一輪の桜
2つの大きなホールケーキは、それぞれ5等分に切り分けて、みんなで美味しく食べた。「こもれび」は9人暮らしなので、一つ余りが出たのだが、これは小学生のちびっ子達に譲ることにした。食べ終わった後、最後に琴音が一枚の色紙を私に持ってきてくれた。「こもれび」のみんなのコメントが一言添えられていて、周辺には可愛らしい花や動物の絵が描かれている。中央には大きく「ハナちゃん 誕生日おめでとう」と一言、やさしい色合いと太めのフォントで書かれていて、その文の下部には不自然な四角い空白があった。
「小華お姉ちゃん、これ……。みんなで書いたんです。よかったら受け取ってください。」
「えっ……。こんな物まで用意してくれたの?ありがとうございます。」
「はい、この絵とか文字は私が描いたんです。」
「琴音さんが描いてくれたんですか?絵、上手なんですね。ありがとう。」
「いえいえ……。あとはここの空白に、みんなとの集合写真を貼ったら完成です。」
なるほど、その為に写真一枚分の空白を開けていたのだと理解する。私達はダイニングテーブルのテレビ側の端に集合すると、私を後列の中央に、後列5人、前列4人の構成で並ぶ。ダイニングテーブルの反対側では結衣がスマホをスタンドに接続し、シャッターをタイマー設定してくれた。写真は、とても良く撮れていたと思う。私を含めてみんな、本当に良い笑顔だった。
「明日、学校の帰りにプリントして来てあげるね。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「結衣 姉!私のも!私の分もプリントしてきて!」
「はい、はい。分かってるから落ち着きな。」
みんなでテーブルの上を片付けて食器を洗い、部屋の後片付けも済ませるとお開きになった。私は一足先にお風呂に入ると自室に戻って机に座り、さっきまでの余韻に浸った。とても素敵な誕生日会だった。サプライズがこんなに嬉しい物だとは思わなかった。大切な思い出がまた一つできた。机の上に置いてあった色紙を手に取ると、みんなが届けてくれた優しい言葉の数々を一つ一つ丁寧に読み取る。「こもれび」のみんなの事がもっともっと大好きになった。みんなとずっと、これからもずっとずっと「こもれび」で一緒に暮らしていきたいと思った。でも、それが叶わない事も理解していた。いつかは誰かが「こもれび」を卒業し出ていき、また新しい仲間が増える事もあるだろう。人が変われど、仲間が変われど、それでも、こんなに惨めで碌でもない私を祝ってくれる仲間がたくさん居る「こもれび」を、守っていきたいと思った。色紙を眺めながら感傷に浸っていると、スマホが小刻みに振動する。すぐに手に取って通知を確認すると浩からだった。
(このあと23時頃に、時間ありますか?渡したい物があって……。大丈夫だったら、いつもの裏庭で待ってます。)
私はすぐに、(大丈夫です。)と返信すると、浩とまた二人きりで話ができると言う事に心が躍った。浩からの告白を受けてから、スマホでの細かなやり取りはあったのだが、まとまった会話は全くなくて数日ぶりの逢瀬だった。思わず顔がニヤついてしまい、きっと傍から見たら気持ち悪い奴に見えているんだろうなと思った。待ち合わせ時間の23時まであと15分というタイミングで、逸る気持ちをどうしても抑えられなくて、早めに1階に降りると掃き出し窓を開けて縁側に出る。そして、いつもの様に地面に無造作に散らばったサンダルを履くと、縁側に腰掛けて浩が来るのを待った。浩も少し早めに降りてきた様で、体感で5分も経たないうちに背後の掃き出し窓がカラカラと軽い音をたてて開いた。窓を閉めて浩が縁側に座ると、少し肌寒い秋の夜風に乗ってお風呂上がりの石鹸の甘い香りがふわりと鼻を突き、思わず狼狽えてしまった。
「あ、あの……。夜遅くに突然ごめん……。」
「い、いえ……。全然大丈夫です……。」
なんだかまともに浩の顔を、目を見られない。頬が上気して、言葉も上手く紡ぐことができない。それは向こうも同じ様で、お互いに目線を合わせることが出来ないでいた。これでは、付き合う前の方が良い関係でいられた様な気さえした。
「橋本さんに渡したい物があって……。これ……。」
僅かな沈黙の後に浩がそう言って手渡してきた物は細長い直方体の箱で、上質でおしゃれな柄の包み紙で包装されており、その上に可愛らしいピンクのリボンが飾り付けられていた。
「あの……誕生日おめでとう。橋本さんへの誕生日プレゼント……。」
「え……。いいんですか?」
「うん……。」
「なんだか気を使わせてしまって申し訳ないです……。ありがとうございます。」
渡したい物があると聴いていた時点で、何となく察してはいた。だが、面と向かって手渡されると、嬉しい事に間違いはなくて、彼氏からの誕生日プレゼントという事実に舞い上がる様な喜びが込み上げてきた。
「開けて見てみても良いですか?」
「うん……。気に入ってくれたら嬉しいんだけど……。」
結ばれたリボンを解き、包装紙を丁寧に開くと、中には白いスリーブ箱が入っていた。そのスリーブ箱をスライドさせて覗くと、そこには夜の明かりで微かに煌めく白銀の一本かんざしが収められていた。一端は僅かに先細り、もう一端には桜の様な薄桃色の可愛らしい花冠が一つと、黄緑色のリーフが二つ、そして幾つかの透明な小さいビーズがそれぞれチェーンで繋がりぶら下がっていて、そっとかんざしを持ち上げると、それらが可愛らしく躍った。
「これ、かんざし、ですか?」
「うん。」
「きれい……。この花、桜、ですよね?」
「そう……。橋本さんの黒髪に似合うと思って……。桜の花びらと葉っぱとを組み合わせて作ってみたんだけど、どうかな?変じゃないかな?」
「えっ……。作った?」
「そう。これ、僕の手作りなんだ。」
「え……。このかんざし、下田さんが作ったんですか?」
「うん。あ、でも、かんざしの棒の部分とか、桜とか葉っぱとか、アクセサリー用で売ってる材料を探して組み合わせただけなんだよ。いちから全部作った訳じゃない……。」
「これ、外で売ってる売り物じゃないんですね……。下田さんのオリジナル……。」
「そう、僕のオリジナル。」
「私……。私、嬉しいです……。とっても嬉しいです!私なんかの為に、こんな素敵なプレゼントを作ってくれてありがとうございます……。」
ここ最近、本当に涙もろくなってしまって仕方がなかった。辛いことも悲しいことも、嬉しいことも、何にでも涙腺が反応して、すぐに嗚咽が出そうになる。全く成長の兆しのない、自分に呆れてしまう。既の所で堪えた私は、頑張って笑って浩を見つめた。すると、浩もにっこり笑って、「ありがと。そう言ってくれると、僕も嬉しい。」と言ってくれた。
私は、かんざしの使い方が分からなかったので浩と一緒にスマホで調べると、簡易的な方法で髪をハーフアップの要領で持ち上げてヘアゴムで団子を作り、そこにかんざしを刺すやり方が見つかった。部屋に小走りで戻りヘアゴムを取ってくると、早速、かんざしを使ってみる事にする。あまり髪を縛り慣れてない私は(最近は、よく優理や結衣に色々な髪のまとめ方を教えてもらっていた)、不器用にハーフアップ分の毛量で後頭部に団子を作ると、そこに浩からもらったかんざしを斜め上から突き刺してみた。
「どうでしょう。これで合ってますか?」
「うん、うん。良い感じ!とっても似合ってるよ!」
浩はそう言うと、スマホで写真を一枚撮って見せてくれた。そこには、ぎこちなく笑う私の斜め後ろからの姿が写っていた。後頭部で踊る一輪の桜と葉、ビーズが暗がりで微細に煌めいている。似合っているかは別として、とても可愛らしくて綺麗なかんざしだと思った。そして何より、浩が私の為に、私だけのこの世に一つしかない髪飾りを作ってプレゼントしてくれた事が嬉しくて、尊くて、また宝物が一つ増えた。
「これ、大切に使います。」
「うん。ありがと。」
「でも壊したり、もし無くしたらと思うと、なかなか身に付けられないかもしれません……。」
「え、それは困る。付けて欲しいな……。」
「ですよね……。」
「大丈夫!壊れたら僕がいくらでも直してあげるし、無くしたらまた作ってあげるから心配しないで。」
「いいんですか?」
「もちろん!アフターサービスもしっかりするよ!」
「ありがとうございます。でも、さっき貰ったこのかんざしが唯一無二だと思うので、大切に使いますね。」
私がそう言うと、浩はにっこりと笑って無言で頷いた。
ここ最近、地獄から天国に至った様に、私にとって幸せな出来事が立て続けに起こっている。私の人生において、今現在が最も幸せだと言っても間違いなかった。そうすると、この後はまた下がり調子で地獄がやってくるのかと思うと、ぼんやりとした不安に取り憑かれそうになる。しかし、今はただ浩と同じ時間、同じ空間、同じ空気を一緒に共有できるだけで、憂鬱な不安を一切吹き飛ばす事ができた。これからの未来、浩と一緒に毎日を過ごす事ができたら、それはどんなに幸せな事だろうか。




