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ジルバが退院してから数ヶ月。カグラの家のリビングには騒がしい声が響いていた。
「こら!チマ!またお菓子勝手に食ったろ!飯入んなくなるからやめろっつったろ!」
「入るもん!お菓子食べても入る!」
「そう言ってこないだも野菜残しただろ!」
「うっさい!カイナ嫌い!」
お菓子のつまみ食いを怒られたチマがジルバの方へ逃げていく。ソファの後ろに隠れてカイナを威嚇した。
「カイナ嫌い!あっち行け!」
「何言ってんだ!ソファで遊ぶな!危ないだろ!こっち来い!」
ジルバの座るソファの周りでチマを追いかけてグルグル回る2人。ジルバはそれを苦笑しながら見ていた。
なぜこんな騒がしいことになってるかと言うと、カイナを引き取ることを話し合う時にキトラがチマのことも引き取りたいと言い出したからだ。結局カイナもチマも保護観察になったのでまとめて面倒見るというざっくりした結果になったのだが、それはひとえに世の中の混乱が原因だった。
爆破事件を画策した議員が全てを白日の元に晒されて裁きを受けたのは始まりで、カイナの動画を拡散した者やチマの施設に関係した者など有力者が次々と捕まり、社会はかつて無いほど混乱していた。トップや幹部の交代で組織は乱れ、それに乗じた犯罪も発生し、ジルバの周りはみな働き詰めだった。
なので、自然と2人の子供の面倒はジルバが見ることになっていた。
「ほら、遊ぶのはそこまでだ。俺は夕飯の用意するからな」
「俺も手伝うよ」
「カイナは宿題があるだろ。家事させるために引き取ったんじゃないんだから」
カイナは本来高校一年になる年齢なのだが、腕を切られた事件のために高校には通えていなかった。ジルバ達と相談して今は顔を出さなくてすむオンラインの学校で勉強している。これも動画で世間に顔を知られてしまった余波だった。
「俺が手伝いたいんだ。宿題はあとでちゃんとするから」
真っ直ぐに自分を慕う瞳がジルバを見つめる。助けたことに恩を着せたいとは露ほども思わないが、もらった愛を一生懸命に返そうとするカイナの姿はジルバの心を幸せで満たした。
義足で立ち上がるジルバを支えようとする手を握ると、腕付き同士なのにとても温かかった。
「そんな心配しなくても、もう義足にも慣れたって。捜査官にも復帰できるかもな」
義足とは逆の足でピョンピョンと飛び跳ねて見せるジルバ。もともとの身体能力が高いからかジルバは義足にもすぐ慣れ、日常生活には何の不自由もなくなっていた。
「わかってるけどさ。やっぱ心配になるじゃん」
照れるように言う姿が愛しい。自分を育ててくれた人達もこんな気持ちだったのだろうかと、今度は自分の番だという言葉の意味をジルバは噛み締めていた。
そんな思いに浸っているとカイナは反対の手でチマの首根っこを捕まえた。
「ほら。チマも手伝え」
「え〜。僕は遊びたい」
「ダメだ。今は手伝い」
チマは自分の年齢も知らなかったのだが、施設に残る経歴を調べてみると中学1年になる年齢だった。学力もだが社会生活における基本的な知識があまりに欠けていたので、今は周りが色々と教えながら暮らしている。
「今日のご飯なに?ハンバーグがいいなぁ」
「残念。野菜炒めだ」
「え〜。じゃあ手伝わない」
キッチンから逃げだすチマをカイナが追いかける。そんなやり取りに昔の自分とゼロを見ているようで、ジルバは自然と笑みが溢れていた。
ちょうど夕飯が出来上がったタイミングでゼロが帰ってきた。毎日ではないが今もよく夕飯を食べに来ているギアも一緒だ。
「ただいま〜。いい匂い。お腹すいたよ」
『ただいま。私もお腹がすきました』
「いつも私まですまないね。量が多くて大変だろう」
「カイナとチマも手伝ってくれるからな。大丈夫だ」
みんな仕事で忙しい日々を過ごしているので、隣の家と合わせて11人分の食事をジルバは用意している。手が空いてる時は他の者も手伝っているが基本は子供達と3人で作るので、ルナに量を作るコツなどを聞きに行ったりしていた。
「今日は仕事のお礼でチョコもらったよ。あとでみんなで食べようね」
「チョコ!」
ゼロの出してきた箱をすかさず受け取ってチマは小躍りしている。カイナには「ご飯のあとだぞ」と釘を刺されていた。
世の中が乱れているために企業などへのウイルス攻撃も多発しており、ゼロはギアと共に対応に行くことが増えていた。ちなみに機械の行進をゼロが出迎えた時にスマホなどでその姿を撮ろうとした者はいたのだが、なぜか全員カメラが動かなくなり、結果ゼロの姿が世の中に広められることはなかった。ウイルスへ対処する時も変装して行ってるので今の所能力によって危険な目に遭うことはなかった。
「そう言えばチョコで思い出した」
ギアが小躍りするチマを見ながら鞄から何かを出してくる。それは色とりどりのキャンディが入った透明なキューブだった。
「チマ君が喜ぶし、カイナ君も勉強中に食べるのにちょうどいいかと思って買ったんだが……」
喜んでそれも持っていこうとするチマの横にいるゼロをチラリと見るギア。その子供のような態度にゼロは苦笑してため息を漏らす。
「甘い物のあげ過ぎはダメですけど、それくらいはいいですよ」
『ギアはこれをあげるのを楽しみにしてましたもんね』
チマとギアがパァッと同じ笑顔を見せる。「ありがとう!ギアさん大好き!」と飛び跳ねるチマにギアは満面の笑みだ。カイナもお礼を言いながら「ギアさんも子供みたいですね」と笑っている。
すると玄関からキトラの声がした。
「ただいま。飯できてるか?」
「今できたとこだよ」
「助かるぜ。食べたらまた戻る。いつも悪ぃな」
「いいよ。捜査官が忙しいのはよく知ってるし」
穏やかに笑いながらジルバはキトラの夕飯を用意しに行く。そこにまた玄関から声が響いた。
「ただいま〜。今日は早く帰れたからケーキ買ってきたよ〜」
カグラがお気に入りの店の箱を持ってリビングに入ってくる。それにゼロが厳しい視線を向けようとすると声は更に続いた。
「ただいま。カイナ。チマ。この間美味しいと言っていたカヌレを買ってきたぞ」
おしゃれな箱を掲げるトカゲにゼロが声をかけようとすると、今度は2つの声が飛び込んできた。
「カイナ!チマ!兄さん達が来たぞ!」
「仕事でウタハと一緒になったからクッキー買ってきたぞ!」
息ぴったりに誰が食べるんだと思うほど大きな箱を持ち込む兄達を見た時、ついにゼロがキレた。
「カグラ!トカゲ!キリ兄さん!ウタハ兄さん!ちょっとそこ並んで!」
『みんな、ゼロはとても怒ってますよ』
親と兄達を並んで正座させてゼロの小言が始まった。首に下げられたミニイチもピピッピピッと一緒になって小言を繰り返している。
甘い物を与え過ぎないで甘やかさないでと2人してプリプリ怒っているのだが、聞かされているほうはなぜかどこか嬉しそうだ。ただゼロの隣でギアだけがオロオロとしていた。
「お菓子がいっぱい。キトラ、食べていい?」
目をキラキラと輝かせて聞いてくるチマにキトラは微笑む。
「ご飯のあとでな。お前の笑顔が見たくて、みんなが買ってきてくれたものだからな」
呆れているカイナにはジルバが優しく話しかけた。
「カイナもたまには甘えていいんだぞ。みんなはお前とチマが可愛くて仕方なくて買ってきてくれたんだから」
「……早くごはんの用意しようぜ。終わったらみんなが持ってきてくれたの食べよう」
みんなの愛が少しずつでもカイナの心を癒せばいい。そう思いながらジルバはキッチンへと向かった。
そうやって様々な変化を経験しながら日々は続いていく。
モガとツツヒが本格的に一緒に住むことになったので、スイレンと2人だけに戻った家でホムラは寂しそうにしていた。
「ホムラさん。一生会えないわけでもないんですし、元気出してくださいよ」
「そんなこと言っても……お前はいいよな。毎日職場で会えるんだから」
イジイジと、初めて見るんじゃないかと思うくらいいじけているホムラにスイレンは困り果てている。
「また遊びに来るって言ってましたし、とりあえずは2人の生活を楽しみましょうよ。明日は俺も休みですし」
スイレンが困り果てている理由はそこにもあった。モガがいることで気をつかいながらだった夜の生活を、今夜は満喫できるのだ。それを逃すスイレンではない。
「ほら。モガ君がいたらやりにくかったこともできますよ。ね?ね?」
「……それもそうだな」
話に乗ってきたホムラにスイレンは心の中でガッツポーズする。だが、ホムラはどこまでいってもホムラだった。
「お前の鍛錬に付き合う時間が減っていたからな。明日は朝から訓練場に行くぞ」
「……え?」
予想外の展開に愕然とするスイレンを引きずって、ホムラは寝室へ向かおうとする。
「そうと決まれば早く寝るぞ」
「え?えっと……ホムラさん、そうじゃなくて……」
「どうした?早く寝室に行かないと時間が無くなるぞ?」
「いや、そうじゃなくて!」
泣きそうになるスイレンにさすがに足を止めてホムラが顔を覗き込んできた。
「なんだ?今日はしないのか?早くしないと本当に時間が無くなるぞ?」
覗き込んできた顔は明らかに全てわかっていて。スイレンはその可愛らしさに思いっきりホムラに抱きついた。
「ホムラさん!もう!可愛いんですから!」
「可愛いって。もういい歳したおじさんだぞ」
「い〜え。可愛いです。俺のホムラさんはいつまでも可愛いんです」
そうやって誰かが見ていたら呆れそうなほどラブラブしながら2人は寝室に向かうが、ホムラは「明日の朝から鍛錬するのは本当だからな」とスイレンにしっかり釘を刺していた。
モガとツツヒは一緒に暮らすのにも慣れ、穏やかな時間を味わっていた。
「いよいよ薬の治験が始まるね。体調の変化があればすぐに言うんだよ」
「はい。大丈夫ですよ。一緒に住んでるのが頼りになるお医者さんなんですから」
ツツヒの病への薬は製法は確立されていたので、血の提供者が確保できるとすぐに治験に入れた。
「あの……モガさん」
「なんだい?」
「キス……したいです」
きちんと同意をとろうとするツツヒが可愛らしく、モガは色気のある笑みを向けた。
「いいよ。キスだけ?」
「……それ以上も」
「うん。私もしたいよ。でも困ったなぁ。今日セックスしちゃうと明日の治験の時に申告しなくちゃいけないしなぁ」
「えっ⁉︎」
驚愕するツツヒを見てモガが大笑いする。
「嘘だよ。さすがに治験でそんなことは聞かないよ」
「ちょっ!モガさん!」
「ごめんね。ツツヒ君があまりに可愛いから」
ニコリと笑う顔はどこか妖艶で。すっかりモガの虜になっているツツヒはそのまま唇を奪われた。
薬の製造にはヨルも関わっているので相変わらず忙しく過ごしている。そんな中、久しぶりに早く帰るとララが嬉しそうに出迎えてくれた。
「おかえりなさい、ヨル」
「ただいま。ハナは?」
「夕飯の用意してくれてる。久しぶりにヨルが早く帰れるからって張り切ってた」
「そうか。ハナに礼を言わないとな。ララもすまないな。明日から治験が始まるからまた忙しくなりそうだ」
「ううん。ヨルがどれだけみんなのために頑張ってるか知ってるから大丈夫だよ」
周りの環境なのか本人の資質か、歳よりも大人びた少年は大人達が何をしているかをよくわかっている。
そして、ララは真っ直ぐにヨルを見た。
「ヨル」
「何だい?」
「ありがとう。約束守ってくれて」
純粋な瞳が言葉よりも感謝を物語る。
この瞳の未来を守れたのだと、ヨルは涙が出そうだった。
「僕、医療の道に進みたいんだ。ヨルみたいに誰かを救う仕事をしたい」
「……そうか。なら頑張って勉強しないとな」
「時々でいいから勉強見てくれる?」
わかってはいても、まだ子供だ。
ララが少しだけ見せた甘える姿に、ヨルは赤子の頃を思い出して優しく微笑みながら「もちろんだ」と答えた。そして2人は並んでリビングへと入っていく。
「お帰りなさい。……何かいい事でもありました?」
「ああ。とても嬉しいことだ」
「そうですか。もう少しで用意ができますから、食事の時に話してくださいね」
「手伝うよ。一緒に用意しながら話そう」
「……はい」
幸せそうに笑うハナと並んでキッチンに立つヨル。2人のそんな姿を見ながら、ララは丁寧にテーブルに皿を並べていくのだった。
自分達のあとの世代に光をもらう者達は他にもいるらしく、それぞれ楽しそうに何をしてあげるかを考えている。
「ルナさん、何書いてるんですか?」
「ジルバ君に教えてあげれそうなレシピを考えてたんだよ」
「じゃあ今度それ持って遊びに行きましょう。カイナ君とチマ君に会いたいですしね」
「そうだね。フチ君は明日のお弁当は何がいい?」
「ルナさんの作るものなら何でも嬉しいです。でもたまにはお弁当休んでもいいんですよ。毎日作るのは大変でしょ?おにぎりくらいなら僕が作ってもいいですし」
「それはダメ」
「?何でですか?」
「フチ君の美味しいは全部私のものだからね」
「……じゃあ一番美味しいものをもらってもいいですか」
「ふふ。これを書き終わったらね」
「シュカ、これなんてどうだ?」
「いいね。チマ君は暖色のほうが似合いそうだもんね。ならカイナ君はこれかな」
「そうだな。俺はつい子供っぽいの選んじゃうからな。シュカに任せる」
「セイの中ではチマ君もカイナ君もまだ小学生くらいなんじゃない?」
「可愛くてついな。ほら。決まったなら会計済ませて次に行くぞ。もってくお菓子も選ぶんだろ」
「うん。ゼロ君に小言言われるの楽しみだなぁ」
「う〜ん。何がいいかなぁ」
「ウツギ君?何悩んでるの?」
「いや、ジルバ君とゼロ君、カイナ君達が家に来たからヤりにくくなってるんじゃないかと思って。音を聞かれない、いい方法ないかなって」
「………」
「ムジナ?」
「………」
「ちょ、やめて。汚いものを見る目で見ないで」
「………」
「わかった。わかったから。人様の夜の事情に余計な口出ししないから」
「アイヒ、今度はゲームか。ゼロ君に甘やかさないでって言われるぞ」
「いや、兄さんもパズル買ってんじゃん」
「こ、これは勉強にもなるし……しかしウタハ君の時といい、お前は意外と面倒見が良かったんだな」
「兄さんに似たんだよ」
「……そうか」
「ヌイさん、カイナ君がモルでつまづいてるらしいんで今度参考書選びに行きましょうよ」
「いいね。チマ君にも面白そうな本を買ってってあげよう。でもトリト君、サボってるとまた怒られるよ」
「あっ。ヤバい。呼びにきた。またね、ヌイさん」
「リト、何の本を読んでるんだい?」
「銃に関する古い記録だよ。チマ君は幼いうちから無理な銃の訓練を受けてきたからね。体の成長に悪影響がないか調べてるんだ。ゼンは?」
「カイナ君が技術職は無理でも何か他の仕事はないかと思ってね。まあ、自分で道を見つけれたらそれでいいんだけど」
「まだまだ彼等には未来があるからね。大丈夫だよ」
「シエン君。チマ君の野菜嫌いを克服させるためのメニューを考えようと思うんだが、何が苦手なんだい?」
「全部です」
「………全部?」
「はい。ロクイさん。全部です」
「………それは燃えるね。まずは何から攻めてやろうか」
「ロクイさんは壁が高いと燃えるタイプですよね」
「だから君を選んだんじゃないか」
「……言ってくれますね」
「ミソラ、お前は子供が喜ぶものを選ぶのが上手いな」
「私が甥っ子姪っ子にどれだけ貢いだと思う?来年は1人こっちに来る予定だからな。どこに遊びに連れてってやろうか。シバも甥っ子が今年大学にはいったんだろ?」
「ああ。時々食事に連れてってやると喜んでるよ。いくつになっても可愛いものだ」
「その通りだな。さて、ではセキトのところの可愛い子達の笑顔も見に行こうか」
そしてあの家の者達もそれぞれの物語を紡いでいく。




