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ウタハとキリは可愛い弟が増えたと前以上に実家に通う回数が増えていた。
今日も実家にもっていくお土産をどうするかウタハが頭を抱えている。
「ストレートにお菓子はそろそろゼロに出禁をくらいそうだしな。でも普通に喜ばれるものを持ってってもゼロが小言を言う姿が見れないし。う〜ん、どうしたらいいのか」
「……お前はゼロに対しても拗らせてんのか?」
呆れたキリの声で正気に返るでもなく、ウタハはむしろ相手を取り込みにかかる。
「だってゼロの小言聞きてぇだろ。プリプリって擬音が後ろに見えんだぜ。イチまで同じように怒ってて面白いしさ。お菓子のオッケーを待つチマも可愛いし、呆れながらもちょっと嬉しそうにするカイナも、それを優しく見守るジルバも見たいしさぁ」
「お前、だんだんトカゲに似てきたな。ったく、それなら今度好きなだけピザでも頼ませてやるか?子供達もジルバも大喜びするだろうし、ゼロとイチはちょっとだけチクチク言ってくると思うぜ」
「天才か⁉︎」
「天才だ。ほら、この天才の恋人様を崇め奉ってもいいんだぞ」
「キリ様〜。一生ついていきます!」
シュカが見たら「バカなの?」と言いそうなやりとりをしながら、ウタハとキリは2人らしいじゃれ合いを楽しんでいた。
しかし、その親達はもっと重症だった。
「トカゲ、あとあっちの店と2階のこことここが見たい」
「カグラ。いくら何でも買いすぎじゃないかい?」
久しぶりに揃って休みが取れたのでカグラとトカゲはショッピングモールに来ていた。2人きりで出かけられて喜んでいたトカゲだが、子供達へのお土産を山ほど買うカグラに荷物持ちにされていた。
「たまにしか出かけられないんだから、今日は買いたかったの全部買うよ。あとでウタハとキリへのお菓子も買わないと」
ウキウキと買うものを選んでいくカグラにやはりデレデレしてしまうトカゲ。だが子供達のことばかりのパートナーに少し拗ねる気持ちも湧いてきた。
「せっかく2人でのお出かけなんだから、もう少し何かしないかい?」
「え〜?仕方ないなぁ。じゃあ買い物が終わったらこのお店に行く?」
カグラが見せてきたスマホの画面には、今いるショッピングモールから車で数分のところにある宝石店が映されていた。そこは昔トカゲがカグラにあげたネックレスを買った店だ。
「結婚5周年、何もできなかったでしょ」
そう微笑むカグラの首には赤い宝石のネックレスが輝き、指にはシンプルな結婚指輪がはめられている。
幸せとはこういうことかと、トカゲは胸がいっぱいになった。
「わざわざセキトさんに店を聞いたのかい?」
「うん。これからは君と人生を紡いでいくって決めたんだからね。死ぬまで僕に付き合ってもらうよ」
強気に笑う姿に、トカゲはもう何度目かわからない心を奪われる感覚を味わう。
「やはり私の姫は欲張りだ」
「そこがいいんでしょ?」
「もちろんさ。君の魅力は底がない」
軽快に笑い、トカゲとカグラは歩いていく。
ゆっくりと。寄り添いながら。
セキトも仕事に追われてなかなか休みも取れない日々を送っているが、ある日大きな花束を持って家に帰ってきた。
「まあ。セキトちゃん、これどうしたの?」
「うん。なに、初心に帰ろうかと思ってな」
抱えきれないほどの花束をアギに渡し、セキトは日頃の感謝を伝えた。
「私はこんな人間だから、いつも苦労をかけるね。アギがいてくれて良かったと本当に思っているんだよ」
「あら。苦労してるなんて思ったことないわよ」
ケロッとしているアギにセキトは拍子抜けしてしまう。
「むしろ毎日とても楽しいわ。2人で暮らしてた時も、この家に来てからも、私、ずっと幸せよ」
アギと同室になった時、セキトはわざと必要以上に無茶苦茶な振る舞いをしていた。
セキト達の時代は今よりもっと腕付きの立場が悪く、前例のない腕付きの捜査官であるセキトは常人なら精神を病むような嫌がらせも受けていた。そんな自分と同室の腕付きであるアギにまで被害が及ばないようにと、アギを被害者にして部屋の変更を希望させようとしていたのだ。
だがそれに対してアギの出した結論は、大怪我をしたセキトに一晩中付き添い手を握るというものだった。
「まさか本当にアギと結婚できるとは、あの頃は考えもしなかったよ」
「私もよ。人生ってわからないものね。だから一緒にうんと長生きしなくちゃね」
歳をとっても向けられる笑顔はいつまでも変わらない。その明るさに救われてきたのだと、セキトはアギの存在の大きさを噛み締めた。
「やはりアギが最強だな」
「あら、なあに。私は組手もできないし銃も撃てないわよ」
不思議そうにするパートナーに、セキトは「そういうところだよ」と他の人には決して見せない無防備な笑顔を見せた。
相変わらず家に帰ってこないキトラには、コハクが本部に赴いて着替えを渡していた。
「わざわざ持って来なくていいのに」
「こっちにくる用事があったからついでだよ」
忙しくなっても以前のように怒らなくなったパートナーから紙袋を受け取り、キトラはそのまま疑問を口にした。
「お前は前みたいに怒らなくなったな。俺が帰らなくても」
「ああ。だってジルバにかっこいい姿見せたくて頑張ってんだろ。そんな可愛い気持ち、応援したくなるじゃん」
図星というか、心の中を見透かされてキトラは紙袋を落としそうになる。そんな間抜けな姿に気をよくしたのかコハクはペラペラと喋り出した。
「前はね。俺が自由に動けるように頑張ってるって感じが強かったから、ちょっと引け目があったんだよ。そこまでしなくても家に帰れるレベルで働けよって。でも今は大切な子供のために頑張ってる。それがキトラの幸せなんだってわかるから、俺も満足してる」
ここ数年、コハクは糸でキトラを監視していない。そんなことしなくてもお互いのことを信頼できるようになったから、もう必要ないのだ。
「まあ、たまにはちゃんと帰ってみんなとの時間作るよ」
「そうだね。ところでミソラさんが捕まらないんだけどさ、そっちの捜査状況教えてくんない?」
テヘッと笑って仕事の話をしてくるところに、「お前も大概仕事人間だからな」と呆れながらキトラも捜査官の顔になるのだった。
ジルバはいつも通り子供達と過ごしているが、その日は予定のないゼロも家にいた。
「チマ。次はこのゲームしようか」
「うん。僕それ得意だから絶対負けないよ」
「おやおや。僕も結構強いんだよ」
『チマ達が寝てから特訓してましたからね』
イチのリークに「バラさないでよ!」と慌てるゼロ。チマは「僕達が寝てからゲームしてるの?ズルい!」と怒っている。
それを横目にダイニングのテーブルではカイナが不安そうに眉を寄せている。ちょうどリビングに入ってきたジルバがそれに気づいて話しかけた。
「どうした?カイナ。お前は一緒にゲームしないのか?」
「え?ああ。うん。今はいいや」
どこか上の空のカイナが心配になり、ジルバは向かいの席に座ってゆったりとした声で話を続けた。
「何か悩んでるのか?俺でよければ聞こうか?」
「悩みっていうか……俺ってこれからどうなるのかなって」
テーブルの上で握る手に力が入る。その腕には消えない傷が残っていた。
「何年かすれば、街を歩くくらいなら俺のことを気にする人はいなくなるかもしれない。でも就職ってなったら?俺を雇ってくれるとこなんてあるのか?自分で仕事するにも相手が必要だろ。関わる密度が濃くなればなるほど、俺がしたことに気づく確率があがってく。だから、俺はどうしたらいいのかなって……」
ネットで顔を広く知られてしまった以上、これからどこまでもカイナは自分のしたことに絡め取られていく。普通の人と同じようには生きられない。未来なんて無いと言った少年は、未来を望む気持ちを持てたのにそれが閉ざされてしまっているのだ。
ジルバが何と声をかけるか悩んでいると、ひょこっとゼロが横から顔を出した。
「それなら、ギアさんの仕事を手伝ってみない?」
「ギアの?」
まさかの提案にジルバがおうむ返しすると、ゼロは嬉々として説明を始めた。
「前からギアさんに言われてたんだ。『私のところでカイナ君を働かせてみないか?』って。働きながらプログラミングとか仕事のやり方を教えるから、将来はフリーで働いてみないかって。顧客はギアさんの繋がりで紹介できるから実力さえあれば経歴は問われないだろうし、人と関わるのが嫌なら1人でアプリの開発をしてみてもいい。プログラマーに向いてなければ他の仕事を考えればいいし、とりあえずはやってみたらどうかって」
「………」
思ってもみない提案に、カイナの鼓動が高鳴った。
その頃。ギアはエテルのところに来ていた。
「エテル君はだいぶプログラミングの考え方を掴んできたね」
「そうかな。先生がいいからだよ」
ニコニコと信頼を寄せてくれる生徒に、ギアはいつも心が救われる。
「まだ話を受けてくれるかわからないんだけど、もう1人生徒が増えるかもしれないんだ」
「そうなの?ギアさんはとってもいい先生だから、きっとその子もプログラミングが好きになるよ」
「……そうだと嬉しいね」
ゼロに話はしたが、カイナが先のことを考えられるようになるまでは本人には言わないでくれとギアはお願いした。
傷つき未来が見えなくなったカイナに無理に顔を上げさせたくはなかったからだ。
そして、今やっとその思いが届く時がきた。
話を聞いたカイナは自分の腕の傷を見る。
「……俺は腕付きだから、器用さを活かした仕事しかできないと思ってた。でもそうじゃないんだな。可能性はいくらでもあるんだ。……ゼロ、ギアさんのところで働く話、進めてもらってもいい?」
少しだけ大人の表情になったカイナを見て、ゼロとジルバは同じ温かい笑みを浮かべた。
「うん。ギアさんに話をするね」
「でも学業優先だからな。無理はするなよ」
「わかってるよ。ジルバは心配性だな」
まるでキトラのように口うるさくなっている自分に気づいて、ジルバは苦笑してしまう。
そんなジルバの横に来てチマが口を尖らせた。
「カイナ、仕事するの?」
「ん?そうだな。多分な」
「じゃあ、遊んでくれなくなる?」
他の大人達が仕事で忙しくしてるせいだろう。寂しそうにするチマにカイナがなんとも言えない気持ちになって声をかけた。
「俺のことは嫌いなんじゃなかったのか?」
「でも一番遊んでくれるのはカイナだもん。一番遊んでて楽しいのも」
素直な本音はカイナの心を温かくする。周りから守られてばかりの自分が、誰かを守る立場であることが嬉しくなる。
「ちゃんと野菜食べるならこれからも遊んでやるよ」
「……少なめにしてよ」
その言葉にみんなが優しい微笑みに変わり、幸せな家族の時間は穏やかに過ぎていくのだった。
そして、それから30年の月日が経った。




