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ショリショリと器用に皮を剥かれたりんごが皿の上に並べられる。それの1つにフォークをさして、ゼロはジルバに差し出した。
「はい。あ〜んして」
「……ゼロ」
ご機嫌でりんごを差し出すゼロにジルバは困った顔をしている。
「どうしたの?あっ、もっと小さく切ったほうが良かった?待ってね。今半分にするか」
「いや。怪我したのは脚だからりんごは自分で食べれる」
ヒラヒラと手を振られてゼロは自分がやり過ぎていたことに気づいた。
「そ!そうだよね!ごめんね!つい色々やりたくなっちゃって……」
事件から10日が過ぎた。キトラ達は後始末に追われて忙しいためゼロができる限りジルバに付き添っているのだが、何かと世話を焼きたがる恋人にジルバは呆れと可愛さを感じていた。
そして少しのイタズラ心が湧いてくる。
「うん。ありがと」
爽やかな笑みを見せるとジルバはゼロをグイッと引き寄せ耳へと唇を寄せる。
「しばらくはうまく動けないから、夜はゼロが上に乗ってくれたら嬉しいな」
ボッと火を吹きそうなほど赤くなった恋人に優しく口付けをしようとするジルバ。その頭を誰かがバシッと叩いた。
「この性欲魔人が!怪我人は怪我人らしく大人しくしてろ!」
ビビに手加減なしで叩かれて、ジルバは頭をさすりながら文句を言う。
「酷いなぁ。こっちは重症人だぜ」
「なら大人しくしてろ。あ、ゼロさん、これお見舞いです。ずっとコイツについてて疲れてるでしょ。チョコレート持ってきました」
「うわぁ!ありがとう!」
お見舞いと言いつつビビはゼロが大好きな店のチョコレートを持ってきた。アギのアドバイスである。
「俺へのお見舞いじゃないのか〜」
「お前はたくさんもらってるだろ」
ビビの指差す先には山盛りの果物が置かれている。バイト先の人や学生時代の友人などがお見舞いで持ってきてくれたものだ。
「でも病院食と果物だけじゃ飽きた〜。ガッツリ肉食いたい」
「お前、ほんとに10日前に脚切断したのか。元気過ぎんだろ」
「落ち込んでも仕方ないしね〜。イチが頑張ってくれるから義足もすぐできるだろうし」
『はい。ギアに研究費をたくさん出してもらえるようにお願いしました』
「イチ。ギアさんを金づる扱いするのはやめて」
イチはジルバの義足の話をギアにする時、ナラと共同研究している研究室への出資をシレッと頼んでいた。頼まれた方はもちろん快諾して「金の心配はいらない!」と言っていた。
ゼロはなんとも言えない表情でその時のことを思い出している。
「エテル君用に作ったプログラミング学習アプリを販売したら意外と売れてね。この間売った株もいい値段になったし、イチのシステムをベースにしたプログラム開発の話もきてる」
「……ギアさんの稼ぐ力はもはや能力者レベルですね」
「そうかな。まあ、私の力が誰かの役に立つなら嬉しいよ」
出会った頃からは信じられないほど朗らかに笑うようになったギアは、幸せそうにエテルとのことも話してくれた。
「プログラミングが楽しくなってきたみたいでね。上手に作ってあげるとプログラムが嬉しそうに笑ってくれると喜んでいたよ。そうそう、プログラミングアプリに出てくるキャラクターはエテル君が話してくれる機械達の気持ちをモデルにしてるんだ。あと街に出るとずっと聞こえていた機械達のザワザワが楽しそうな声に変わったと言っていたよ。ゼロ君にお礼を言ってくれと」
すっかり饒舌になったギアに驚きながらも、ゼロはエテルの言葉に喜びが湧いてくる。機械の言葉がわかる唯一の仲間の存在に、思っていたよりずっと支えてもらっていたことに気づいた。
そんな思いに耽っているゼロにビビの声が聞こえてくる。
「これがイチさんですか。本当にAIなんだ」
『はい。はじめまして、ビビ君。ジルバがいつもお世話になっています』
「俺のこと知ってくれてるんだ。こちらこそ、ルームメイトが面白いヤツで楽しいよ」
「もうすぐ解消されちゃうけどな」
ジルバは怪我のために実家に帰ることが決まっていた。仕事は休職扱いにして事務職にうつるか検討中だが、ビビとの同室生活は終わることになる。
「寂しいけど、まあ俺も恋人が卒業したら寮を出るつもりだしな」
「そうだよな。前からそのつもりだったもんな」
「……いや、実は卒業したら一緒に暮らそうってのは、昨日やっと話せたことなんだ」
まさかの告白に、てっきり同棲することをずっと前から約束してたんだと思っていたジルバは驚いた。
「えっ!そうなのか?あんなに仲良いし、もう結婚の約束までしてるくらいかと思ってたのに」
「……あっちは腕付きじゃないからさ」
その一言で理由を察することができる。それくらい腕付きと普通の人の間の壁は高い。
でもそれは越えられない壁ではない。
「だから腕付きの俺とじゃ将来のことは考えれないんじゃないかって思ってた。学生の間だけの遊びでもいいかって。でもジルバ達を助けるのにみんなが力を合わせてるのを見てさ。ちゃんと話し合いたいって思った。想いを伝えたいって」
あの日。腕つきだとかそうで無いとか関係なく、人々は瓦礫の下の2人を助けだそうと必死だった。悪意が分断を作り出すなら、再び人を繋ぐのは優しさかもしれない。
「そしたら、アイツも同じこと考えてた。腕付きの俺が自分なんかと将来を考えるはずないって思ってた。……だから2人で話し合ったんだ。どうしたいかを。同棲はその結果だ」
少し気恥ずかしそうにするビビは幸せそうだ。
落ち込んでいたわけではないが脚を無くすという出来事を経験したジルバには、誰かの幸せな姿は力をくれる。
「良かったな。結婚式には呼べよ」
「気が早いって。それにこんなこと言ってて結局別れるかもしんねぇし」
「大丈夫だよ。きちんと話し合えたんだもん。どんな結果になっても、それは納得できるものだよ」
ジルバに寄り添い優しく手を握るゼロの言葉にビビは勇気をもらう。「そっすね」と答える表情は照れくさそうにしていても幸せが溢れていた。
夕方になり、面会終了ギリギリにコハクが病室にやってきた。
「なかなか顔を出せなくてごめんね。……ゼロくん寝ちゃったの?」
ベッド脇に座るゼロは前屈みでベッドに頭をのせて寝てしまっている。
「うん。イチのこととか色々しながら俺んとこにも来てくれてるから疲れてたんだろ」
『夢の中でビビ君にもらったチョコを食べてますよ』
イチの報告にジルバとコハクが揃って笑みを溢す。そのままコハクは部屋にもう一つ置いてある椅子を持ってきて、ゼロとは反対のベッド脇に座った。
「ゼロくんに感謝だね。俺達がもっと顔出せたらいいんだけど」
「いいよ。忙しいだろ。わかってる」
我慢してるわけでもなく、ジルバは捜査官達が忙しく役目を果たしてることに満足していた。
脚の手術が終わってキトラが病院に来たのは翌日だったが、ベッドに横たわる体を優しく抱きしめて「約束守ってくれたな」とだけ言われたことがジルバには何より嬉しかったらしい。それから一度も顔を出してくれなくても寂しくはなかった。
「カイナはどうしてる?」
「相変わらず。みんながあれこれ世話を焼きたがるから困った顔してたよ」
動画で広く顔を知られてしまったカイナは家に帰ることもできず、ひとまず公安で保護されている。事件後にカイナが語った話で母親は一月前に亡くなっていることがわかった。父親とは音信不通になっており天涯孤独の身となったこともカイナを事件に駆り立てたのなら、やはりやり切れない気持ちが湧いてくる。
そして今は別の問題がでてきていた。
「カイナくんの腕を切った子達がね。ネットで晒されてるんだよ。住所から何から広まって、セキトさんはそっちの対応に走り回ってる」
人の悪意は決して消えない。カイナを瓦礫から救えたことで良かったでは終わらず、今度は腕を切った同級生達が攻撃の標的になっているのだ。家族も巻き込んであらゆる情報が晒され直接的な攻撃も出てきているので、警察も対応に追われていた。
「そうか。カイナは知ってるのか?」
「うん。隠しようもないしね。全部話してある」
「……何か言ってたか?」
「関わりたくないって。ざまあみろとか、そんなことは今更思わないしそんな気持ちを抱えるのは嫌だけど、やめてあげて欲しい助けてあげて欲しいとも思えないって。とにかくもう彼等のことを何も知りたくない、関わりたくないって言ってた。だから俺達もカイナくんには今後どうするかだけを考えられるようにしていくつもりだよ」
「そっか。……うん。それがいいだろうな」
まずは自分のしたこと、自分の心、向き合うべきことはたくさんある。ジルバは自分が捕まった時のことを思い出して、ずっと考えていたことをコハクに打ち明けた。
「なあ。コハク。俺は今こんな状態で、これからみんなの世話になる身だけどさ……一つだけお願いがあるんだ」
「うん。何?」
「……カイナをうちで引き取りたい。あの家で育ててあげたい」
不安にオレンジの瞳を揺らしながら、それでもまっすぐな思いでコハクに願いを告げる。
告げられたほうは、なぜかふふっと笑みを溢した。
「多分ね。ジルバ、そう言うんじゃないかと思って。キトラ達とはもう話してあるんだ。カイナくんとジルバが望めばうちに来てもらおうって」
僅か数年だけの親子関係だけど、コハク達はジルバの気持ちをよく理解していた。ジルバは嬉しいはずなのに少し戸惑ってしまう。
「……ほんとにいいのか?」
「何?自分で言ったんでしょ?」
「そうだけど……無茶言ってるのはわかってるから」
珍しく自信なさげに俯くジルバをコハクは愛おしそうに見つめる。
「子供のお願いを聞いてあげるって、こんなに幸せなことなんだね」
「え?何?何の話?」
「こっちの話。でも、ジルバはすっかりキトラに似ちゃったね」
意味深な笑みを浮かべるコハクは「そろそろ帰るよ」と立ち上がる。そしてゼロに優しい瞳を向けるとドアに向かって歩き出した。
「今の話、ゼロくんにもしといてね。しばらく賑やかな生活になると思うから」
「?うん。わかった」
そのままコハクが出ていくのを見送ると、ジルバは寝ているゼロの髪をそっと指ですいた。そして穏やかな表情で翡翠の瞳が瞼から覗くのを待った。




