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それは突然やってきた。朝から少しダルそうにしているゼロをみんな心配していたのだが仕事を休もうとせず、午後になって急に倒れたのだ。

慌ててカグラが家に連れて帰ると、たまたま非番で家にいたアギが手際よくゼロを部屋へ運んでくれた。


「熱が高いわね。今日は私が看てるからカグラちゃんは仕事に戻りなさい」

「うん。アギさんよろしくね」


心配そうにしながらも仕事を休むわけにはいかず、後ろ髪引かれながらカグラは戻っていく。

それを見送ってせっせと看病するアギが枕元のミニイチに気づいた。


「あら。スマホ?ダメよ。熱が出てる時にこんなもの見てちゃ」


そう言って電源を切り、机の上にミニイチを置くアギ。この行動がゼロの回復を早めたことを本人は全く知らなかった。




学校が終わり家に帰ってきたジルバはゼロのことを聞いて驚いている。


「心配なら顔を見にいってもいいわよ。でも起こしちゃダメよ」


目が覚めたら何か食べさせようとキッチンに立つアギから許可がでると、ジルバは全速力でゼロの部屋へと向かった。


「ゼロ?」


部屋を覗くと赤い顔をしたゼロがベッドに横になっていた。苦しそうに息を吐いているのが見ていて辛くなる。


「なんで急に熱なんか」


そっと額に手を添える。燃えるような熱さが伝わりジルバの胸を締め付けた。

その時、瞼が開いて翡翠の瞳がジルバを見た。


「ゼロ?起きた?アギ呼んでくる?」


ぼんやりとした瞳は何が起こっているのか理解できていないようだった。


「熱が出て倒れたんだよ。覚えてない?」

「……また役に立てなかった」


ジルバの話を聞いているようで、ゼロはどこか遠くを見ていた。自分の中にある重く冷たい気持ちを。


「また迷惑かけちゃった……みんな僕のためにあんなに頑張ってくれてるのに……僕だけ役に立てない……」


ポロポロと涙を流す姿にジルバの心がズキリと痛む。


「何言ってんだよ。そんなこと」

「ジルバ?ジルバは僕が必要?」


縋るように言われて、ジルバは必死にその手を握る。決して離さないという気持ちを込めて。


「当たり前だろ」

「なら、キスしよう」


潤んだ瞳がジルバの心を見透かしてくる。艶やかな唇が誘惑の言葉を吐く。


「抱いてもいいよ。僕が必要だって実感させて」

「………」


おそらくゼロの意識は朦朧としているのだろう。そこにずっと抱えていたコンプレックスが出てきて、本人も何を言ってるのかわかっていないのだ。


「ねえ。ジルバ。早く…」

「ダメだ」


はっきり言い切るとジルバは立ち上がった。


「そんなことできない。そんなこと……」


それだけ言うとジルバは部屋から走り去る。

その後ろ姿を見て、ゼロは涙を流しながら再び眠りについた。




キッチンに戻ってきたジルバを見てアギは驚いた。慌てて料理の手を止め、一緒にソファに座って気持ちを落ち着かせようとする。


「俺が……俺が救うって決めたのに……でも結局逃げた。ゼロに何も言ってやれなかった……」


いつもは快活そのものの少年が、大切な人のために涙を流して苦しんでいる。

アギにはそれが何もしてやれない人間の姿には見えなかった。


「ジルバちゃんの愛はちゃんと届くわよ。時間はかかるかもしれないけど。あなたはとても優しい子だから」


みんなすれ違って苦しんで、それでもたった1人を見つけてきた。今度はこの子達の番なのだと、まだ幼い背中をさすりながらアギは愛しさを感じていた。




ゼロの熱は翌日には下がった。原因はミニイチと繋がる時間を守っていなかったからだとわかり、カグラからは激しく説教された。

ただその甲斐あってかイチの成長は目まぐるしい速度で進んでいた。


「感情のようなものまで芽生えかけているな。特にゼロ君への気持ちが強いようだ。子が親へ向ける感情のようなものだろうか」


そう語るナラはなぜか難しい表情をしていた。

だがゼロは更にイチが可愛く感じてきてしまい、時間は守りつつもミニイチとの時間を楽しんでいる。

でも熱を出した日のことだけはずっと引っかかっていた。


『ジルバに酷いこと言っちゃった。嫌だったよね。好きな人とするんだよって言ったくせにあんなこと言われて』


ジルバとしてはゼロに自分を大切にして欲しかっただけなのだが、熱で朦朧としていたせいもあってゼロは完全に拒絶されたのだと思い込んでいた。

あれからジルバとは一度も会っていない。大学から帰っても駅におらず、家にも来てくれないのだ。


「どうしたの?そんな顔して」


ゼロが大学のベンチで座っているとツツヒが話しかけてきた。落ち込んでいるのが気になったようだ。


「ツツヒ君?ううん。なんでもない」

「そんな顔して何がなんでもないなの。……このあと時間ある?」

「え?うん。もう講義はないけど」

「じゃあ、うちにおいでよ。実家からお菓子送ってきたんだ」


ゼロの手を引いて駆け出すツツヒ。流されるようにゼロはツツヒの暮らす家へと招かれていった。




家はよくある一人暮らし用のアパートで、きれいに掃除されているところに家主の性格がでていた。


「適当に座って。コーヒーでいい?」

「あ。うん。何でも」


テーブルの前にちょこんと座るゼロの元へコーヒーとお菓子が運ばれる。ツツヒの地元のお菓子だというそれを無理やり手に乗せられて、ゼロは一口食べてみた。


「おいしい」

「だろ?実家帰ると絶対食べるんだ、これ。俺の半分はコイツでできてるかもな」


明るく笑う姿につられてゼロも笑顔になる。それを見てツツヒは嬉しそうに微笑んだ。


「良かった。笑ってくれて」

「ごめんね。気を使わせて」

「……こめんより、ありがとうがいいな」


テーブルをまわってツツヒがゼロの隣まで移動してくる。真っ直ぐに翡翠の瞳を見つめると、決心したように口を開いた。


「俺、ゼロのことが好きなんだ。講義で見かけて可愛いなって思って。話しかけたらもっと可愛くて。ずっと、好きだって言おうと思ってたんだ。だから……俺と付き合ってくれない?」


ただの友達だと思っていたゼロには驚きの告白だった。もちろんツツヒのことは好きだが恋愛のそれではない。きちんと断らなければと思った時、ゼロの心の中の闇が囁いた。


『僕に恋人ができたって言ったら、みんな喜ぶかな。心配かけてばっかだけど、これでちょっとは安心できるって。ツツヒ君はこんなに僕を求めてくれてるし、ここで僕が付き合うって返事したらみんな幸せになれるんじゃ……』


どうしていいかわからなくなり、ゼロは緩く頷いてしまった。まさか成功すると思っていなかった告白がうまくいき、……ツツヒの理性のたがが少しだけ外れてしまう。


「ホントに?……じゃあ、キスしていい?」


ガシッと、ゼロの肩を掴むツツヒ。いつもの優しい雰囲気とは違う強い力にゼロの体が一瞬で強張る。


「可愛い。ゼロ、本当に可愛い。絶対大切にするから」


言葉とは裏腹に逃さないと力を込めて、ゼロの唇へと近づいていくツツヒ。


『大丈夫。これでみんな幸せになれるんだもん。怖くない……』


体の震えを必死に抑えようとした時、ゼロの頭に浮かんだのはジルバの言葉だった。


『お前がそんなことすんの、俺、ヤだ』


その瞬間、バチッ!とゼロとツツヒの間に電気が弾けた。

何事かと驚くゼロの頭にあの幼い声が響く。


『ゼロが怖がっています。私が守ります』


更に電気が走ろうとしてるのを感じて、慌ててゼロは荷物を持って部屋を飛び出す。

残されたツツヒは何が起こっているのかわからず、ただ呆然としていた。

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