Ⅲ 第七章 第4話
官吏科での授業を終えて職員室へ戻ったデビットは、校長室へ呼び出された。昨日、ナナーシュに上着を渡してしまったため、普段着ている物より質の劣るチェック柄の茶色い上下を身に着けている。
「ああ、スローリー先生、来たか。これから、騎士団が学園内を一斉捜索するとのことだ。君は何かと彼らに情報を提供してきたようだが、どういうことだね」
「私にはわかりかねます。今更何を探すんですか」
「凶器がまだ学園内にあると世迷言を。生徒全員に教室から動かないよう指示を出したそうだ。もう校長は彼らの動きを制するつもりがまるでない。このまま我々の学園を騎士などにいいようにされるのは我慢ならない」
苛立ち交じりに主不在の校長室をうろうろしていた教頭は、扉が開いたことで動きを止めた。校長は、教頭にもデビットにも一瞥も与えずに自分の机に向かう。
「校長、一体これはどういう」
「出て行ってください。ここは特別捜査部隊の臨時本部になります」
弱気だった校長の豹変に驚いて言葉を失う教頭に、校長は再度言った。
「退室して待機してください。スローリー先生、あなたもです」
校長室を追い出された二人は、職員室へ向かってのろのろと歩む。
「なんてことだ、あの、隊長に何か吹き込まれたに違いない。学園を守ってきたのは、私だというのに」
教頭の嘆きを黙って聞き流していたデビットがふと歩みを止めた。
「教頭先生、彼らが凶器を捜して学園内を我が物顔で歩き回るというなら、ありそうな場所を我々が先に捜索して、見つけ出せばいいのではないでしょうか」
「何を言っているんですか。凶器なんてあるはずが……心当たりがあるんですか」
「もしかしたら、ですが……以前、生徒たちにも手伝ってもらって、倉庫を片付けたんです。骨董やガラクタが山のようにありました。普段は誰も立ち入らない場所ですが、木を隠すなら森の中と言います。あるいは……」
デビットの提案を、焦っていた教頭は深く考えずに受け入れた。デビットに導かれるままに倉庫へ足を運んだ。幸か不幸か、特別捜査部隊の騎士はまだ、倉庫へ入っていないようだった。教頭が棚を一つずつ確認している様子を眺めながら、デビットは自分も探しているかのように振る舞う。
「寄付はありがたいが、不要な品が多いな」
ぼやいた教頭は屈むのを嫌がって下の棚を確認せず次の棚へ移動した。デビットは彼が通り過ぎた足元でわざとらしく大きな声を出した。
「教頭先生、見てください」
「なんだね、大きな声を……」
デビットが一番下の棚にあった大きな箱を動かした奥に、明らかに新しい布に包まれた物体が見える。
「どうしましょうか、教頭先生」
「引っ張り出してみるんだ、スローリー先生」
「はい」
デビットは慎重な手つきで怪しげな物体を取り出し教頭に差し出した。教頭が震える手で布を取り払うとクロスボウが姿を現す。
「ああ、なんてことだ……すぐに校長室へ」
「はい」
教頭が包み直したクロスボウをデビットが抱え、二人は校長室へ急いだ。
「ああ、ちょうど良かった、副長殿」
校長室には特別捜査部隊が臨時で捜索本部を設置していた。校長の机にはランスロットが座っており、部屋の主は隅で大人しく様子を見守っている。教頭より先に入室し、ランスロットに声を掛けたデビットは、校長の机の上に抱えていた包みを置いた。
「ああ、スローリー殿、お騒がせしております」
礼儀正しく挨拶したランスロットは、後から飛び込んできた教頭が、デビットを押しのけるようにして挨拶するのを受け入れる。
「見つけました、凶器です! 怪しくも倉庫に隠されていましたっ」
己の手柄にしたいのか、大声を出す教頭を、部屋の隅で立ち上がった校長が睨みつけている。
「……なるほど、失礼します」
ランスロットは冷静に頷いて布を開いた。古びた木製のクロスボウを見て、離れた位置にいながら校長が息を飲んだ。
「オークか……ふむ」
手に取りしげしげと全体を観察したランスロットは、視線をデビットへ向ける。
「スローリー殿、これはどこにありましたか」
「はい、専門棟の一階にある倉庫です。寄付された骨董品などが雑多にしまってあります」
淀みなく答えるデビットから、ランスロットは今度は教頭へ視線を向けた。
「教頭殿、このクロスボウはあなたが見つけたのですか」
「いいえ、いや、はい、そうです……木を隠すなら森と言います。賊が凶器を隠すなら、そこだろうと当たりを付けて、スローリー先生と共に探し出しました。これでもう、学園内を無駄に荒らしまわる必要はありませんな」
鼻息荒く答える教頭に、ランスロットは無表情のまま告げる。
「いいえ、こちらの品も押収しますが、これが凶器だと断定はできません。捜索は予定通り学園全体を網羅してから終了となります」
ランスロットの言葉に、教頭はがっくりと肩を落とした。
「あの、副長殿、捜索は教室や寮内にも及びますか?」
「はい、全てです。先生方もこちらを捜し出していただいたことにはお礼を申し上げますが、もう動かず職員室で待機していてください」
デビットは項垂れる教頭を連れて職員室へ移動した。
「捜索は終わりました。待機は解除です」
各教室への連絡役を引き受けたデビットは、それぞれの教室を回った。最後に官吏科の教室を訪れると、顔を見たかったナナーシュの姿が見えない。
「ナナーシュ君の姿が見えないようだが?」
デンジに尋ねると、彼は赤銅色の瞳を眇めて答える。
「彼女は親戚に呼ばれて早退したそうです」
「親戚? ああ確か医師だとかいう」
ナナーシュが以前、異国で親戚に出会えた喜びを語ったことを思い出し、デビットは僅かに顔をしかめた。デンジはデビットの変化を見逃すまいと無遠慮にじろじろと観察したが、本人には気づかれなかった。
「特捜の騎士たちは帰ったんですか」
「ああ、なんでも、いったん学園から手を引くらしい」
デンジはデビットの後方に視線を向けながら、問いかける。
「へえ? でも賊はまだ捕まっていませんよね?」
「ああ、今まで通り、出入り門の警邏騎士は残しておくそうだ。定期的に学園内も巡回してくれるというから、ひとまず安心だろう」
「そうですか、ところで先生、今日はいつもと違う上下を着てらっしゃいますね」
「ああ、少し汚れてしまって……クリーニングに出していて」
上の空で答えて戻ろうとするデビットに、デンジはしつこく話しかける。
「ああ、高級そうですもんね、適当に水洗いってわけにはいかないんですね」
「セヴィル・ロウで仕立てたからな。君も官吏になったら一着は作りなさい」
デンジの肩を軽く叩いて、デビットは薄い笑みを浮かべて踵を返した。茶色いチェック柄の上下を着た教師を、絶妙な距離を保ってノックスが追いかけている。デンジはノックスに気づいたが、尾行されている本人は気づかず職員室へ戻った。デビットは、自席に着いて引き出しを開ける。
「ふう……」
ずっしりと手になじむ文鎮を眺めた後で、上着の内ポケットへしまった。




