祭り
ざわめく人々の声が通りに、広場に溢れていた。どの声も歓喜によって上ずった明るい声だ。柳の枝を巨大なリース状に丸めたものが重要な通りに飾られている。柳はサンザシやバラで飾られ、人々は男も女も頭に花冠を被っている。ブドウのつるを編んだもの、ローズマリーを編んだものにバラやユリを挿したもの、細かくシロツメクサを編んだ素朴なもの。服装は皆春をイメージしたパステルカラーだ。淡い青にピンク、緑、ラベンダーのような紫。太陽暦で四月一日である今日は、春を祝う日でもある。いつもの工場の仕事に飽いた彼らは、子供や連れ合い、友人と連れだって街を浮ついた足取りで闊歩している。爽やかな晴れの日だった。
二十一世紀末に建てられた最後の巨大建築物であるザ・ネイションズ・タワーはタイル張りの広場周辺の最も目立つ位置にある。キューブをいくつも重ねたような凸凹とした形のザ・ネイションズ・タワーはガラス張りで、他の建物とは比べ物にならないほどに清潔だ。そこがスュン教本部であり、本日の主役が控えている場所だ。人々は期待に満ちた目でタワーを見つめる。これまでさほど輝くことが少なかった彼らの人生の、最も華々しく、最も愉快な日が今日だ。おまけに司祭は彼らにいくばくかの贈り物をくれる。二週間ほど休んでも暮らしていけるだけの金と食べ物、それに訓示。司祭は毎年人々を笑わせ、尊敬の念を抱かせてくれる。
広場では儀式にふさわしい大きな焚火の準備がされている。香りのする植物が低く組まれた木の中に積まれ、カモミールの花にミントの葉、ローリエなどが顔をしかめたくなるほどの強烈な香りを放つ。
彼らは、このような催しを時折楽しめれば満足なのだろうか? 司祭たちは豪華な家に住み、新鮮で上等の料理を、清潔な風呂を、大勢の愛人たちを――楽しんでいるのに? 彼らに説いている《冬眠者》に協力するための質素で慎ましい暮らしを、自分たちは一切していないのに? 知らないから? 本当に?
サフランは時々、人々はスュン教本部の実態を知っていながら生活に大きな不満がないために目をつぶっているのではないかと思う。
「そこのお姉さん! 花冠はどう?」
お祝いらしい品を何も身に着けていないサフランに、男が話しかけてきた。見ると花冠を売る出店が広場の隅にいくつかできている。女たちがせっせと花冠を編み、夫や兄や息子らしい男たちがそれを売って回っている。丸顔の男はサフランを見上げて愛嬌いっぱいに笑った。サフランは微笑んで体ごと振り向いた。
「いくら?」
「七ドル! お姉さんはラベンダーとバラの花冠が似合うかも。もしくはメリッサの葉だけの花冠」
男が差し出したひたすら華美な赤いバラが挿された花冠と、涼しげな葉が優美に編まれた花冠を見比べ、サフランは笑って花のほうを選んだ。男がにっこり笑って花冠を差し出す。金を払い、彼女はスカーフの上からそれを被った。馬鹿みたいな格好だ。
最高に馬鹿みたいで、最高にイカレている、とサフランは内心笑う。
今日、最高のプレゼントをあげようじゃないか。
午前十時、その男は現れた。ザ・ネイションズ・タワーの一階正面出入り口から、他の幹部と護衛を連れてゆっくりと歩み出てくる。服装は昨日の青い衣装とは異なり白い同型の服になっている。刺繡がずっと派手で、春を意識したデザインだ。バラにユリに様々な果実、繁る葉の刺繡により、衣装を埋め尽くすほどびっしりと覆われている。男の目つきは柔和で、周りの人々を微笑みながら見渡している。人々の顔や声や振る舞いが、突然華やいだ。ヴァン聖人! と誰かが叫んだ。それに他の声が続く。声は重なり、耳が痛くなるほどの大騒ぎになる。ヴァン聖人! ヴァン聖人! 花びらを撒く人たちがいる。ピンクの、赤の、白の花びらは、パッと空に舞い、視界を半分塞ぐ。
「諸君、今年もヴァン記念日のために集まってくれてありがとう」
男は思いがけないタイミングで話し始めた。周囲に広く届くように、彼の前にはマイクが置いてある。声は張りがあり、話をするためというよりは読経のために鍛えられた独特の発声方法を用いた声だ。人々がしん、と静まり返った。
「きっと君たちは私の誕生日のことなど忘れて、酒を飲んだり騒いだりすることを重要視するんだろうな。いやいや、私は気にしないよ」
人々がどっと笑った。男はいつもと同じトーンで話をしていた。茶目っ気があり、魅力的なヴァン聖人として。
「私が幼いときは、春の式典といえば春分の祭りだった。それが今では規模を小さくして行われ、自分の誕生日である四月一日をこれほど盛大に祝うようになるとは、幼いヘンリー少年には予想もつかないことだっただろうと思うよ」
人々は目を輝かせて聞いている。愉快そうに、男に見入っている。誰も彼もが男を素晴らしい人物だと思っている――。サフランは吐き気がした。
「私たちは春を祝う。こうやって春の神に感謝を捧げ、ヴァン聖人にもちょっぴり捧げ、盛大に、愉快にパーティーをする。それは春の神への、精霊たちへの歓迎を意味する。辛い冬だった。乾いた風のせいで山火事が起き、食料は単調で乏しい。私たちは《冬眠者》たちが謳歌していたような豊かな暮らしはできない。でも、学びのある冬だった。隣人は親切で、私たちは明るく希望を抱いて生きている。それこそ学びではないか? 凍死による死者は例年よりずっと少なく、私たちの多くは生き延びた。また私たちはスュン教を信じていける。女神スュンは私たちに生きよとささやいてくださったのだ。皆、春を祝おう。私たちが乗り越えてきた冬のことを思いながら、春を迎えた喜びを分かち合おう。さあ、パーティーを始めようじゃないか」
群衆がわっと歓声を上げた。中心の春の香草を積んだ木組みに、男が衣装を風でひるがえしながら近づいて行く。長い棒の先に炎が燃えている。炎は男のほうに向かって伸びている。男がそれを香草の一部に投げ込むと、油が撒かれていたのか火が一気に広がった。強烈な甘い匂いが広がっていく。サフランの、記憶を刺激する。あの日を、思い出してしまう。
男は、あの日と同じように人々と握手をしたり会話をしたりしながら通りを歩き始めた。




