私の天使は美しい
あの人がやって来た。みんなはあの人のことを、あばずれだとか、ろくでもないものを運んでくるとか言うけれど、私はあの人が来るのがとても嬉しい。
みんながいつも客を歓待するときにそうするように、大騒ぎをしてあの人を村に迎える。人口二十三名の小さな村。女の子が少なくて、若い女さえ私とアンジェラしかいない。アンジェラはあの人が来るのを飛び上がって喜ぶ。私もそれくらい嬉しいけれど、同じくらい騒ぐのははしたないんじゃないかと思ってできない。掘っ立て小屋みたいな再生資材でできた村の家々は、あの人に見せるのが恥ずかしいくらい。
あの人が村の道を歩いてやって来た。無表情に近い微笑みを浮かべ、私たちに近づいてくる。アンジェラの騒ぎ方が激しくなる。私は村人の隅でドキドキしながらあの人を見る。あの人は今日もすらりと背が高く、金髪で、王子様のようだった。
サフラン。私の天使。
サフランは村人一人一人を見てうなずき、一言簡単に挨拶をすると、村長代理の若者であるジェミニの元へ歩いた。ジェミニはサフランが抱えている小包を見つけると、うなずいて彼女を村の集会所に案内した。村のみんなは散り散りになる。興味の対象がいなくなったから。アンジェラもそうだ。急に静かになってどこかに行ってしまった。
集会所を見つめる。そこは村長の家の離れで、簡単な造りながら私たちの小さくて粗末な家とは比べ物にならないほど立派だ。
私も家に戻るべきだろうか。もうすぐ夕飯を作る時間だ。
でも、戻るのは嫌だ。
そう迷っていると、村の入口からまた別の人物がやって来た。黒髪をポニーテールにしたアジア系の少女だ。つやつやの髪は真っ直ぐで、私の手に負えない赤い髪とは比べ物にならないくらい美しい。
「サフラン見なかった?」
彼は訊いた。私はびっくりしたまま固まり、次に首を振った。
「何やってんだろ。肝心のもの忘れるなんて」
顔をしかめ、そう独り言を言いながら、その少年はサフランを求めてうろつき、さらには私に訊いた。
「サフランがいそうな場所……」
私が集会所を指さすと、少年はがさつな走り方でそこに向かった。ドアをノックし、持っていた紙の束を中にいる人物――差し出されたあの美しい手はサフランの手だ――に渡した。そして、戻って来てから私に、「ありがと! 助かった」と笑った。それからまた村を出て、サフランのトレーラーに戻る気配がした。私は呆然とした。
サフランはあの少年と旅をしているのか? 少年と? 男と?
まさか。嘘だ。ありえない。サフランはいつだって一人だった。
でも、サフランのトレーラーがここにたどり着くまでは、あの少年はいなかった……。
私の憎悪はそこから燃え上がった。全てを燃やしつくすほどの、強い憎しみ。
サフランはいつも手紙を配達している。それで生計を立てているのだそうだ。黄色いミニトレーラーを牽引する恐ろしい化け物は、かつてメキシコだった場所から拾ってきて、得意な友達に修理してもらって使っているらしい。
「ミセス・エヴァンズはあたしを乗せてるつもりじゃないんだよ。ずっとウィアー大佐っていう軍人を探してるんだ。そこにあたしの言うことを聞くように命令をねじ込んで、走らせてるんだ。ものすごく悪いことをしてるみたいだけど」
「ウィアー大佐? それは誰?」
アンジェラが訊く。彼女はサフランの真隣に座り、目を輝かせて話を引き出す。私はその近くで父さんの給仕。結局夜が来るまでにサフランを歓迎して、集会所で簡単なパーティーをすることになったのだ。周りから孤立気味の父さんは私ばかりを呼びつけ、乾燥野菜を煮たスープだとか、ストックとして村にあるカチカチに乾燥したパンだとかに文句をつける。そんなの、私が作ったんじゃない。スュン教本部から配られたものじゃないかと言いたくても、私は言えない。
私は父さんの奴隷だから。
「さあ。昔の軍人だよ。メキシコとアメリカ合衆国が戦った時のさ。戦争なんて昔数えきれないほど起こったから、どの戦争のどのウィアー大佐なのか、わかんないけどさ」
サフランが自分用のワインを飲む。この村はワインくらいしかもてなすものが出せない。不味かったら恥ずかしい。サフランはきっと舌が肥えているから。
それにしても、昼間見たサフランの連れは一向に姿を現さない。一体どこに行ったのだろう。
「ダミア! こっちにおいで」
不意にサフランが私の名前を呼んだ。びっくりして父さんのワインを注ぎすぎてしまうところだった。サフランは柔らかく微笑み、
「お父さんとばかりいるのもいいけど、もっとみんなと話しなよ」
と言った。私は針の筵にいるような気分になる。男たちが笑っている気がする。アンジェラも、不機嫌に私をにらんでいる。
さあ、とサフランは私の手を引っ張った。どすん、とサフランの隣に座る。アンジェラは不愉快そうに村の若い男たちの元に話をしに行った。私は自分が惨めで仕方なくなった。でも、サフランが隣にいる。
「ダミアは大人しいよね。もう十七歳?」
「はい」
「あたしより一つ下だ」
信じられない。サフランは十八歳だというのだ。大人っぽくて、自分が恥ずかしくなる。
「あたしは長いこと一人でやってるからね。あんたたちとよほど違って見えるかも」
比べようのないほどに、あなたの短い金髪はどんな女の子の長い髪よりも輝いている。
「服もずっと同じやつ着てるから、早く宿のお湯を使わないと」
あなたは誰よりも見栄えよく、内側から輝いて、詩的な目元を持っている。
「ダミアみたいな初々しい、柔らかい感じはないね」
いいえ。あなたの洗練された振る舞い、心の底からの優しさは、誰のものとも比べがたい。
「サフランさん、こんなことを言ったら失礼かもしれないけれど……」
「何?」
サフランは微笑む。私はドキドキと胸を高ぶらせながら、ようやく言う。
「あなたはとても美しい、です」
言ってしまった。私はとても恥ずかしくて、彼女の顔を見ていられなかった。サフランは何も言わない。でも、ようやく顔を上げて彼女を見たら、彼女の目から光が消えていた。
「へえ」
バイオレットブルーの瞳は、微笑んだ大きな目の中に宝石のように存在していたが、先ほどまでの優しさや、輝きや、詩情のようなものは一切なくなっていた。
「そう。ちょっと煙草吸って来るね。まだ外は明るいでしょ」
私は呆然とその場に座っていた。立ち去るサフランは、私のことなど完全に忘れたような横顔だった。
「帰るぞ、ダミア」
突然ぐいっと腕を掴まれ、痛いと思ったときには父さんに引っ張られて立ち上がっていた。文句も言わず、痛みに耐えて椅子を戻し、私は父さんと共に薄暗い家に戻ることになった。男たちが笑っている気がする。だってみんな知っているのだ。知らなかったらこんなに私に冷たくするはずがない。
はあ、はあ、と父さんが荒い息をしていた。ワインを飲んだときはいつもこうだ。寝るための準備もせず、父さんは私を寝室に連れて行った。泣き叫びたい気分だった。サフランに会えた日に、彼女が村にいる日に、私は何てことをされるのだと。父さんは窓のない薄暗い寝室で、粗末なベッドに私を投げ出し、どろりとした目で見下ろした。白目だけがよく見え、目玉焼きの白身のように闇に溶けだしそうだ。父さんは痩せぎすの大きな体で私を制圧し始めた。私は全くの無感覚になった。こうなれば、この時間の記憶は残らない。




