冬眠者たち
道路が割れ目のないしっかりしたものに変わってきた。ルーの説明で腑に落ちたが、幹線道路が昔のままに見えるのは、スュン教本部が物資輸送などに使うため、補修しているからのようだ。サフランは銃をブルゾンの中に入れたことを確認し、ミセス・エヴァンズに脇道を進ませる。補修の進んでいない脇道は、凹凸が激しくトレーラーが激しく揺れるが、こうしないと誰に出くわすかわからない。幹線道路のある場所よりもかなり緑化の進んだ森そのもののような街はずれを進んでいく。途中で、ルーが大きな声を出した。サフランはその視線の先を見る。道の向こうに大きなドームがあった。野球場などとは比べ物にならない規模だ。
「あそこを冷やすの? 無理があるんじゃない?」
サフランがつぶやくのも当然だ。この施設は《冬眠者》が眠る冷凍睡眠施設で、ここで約十万人を収容しているからだ。興味を持ったサフランは、ミセス・エヴァンズを停めた。銃を手にぶら下げて外に出ると、先ほどいたフェニックスよりかなり涼しい。空気も砂漠とは違う爽やかな味わいがして、サフランはホッと息をついた。
サフランが歩いていると、タイヤで移動する小柄なロボットが何体か見えた。おそらくこの施設の警備や維持をしているロボットだろう。
「話しかけてくる」
サフランが歩き出すと、ルーが慌ててついてくる。ロボットはサフランの半分くらいの高さで、顔が液晶画面になっている。かわいらしい容貌には似合わず、より強力なロボットを呼ぶ機能も持ち、サフランたちを録画もしているのだから油断がならない。それでもスュン教本部に映像を送ることはないので、サフランは未来の《冬眠者》に見せるつもりで微笑んで見せた。
何かご用ですか?
ロボットが優しい男性の声で訊いた。表情はどうやらデフォルメされた笑顔だ。サフランは、
「冷凍施設の中、見せて」
と言った。ルーがため息をつく。そんなこと、できるはずがないのだ。案の定ロボットは困った表情になって答えた。
申し訳ございません。それは不可能です。彼らの安全のため、あなたがたを中に入れたり、中の様子を見せたりすることはできません。
サフランは渋い顔になり、
「じゃあ《冬眠者》のことを教えて。言葉だけでいい」
と食い下がる。ロボットは、今度は笑顔になった。可能らしい。
承知いたしました。彼らは二一〇一年に冷凍睡眠を開始しました。目的は地球環境の緑化のため。彼らは人類の経済活動は大きな問題を抱えていると判断しました。例えば戦争。多くの武器や爆発物は地球の様々な自然保護区を灰の山にしてしまいました。娯楽のために必要なレアメタル、ただ単純に生活するために必要な食料の生産、そしてそのあと生まれるゴミの山。地球環境は手の施しようのないほどに悪化しました。一度裸になった土地、汚れた大気や海を元通りにするためには、膨大な時間がかかります。そこで、彼らは冷凍睡眠という方法を選びました。二百年の眠りにつき、緑化装置を働かせ続け、目覚めたときには地球もある程度元に戻っている。そんな未来を待つことにしたのです。彼らの中には親子もいます。彼らのうち子供はおもちゃを抱いて寝ています。猫や犬と共に寝ている人もいます。ホームレスだった人もいます。彼らは皆、二百年の間眠り続け、夢を見ているのです。
「夢?」
サフランが訊く。ロボットは笑う。
美しい地球の夢です。
どうやら今までの言葉は《冬眠者》が用意した文面だったらしい。ロボットが言いそうにない言葉だったので、サフランは突然興ざめした。
「そっか。ルー、行こうか。セントルイスに向かおう」
サフランは不機嫌に黙るルーのほうを向いた。彼はロボットと向かい合った。それから人さし指を立て、苛立ったように大きな声で訊いた。
「彼らは僕らについてどう思ってる? 僕ら《残されし者》にさ……」
ロボットはしばらく結果を検索しているようだった。十秒ほど黙り、それからすまなそうな表情になってルーを見た。
申し訳ございません。何を言っているのかわかりません。
ルーは唇を噛んでいた。サフランは、その内心がよくわかるような気がしたが、彼は彼女の思いもよらないことについて憤っているのかもしれなかった。彼は石を持つという数奇な人生を過ごし、彼女は彼女でこの時代のありように満足してなどいない。サフランの過去がルーにわからないように、ルーの憤りもサフランにはわからない。
彼らはセントルイスを目指すことを思い出した。黙ってトレーラーに乗り込み、ミセス・エヴァンズを起こす。
走り出したミセス・エヴァンズの土埃の向こう側にいるロボットを、更にその奥の《冬眠者》が寝ているドームを、サフランは無感情に振り返った。
彼らにとって、自分たちはただ乗り遅れた者なのだ。そう思った。




