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王宮医局のカルテ   作者: 夕月夕雷
シーズンⅢ 第七章 秋麗、陽だまりに響く不協和音
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Ⅲ 第七章 第5話

 秋の夕映えに染まりつつある午後、デビットは一人翼廊にいた。ポケットに入れていた文鎮を掌で弄びながら、冷たい風を浴びている。彼のかけた縁なし眼鏡が西日にきらめいた時、専門棟へ通じる扉が開いた。


「デビット」


 低く張りのある声で名を呼ばれ、デビットは振り返る。パーシバルを筆頭に、特別捜査部隊の騎士が続々と翼廊へ出てくる。


「特捜の皆様お揃いで、どうしましたか」


 デビットが戸惑い交じりで問いかける間に、彼の両脇にルークとヒースレッドが立った。かつての教え子二人を交互に見てから、パーシバルと、彼を挟んで立つ、ランスロット及びエドマンドにも視線を向けた。


「デビット・スローリー、貴殿をダイ・シェン襲撃犯として捕えます。大人しく連行されてください」


 ランスロットが丁寧な言葉で宣言したが、デビットは薄笑いで首を横に振る。


「何を仰いますか。私がダイを? 賊を捕らえられないからといって論理が飛躍しすぎではありませんか」


「学園に侵入した賊は捕らえました。雇った人間もです。賊は五月に音楽棟の鍵を壊して以降、学園に侵入すらできていない」


「賊の戯言を信用するんですか」


「賊の言葉は信用できずとも、被害者の言葉は信用できる。ダイ殿は襲撃される前に、聖樹の門の鍵が施錠されていたことを確認しています。鍵はダイ殿襲撃後、警邏が到着する前に壊されていた。内部の人間の偽装であると考えます」


 デビットは表情を崩さず、訳知り顔で頷いた。


「なるほど、確かにそうかもしれません。けれど、学園内部には私以外にも大勢の人間がいます」


「ええ、もちろんそうです。ですが、貴殿は事件当夜、一人で巡回していたし、ダイ殿を襲撃する機会と時間があった」


「第一発見者を疑うというなら、カイとミーヤも疑わしくなってしまう。ありえませんね」


 鼻を鳴らすデビットをパーシバルが睨んだ。


「被害者の腹からボルトを抜こうとしただろう。確実に止めを刺すために」


「スローリー殿、生徒が証言しています。夏に貴殿が止血のために施した応急処置を見たと。腕に刺さったガラスを抜いたら、出血多量を招くことを知っていたのでしょう」


 デビットはパーシバルだけをじっと見つめて、静かに訴える。


「私がダイのボルトを抜こうとしたのは確かです。気が動転していたんです……それに、夏のことは誰かの助言通りに処置しただけで、良く覚えていません」


 パーシバルは小さく息を吐いた。


「ふう……言い逃れは一流だな」


「義兄と呼んだことのあるあなたに疑われるとは……残念です」


 秋の日はつるべ落とし、縁なし眼鏡のガラスに濃い橙色が反射した。強い風が吹いて、翼廊に集まる面々の髪を乱した。


「自ら凶器を提出して無関係を装う、念入りな偽装を施していますしね」


 ランスロットが冷静に断じるが、デビットは首を横に振る。


「偽装ではありませんよ、見つけたのは教頭先生ですし」


「教頭殿は貴殿に誘導された、と証言しています。提出されたクロスボウとダイ殿に刺さったボルトに付着していた微粉が一致しました。骨董品である凶器が手入れ不足だったことにより、射出時に特殊な合金が削れて金属粉として飛び散って付着しました……ノルディアにいたなら複式顕微鏡のことはご存知でしょう?」


 鑑定結果をまとめた書類を見ながら、ランスロットが説明する。デビットは大げさにため息を吐いてから答えた。


「はあ……顕微鏡での鑑定結果はわかりました。確かに提出したクロスボウが凶器だったのでしょう。ですが、私はクロスボウを発見しただけです。その、特殊な粉も凶器を運んだのだから付いてしまうこともある。それも、八月の事件ですから……ああ、なるほど……ナナーシュ君か」


 言葉の途中でデビットは事件当夜にも着ていた上着を、ナナーシュが策を弄して回収したのだと理解した。誠実な仮面が剥がれ、デビットは顔を歪めた。


「スローリー先生、もうやめましょう。素直に罪を認めた方がいいっすよ」


 ルークの手が肩に乗った途端、彼は大げさに振り払う。


「触れるな!」


 叫んだ拍子にゴトン、音を立てて握り込んでいた文鎮が落ちた。ヒースレッドが素早く拾い上げる。


「これは預かります」


 さっとポケットに文鎮をしまい込んで、ヒースレッドは剣の柄に手をかけた。デビットはパーシバルを睨んで言う。


「私は何もしていない。この件は厳重に抗議する!」


「いいえ、貴殿はダイ・シェンを襲撃した。ナナーシュ嬢が回収した上着は事件当夜着ていたものだと、ミーヤ嬢もカイ殿も証言している。セヴィル・ロウのタグに貴殿の名も刺繍されている」


「昨日、ナナーシュ君が持って行った上着のことですね。私がそれを事件当夜着ていたからといって、ダイを襲撃した証拠にはならない。残念でしたね、ハリアー隊長。私はかの上下を毎月クリーニングに出している」


 ヒースレッドに腕を拘束されたまま、デビットが歪んだ顔で訴えた。パーシバルはゆっくり首肯した。


「そうだな、クリーニングされて汚れは消えていたが……凶器のクロスボウを射出すると飛び散る特殊な金属粉は微細だ。粉は二ヶ月の間、セヴィル・ロウの高級シルク繊維の隙間に埋まっていた。射出の時に飛び散る右肩と右袖口にしっかりとな」


 パーシバルが説明している横で、ランスロットがデビットに鑑定書を見せた。ナックルが描いた、クロスボウ射出時の図は写実的で、一目で飛散形態や飛散箇所が見てとれた。デビットは眼鏡の奥の瞳を眇めるようにして橙色に染まった図を睨みつけている。


「……機会も凶器も上着も貴様がダイ・シェンを撃ったと示している。動機は……ナナーシュ・リーへの歪んだ執着心だ」


「歪んでいない! 私は……」


 ヒースレッドの拘束から逃れようと暴れるデビットの肩をルークが押さえつけた。


「気持ち悪いよ、先生。もうやめるっす」


 エドマンドが進み出て、デビットに縄を打つ。


「やめろ、私は、私じゃないっ」


 デビットは両脇を元教え子である二人の騎士に固められ、翼廊の外階段を下りて行った。階段下にはメルヴィンとチェリーナ、その他の特別捜査部隊の騎士が控えており、校長と教頭、生徒会長であるデンジもいる。近づかないよう両手を広げる警邏騎士の向こう側には複数の生徒が集まっている。カイとシオリ、シェードとミーヤもいてデビットの連行を遠目に見守った。

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