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研究協力は週一回の頻度で行われていた。
イチのいる部屋で食事をしたり、運動してみたり、花の香りを嗅いだり。ゼロの感じていることに合わせて『おいしい』や『疲れた』や『いい匂い』などを覚えていくイチに、なんとなくゼロは親心のようなものが芽生えていく。
「ありがとうございました。では、また次回」
とっつきにくいと思っていたナラだが研究が進むにつれて笑顔も見せるようになり、ゼロは研究室に来るのが苦ではなくなっていた。
何度も通って危険もあまり感じられなくなったからと、今日の付き添いはスイレンが来ている。2人で並んで歩きながらゼロはお礼を伝えていた。
「忙しいのにありがとうございます。スイレンさん」
「いいよ。俺、大学は通ってないから色々見れて面白かったし。あっ、でも1回ここには来たことあったな」
何かを思い出したスイレンはゼロの手を引っ張ってある所へ向かう。着いた先は脳科学の研究室だった。
「おっ。いたいた。セイ君!久しぶり!」
「スイレンさん?なんでここに?仕事?」
研究室にいたセイを見つけてスイレンが声をかける。驚いた様子でセイが扉まで歩いてきた。
「今日はゼロ君の付き添い。ほら。研究協力してるって話したろ」
「ああ。ナラ教授のとこですか。あの人はうちとも共同研究してたことありますよ。ぶっきらぼうだけど悪い人じゃないから、怖がらなくて大丈夫だよ」
ゼロを見て優しく話しかけてくれるセイ。どうやら研究協力のことを心配してウタハ達が色々と聞いてくれたらしい。
「ちょうど昼だし一緒に学食行こうよ。1回行ってみたかったんだよね」
「スイレンさん。それが狙いだったでしょ」
「役得だよ。役得」
上機嫌で学食へと向かうスイレン。一番の年長者が一番大人気ない姿を見て、クスリと笑いあいながらゼロ達は後に続いた。
ゼロとスイレンが並んで席につき、ゼロの向かいにセイが座ったところでスイレンが早速お喋りを始めた。
「セイ君、体調はどう?忙しくてあんまり診察来てないでしょ」
思いつきでセイを誘ったのかと思いきや、きちんと仕事の一貫だったようだ。その辺のさじ加減の絶妙さにゼロは感心してしまう。
「すみません。行かなきゃとは思ってるんですけど。でも力を使うことも無いですし、体調は悪くないですよ」
「まあセイ君は能力を仕事にしたりしてないから、そこまで心配してないけどね」
『そっか。セイさんは能力とは関係なく生活してるんだよね』
セイの能力は相手にめまいを起こさせるというものなのだが、およそ日常生活で使うものではない上に仕事も関係ない職種なので、能力者であることを忘れるような生活をしている。
『ウタハ兄さんも能力を無くしたし、能力者だからって能力に縛られて生きてかなくてもいいんだよね』
それでも自分の能力を知りたくて踠いているゼロには、そんな割り切った生き方はできなかった。
「でもウタハ君が言ってたよ。シュカ君が怒ってるって。ちゃんと診察行かないから心配してるって」
「俺も言われました。とばっちりが全部自分に来るからやめてくれって」
シュカに振り回されるウタハを想像してゼロは笑ってしまう。そこへ誰かが声をかけてきた。
「あれ?ゼロ?」
ツツヒがお盆を持って立っている。どうやらお昼を食べにきていたようだ。
「ツツヒ君」
「ゼロ君、知り合い?」
「はい。友達です」
笑顔で友達と言い切るゼロに少しだけツツヒが残念そうな顔をする。それをスイレンとセイは見逃さなかった。
「そうなんだ。俺達もゼロ君の友達だよ。良かったら一緒に食べる?」
「いえ。向こうで友達が待ってるんで。ゼロ、またな」
「うん。またね」
笑顔でツツヒを見送るゼロに、スイレンがガバッと肩を組んできた。
「ゼロ君、本当に友達?」
「ゼロ君に恋人ができたとなったらウタハとキリは暴れるだろうなぁ」
ニヤニヤと見てくる2人にゼロは首を傾げる。
「恋人じゃないですよ。色々と大学のことを教えてもらってるだけです。あっ、でもツツヒ君は優しいから恋人くらいいそうだなぁ。あんまり僕に構ってると嫉妬されたりしないかな?」
ん〜。とアゴに指を当てて考えるゼロに、他の2人は心の中でツツヒに合掌した。
「ゼロ君は好きな子とかいないの?」
呆れたように聞いてくるスイレンにふとゼロの表情が恥ずかしそうなものに変わる。
「………夢に何回も出てくるのは、どういう気持ちなのかな?その、ちょっとエッチな夢に……」
最後の方は消え入りそうな声だったが、ゼロのまさかの爆弾発言にスイレンが驚くほど喰いついた。
「ちょっ!何!それどういうこと⁉︎」
あまりの迫力にゼロはついここ最近のことを話してしまう。
「ジ、ジルバにこの間、抱きたいって言われて押し倒されて……あっ、もちろん何もされなかったですよ!…でも、それ以来夢にジルバが出てくるようになっちゃって……その……エッチなことする……夢に……」
「………ウタハ君とキリ君、倒れるんじゃない?」
恋人ができることすら許していないのに、体の関係まで考えるようになっている。可愛い弟のそんな話を聞いたら兄2人は卒倒するだろう。
「それは、ジルバ君が好きってことなのかな?」
兄達へと思いを巡らせるスイレンに代わり、セイが優しくゼロの気持ちを聞いてあげる。
「わからなくて。いつも一緒にいて、僕が守ってあげなきゃくらいにしか思ってなかったから」
なるほどと、セイは口調と同じ優しい視線をゼロへと向けている。それはゼロの心の中をふわりと照らした。
「でも、ずっと一緒にいてくれたのはジルバだったから。僕が能力に悩んでても仕事でミスして落ち込んでても、横で笑ってくれたのはジルバだったから。……僕、ジルバに会えなくて寂しいな」
とても可愛らしい恋心だった。本人は自覚していないがゼロは確実にジルバのことが好きだと、話を聞いた2人は感じた。
「接触禁止、そろそろ解除でいいんじゃないかってカグラさんに相談してみよっか」
やっと年長者らしい態度になったスイレンに、ゼロはコクリと静かに頷いた。
その頃ジルバは訓練をしに道場にきていた。すると訓練相手のホムラにスイレンから嬉しい連絡が入る。
「ゼロ君との接触禁止、解けるかもしれないぞ」
「ホント⁉︎やったー!」
全身で喜びを表現するジルバに笑いながら、真面目なホムラはしっかりと釘を刺してくる。
「でも調子に乗ってまた襲うようなことすれば、今度こそ永遠に会えなくなるからな」
「わかってるよ!ちゃんと反省しました!」
流石にきちんと反省したようで、ジルバは珍しく少し落ち込んだ態度を見せている。
「……ゼロ君は今、辛い時期にあるからな」
諭すように、ホムラはジルバに大切なことを伝えてくる。
「自分の居場所がわからなくて、孤独で苦しい気持ちを抱えてる。……俺もそんな時期があったからわかる」
「………」
真剣なホムラに、いつもとは違い真面目な顔でジルバも話を聞いていた。
「でも、そこから救い上げてくれる人が必ず現れる。……お前はなれるか?」
「……ああ!俺なるよ!っていうか、俺以外許さない!」
独占欲丸出しのセリフに、それでもホムラは嬉しくなった。
「なら更に鍛錬しないとな。ゼロ君を手に入れようと思ったら必ず兄2人が邪魔してくる。アイツらは強いぞ」
「俺、誰にも負けないぜ!だってゼロを守らないといけないからな!」
その言葉を合図に訓練が再開する。
力を振るって認められることばかり望んでいた子供が、誰かのためにその力を使いたいと願った。その成長に喜びを感じているのは自分だけではないだろうと、ホムラは全力でジルバを蹴り飛ばした。




