耳を塞ぐ
進めば進むほど、大きな街が近づいてきた。工場の煙が見え、人の営みを感じさせる高層ビルが見える。サフランは精神的に落ち着いていく自分を思った。ルーは知っている。サフランが何をするのか。何を目的としているのか。サフランも知っている。ルーは自分を利用してここまで連れて来させた。
サフランとルーは黙ったまま、ビル群の並ぶ街に入った。人気のない道を選び、ガラスの壊れた元高級ブランド店の中に入ってミセス・エヴァンズを停めた。
トレーラーから出ると、サフランは身軽に武器だけを身に着けて歩き出した。ルーはもたもたとキャリーケースを取り出し、サフランについていく。どうせサフランはルーが目的地としている場所も知っているのだ。ミシガン湖沿いのシカゴ中心部にあるその場所は、ルーの仲間が待っている場所だ。
普通の旅行者のふりを、スュン教徒のふりをしなければならないのに、二人とも目立つ姿をしている。だからルーは過去の人々のお古である野球帽を被り、サフランはスカーフを頭に巻く。サフランはデビーのワンピースを洋服の上から着て、しかめ面だった。
目的地に着く前に、サフランは街の様子を探るつもりだった。標的はミレニアム・パーク跡に来るはずだ。それまでに流れを掴んでおくつもりだった。そのためには目立たない服装をするしかない。そのままの格好なら、サフランたちは容易に目につくだろう。
二人は歩き出した。まだここは人気のない廃墟。道は真っ直ぐに続いているし、建物もたくさんあるが、人っ子一人いないので誰にも見つからない。靴音だけをただ鳴らし、彼らは歩く。
ぶち模様の大きな犬が一匹、彼らに近づいてきた。飢えているが、人なれしている様子だ。サフランの表情が和らぎ、ポケットの中からごそごそとコオロギクッキーバーを取り出し、袋から出して犬に与えた。犬は口から強い匂いの息を荒く吐きながら嬉しそうにそれをサフランの手から食べた。サフランの感情は一瞬凪いだ。
「ジャクリーヌはどうなったの?」
ルーが後ろから訊く。知っているくせにと苛立つが、サフランは簡単に答えた。
「銃で撃たれて死んだ。あたしを守ろうとしたから」
ルーが黙った。犬はサフランにまとわりつき、彼女から撫でてもらうとより一層なついた。サフランは微笑んだ。犬はいつだって彼女のお気に入りだった。
「サフランは、死ぬ必要なんてないよ」
ルーが真っ直ぐな声で言う。サフランは鼻で笑う。どうせ死んだ後に人生があるのなら同じだろうと。
「彼のために死ぬ必要はない。僕と、――そう、僕らと一緒に、目的を果たすことだって――」
「黙れ」
サフランは前を歩き出した。犬を追い払い、つかつかと歩いて行く。彼女は死んででも目的を果たしたかった。おそらくサリヴァンの言う通り、これは自殺行為だった。
二人は歩いて行く。デビーのワンピースは武器を隠すのに便利だ。ジーンズのポケットやホルダーの中にある銃やナイフは、ワンピースでうまく隠れる。サフランはどんどん歩いて行く。ルーは構わず続ける。
「僕は、父さんやデビーが死んでも大して悲しくなかった。彼らは殺されたけど、自分の人生を故意に捨てようなんてしてなかったから。でも、サフラン、君が死ぬと僕は悲しいよ。君が内心抱えている苦しみを思うと」
「よくしゃべるね。あたしが自殺しようとしてるって? あたしは殺しに行くんだよ」
サフランは皮肉な笑みを浮かべた。ルーをちらりと見、
「あたしは勝つんだ」
と言った。
「アリス・グレイ・エヴァンズ」
ルーが言葉に出した名前を、サフランは憎々しげな顔で聞かないようにした。
「君は君を大切にしている人たちのために、生きていかなきゃならない」
サフランは耳を塞いだ。




