ダイが持ってきたよ。忘れてるって思ったみたい」


 ダイがケースをカイの元へ持って行った理由がわからず首を傾げた。カイに肩を抱かれて中庭まで連れて行かれた。陽射しは注いでいるが冷たい風が頬に当たる。振り返って会長の方を見ると、彼は片手を挙げて元来た道を戻って行った。


「なんだかんだ結構受け入れてるよね、彼のこと」


「え?」


 低く耳元で囁くカイを押しのけようとしたが、強引に植え込みの陰へ連れて行かれる。発表会間近で皆忙しいのだろう。中庭は静まり返っている。


「ねえ、シオリ……もっと危機感を持った方がいい。君が気を抜いていいのは、俺の前だけ」


「な、何よ、急に」


 冷たい壁に背が押し付けられ、カイの顔が迫ってくる。首を動かして周囲を見渡すが、助けになりそうな人の目はない。カイの手が両頬を包み込んだ。


「余所見しちゃダメだよ」


「んぅ……っ」


 噛みつくようなキスをされた。彼の唇が何度も私のそれに重なり、歯を立てて甘噛みもする。


「カイ……」


「うん? ねえ、口、開けて」


 背筋が震えるような低くて甘い声が耳朶を打った。喘ぐよう開いた口にカイの舌が滑り込んだ。頬に添えられていた彼の手が腰の横を撫で落ちて砕けそうになる身体を支えた。


「んぐ、んん」


 冷気の中にいるはずなのに体の芯から熱い。気づいた時には見た目よりがっしりとしているカイの胸に顔を埋めて抱きしめられていた。


「いい匂い、かわいい、好き……早く、全部、知りたい――暴きたい」


 頭の上から降ってくる声に肌が震える感覚がする。彼の囁きは、今まで聞いたどんな楽器の音よりも官能的だった。

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