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スイレンの説得もあり、接触禁止が解かれて久しぶりにジルバはゼロと宿題をしている。
だが、その姿は以前とは違っていた。
『ゼロ、近くない?なんで?我慢できなくなんだけど』
なぜかゼロはジルバにぴったりくっついている。宿題をするためにシャーペンを持っていなければ腕を組んでくるのではないかと思う近さだ。
更にニコニコと満面の笑みで見つめられて、再び押し倒してしまいそうになるのをジルバは必死に堪えていた。
『嬉しいなぁ。やっぱりジルバといるのは楽しいなぁ』
ゼロのほうはというと離れていたせいで一緒にいられることの大切さに気づいたのか、とにかくジルバが隣にいるのが嬉しくて堪らない。好きなのかもしれないとか抱かれる夢を見たとかいうことはすっかり忘れて、ただただ上機嫌だ。
「あ。ここ間違ってる」
ゼロに翻弄されているせいでらしくもないミスをするジルバに間違った箇所を指差して教える。その時に顔が近付いてしまったせいで、艶やかな唇に目を奪われたジルバは思わずその体を全力で引き剥がしていた。
「?どうしたの?」
肩を掴まれ限界まで体を離されたゼロは戸惑っている。
「こ、こないだのこと、ゼロ、忘れたわけじゃないよな」
曲がりなりにも押し倒してきた相手と2人きりなのだ。本来ならもっと警戒してもいいはずだ。
「ああ。ジルバも年頃だもんね。思わず体が動いちゃっただけでしょ。気にしてないよ。でも、ああゆうことは本当に好きな相手とじゃないとダメだよ」
キリに言われたことを忠実に守るゼロ。その姿にジルバは自分の気持ちが全く届いていないことを改めて思い知った。
「……じゃあゼロも気をつけないとダメだぜ。相手に願われたからってしたくもないのに許すなよ。お前がそんなことすんの、俺、ヤだ」
それはジルバに対してもだった。ゼロが望んでないのに抱くなんて絶対したくない。ジルバが欲しいのはゼロの心だから。
「心配してくれてるんだね。大丈夫。僕はみんなを悲しませるようなことはしないよ」
やわらかく笑う顔は相変わらず自信はないけど、どこか満たされていて。この笑顔を満杯に満たすのが自分であればいいのにと、ジルバは切なさで胸が痛くなった。
数日後。カグラの部屋に掃除に入ったゼロはその荒れように驚いていた。
「こんなに散らかってたっけ?」
もともと本やら研究資料やらの多い部屋ではあったが、以前はきちんと整頓されていた。それが今はあちこちに本が積まれ床が半分しか見えていない。
「なんでこんなに……こんな本あったっけ?」
手近にある本を手に取るゼロ。それはAIに関する内容だった。
「……これも。これもこれもこれも。全部僕に関係のある本だ」
増えたと思われるのは情報や工学などの本ばかりで。明らかにゼロのためだと丸わかりだ。
『カグラ、ずっと眠そうにしてるのは僕のため?』
普通に仕事をこなしてはいるが、最近のカグラはずっと目の下にクマができている。なんとか休ませようとトカゲも苦心していた。
自分のために懸命に能力を調べてくれる愛は嬉しいのだが、今のゼロにはそれは重荷として心にのしかかってくるのだった。
カグラが忙しいため、ナラのところへ行くのは別の人間がついて来ることが多くなってきた。今日はトカゲがついてきている。
「……公安は忙しいはずだよね」
「きちんと休みを使っているさ。帰りはケーキでも食べて帰ろうね」
他の家族ほどわかりやすくはないがトカゲも大概ゼロに甘い。心配していた研究協力をやっとこの目で見れると、トカゲは意気揚々と研究室へ入っていった。
「今日の付き添いは初めての方なんですね」
「はじめまして。マシロです。私もゼロの親代わりでね。よろしく頼みますよ」
誰が来ようとどんな関係だろうと、ナラはあまり興味がないようで。あっさり挨拶を済ませると研究の説明へと移った。
「新しいやり方を試してみようと思ってね。こんなものを用意してみた」
ナラが出してきたのはスマホだった。これが何になるのかとゼロが覗き込むと、画面に文字が浮かび上がる。
『こんにちは。ゼロ』
「これって…」
驚くゼロに子供のような無邪気さでナラは説明を始めた。
「驚いたかい?イチのシステムを一部入れてあるんだよ。本体と繋がっているから、いつでも君と感覚の共有ができる」
ナラが言っていたゼロの負担にならない方法とはこれだった。日常的にイチと繋がることで、普段感じる恐怖や痛みを共有する。そうすればわざわざゼロに苦痛を与える必要はなくなるからだ。
「……これは、常に繋がなければならないものですか?」
なぜか怪訝な顔に変わったトカゲが質問した。
「ああ。そこまで無理はしなくていいですよ。時間を決めてその間だけでも構わない。電源を切ってしまえば接続は切れますから」
「そうですか。なら、主治医と相談してどうするかを報告します」
「わかりました。でしたら、ひとまず持って帰ってください。どんな物か見てもらったほうが話が早い」
手渡された画面に文字が浮かぶ。それはあの幼い声でゼロの頭にも響いてきた。
『ずっと一緒にいれて嬉しい。ゼロ』
研究室を出るとすぐにカグラの診察室へと向かうトカゲ。どうやらミニイチの電源が入っている間、ゼロは能力を使いっぱなしになっているらしい。トカゲが粒子の動きを見て気づいたのだ。
ゼロの負担と危険について話し合った結果、1日3時間と決められてゼロはミニイチと過ごすようになった。初めて研究室の外を経験して『この道路はうるさい』『布団は気持ちいい』『包丁は危ない』など様々なことを感じていくイチ。ゼロはその反応に喜びを感じるようになっていた。
そんなミニイチとの生活にも慣れた頃。エテルの家を訪れる機会があった。
「ゼロ。今日は何を持ってるの?」
電源は切ってあったのだがエテルは何かを感じ取ったようで、ミニイチのスマホが入っているポケットを指差してきた。
「エテル君。何か見えるの?」
「パチパチが不思議そうにしてるから。その子、誰?」
その子、と。ゼロと同じ反応をするエテル。ゼロは丁寧に研究に協力していることを説明した。
「楽しそうだね。僕もイチくんと話がしたいな。友達になりたい」
「そうだね。僕が研究を進めて色々わかってきたら、エテル君とも話ができるか相談してみようか」
「うん!楽しみにしてる!」
その笑顔が嬉しくて。そして研究を進めるという言葉にカグラの負担も減るのではという思いがちらついて。
無意識にゼロはミニイチと繋がる時間を徐々に長くしていった。




