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ジルバが少年と屋上で対峙する少し前。会議が行われているビルの地下駐車場で、カグラ達が乗ってきた車のトランクから小さな声が漏れていた。
「さすがにずっとトランクの中にいるのはキツイね。僕は小柄で良かったよ」
『でも血流が悪くなっています。ここを出たらストレッチをしましょう』
存在を悟られないようにトランクに隠れてここまでやってきたゼロは、ビルの周辺にある機械の気配を探っている。
「爆弾は全て解除されたみたいだね。さすがトカゲのチームは優秀だね」
『ムジナさんの能力は面白いですね。監視カメラには映るのに誰も気づかない』
ビル爆破の情報を事前に掴んでいた公安は、ムジナが能力でビルに侵入し全ての爆弾の起爆スイッチを解除していた。監視カメラの映像はゼロがカメラにお願いしてムジナが通る時だけダミーを流したのだ。
「あとは起爆スイッチを持ってる人を見つけたら僕の役目は終わりだけど……」
『こちらジルバ。高校生くらいの男が隣のビルに侵入した。あとを追う』
ジルバからの通信にゼロとイチに緊張が走る。
本来起爆係は本部の人間が取り押さえる手筈だったが、予想以上の人混みにすぐに駆けつけられないため急遽ジルバが対応することとなった。
「隣のビル……ジルバ、その子が起爆スイッチを持ってる」
『間違いありません』
能力で少年の手の中にスイッチの存在を確認したゼロはジルバへと伝える。しばらくしてスイッチが押されたのを感じ取ると、すぐにそれもジルバに伝えた。
「これで僕の仕事はお終いかな。監視カメラさんに映像をごまかしてもらって外に……」
イチへと語りかける言葉が途中で止まる。
嫌な予感が体中を駆け巡り、感覚はある一点に集中した。
『……あの子、なんであんな所にいるの?』
ゼロの感覚の先では、1体のドローンが隣のビルの屋上を監視していた。
「爆弾はもう爆発しない。君には話を聞かないといけないけど、被害を出さなかったから重い罪に問われることはないよ。俺と一緒に来てくれるかな」
差し出された手の傷を見て少年は一瞬怯むが、その手を掴むことはなかった。
「……なんでこんなことしたの?もし本当に爆発してたらたとえ未成年でも刑は免れない。将来を棒にふることになるんだよ」
「……将来がなんだ」
罪を犯したことを後悔しているジルバは少年に自分が何をしようしてたのかを説こうとする。だが、少年は全てを理解していた。
「もともと俺に未来なんて無い!こんな傷を負った腕付きになんて!」
少年が右腕の袖を捲る。そこには手首から肘まで大きく走る深い傷痕があった。
「それ……どうしたんだ……?」
「クラスのヤツらに切られたんだよ!アイツらにとっては悪ふざけだったかもしんねぇけど、そのせいで俺の腕は細かい動きができなくなった!ずっと……ずっと警察の技術職に憧れてたのに……いつか自分の作った銃が腕付きを守るのを夢見てたのに……それも叶わなくなった!」
それは、実は珍しい話でもなかった。手脚が再生しない腕付きを面白がって同級生が傷つける。その結果、被害者は人生を狂わされる。
だが腕付きに無関心な世の中は事件として報道することもなく、そして……
「でもアイツらは軽く注意されて終わりだ!父さんは俺に隙があったせいだって俺と母さんを責めて家を出ていった。母さんは心労で体を壊した。俺の人生を全て狂わせたくせに、アイツらは変わらない日常を送って笑ってるんだ!」
手脚への暴力はほとんど罪に問われることがない。法律の改正も世の中の意識も国が放置し続けた結果、手脚を失う腕付きのことを想定したものになっていないのだ。
「でもアイツらのうちの1人が手脚の動かなくなる病気になったって聞いた。ざまあみろって思った。俺の人生を壊した報いだってな。でも治療ができるようになるかもしれないって……しかも腕付きの血を使ってだなんて……ふざけんな!なんで俺たちがアイツらのために犠牲になんなきゃいけねぇんだよ!」
これが腕付き達の本音だろう。散々虐げてきた者達のためになぜ自分達が協力しなければならないのかと。
すぐ隣にいる人と、お互いに信用して手を取り合える段階ではもうなかった。
『ああ。俺は恵まれてたんだな』
ジルバは暴力に恐怖することも怯えて暮らすこともなく、間違いを犯しても温かく迎えてくれる場所を手に入れた。愛をくれる人達も。でもこの少年は全てを失って絶望している。
『今度は俺の番だ』
「爆弾は?自分で作ったの?」
「違う。デモに参加してる人が、隣のビルで薬に関する話し合いが行われてるから爆破するつもりだって教えてくれた。俺に起爆係をやってほしいって」
「そう。……爆破が成功しても誰も怪我しないように計画は作られてたよ。腕付きを排除する理由作りに君は利用されたんだ」
少年の表情が絶望に歪む。
怒りの矛先が見つけられなくて感情が崩壊していく。
「……嘘だ」
「本当だ。俺達は爆弾を解除して起爆係が来るのを待っていた。首謀者を油断させて決定的な証拠を掴むために。……まさか君みたいな子供が来るとは思わなかったけど」
「嘘だ!」
悲痛な叫びが空間を切り裂く。
全てを失い復讐にかけた果てに、ただ利用されて終わった。その結末に心が耐えられなかった。
「なんで俺だけがこんな目に遭うんだよ……人を傷つけて全て奪ってくヤツらがのうのうと生きてるのに!腕付き以外全員死んじまえばいいんだ!手脚が動かなくなって苦しんで惨めに死ねよ!お前らに生きてく価値なんかねぇだろ!」
街中で銃を振り回していた少年をジルバは思い出す。死ねよ、生きてく価値ねぇよとは、もしかしたら目の前の少年がこれまで浴びせられ続けた言葉かもしれない。
「………なんであんたが泣いてんだよ」
「え?」
声をかけられて、ジルバは初めて自分が泣いていることに気づいた。
「……だって痛いから」
「痛い?」
こんなこと止めるようにと説得するでもなく、ただ涙を流すジルバに少年は怒りをそっと包み込まれた気がした。
「痛いだろ。そんな顔されたら。苦しそうに叫ばれたら。どんなに辛かったんだろうって、なんで助けてあげれなかったんだろうって、心が痛い」
ただ自分の苦しみを悲しんでくれる。
否定も肯定もなくただ泣いてくれる。
その心に触れた時、少年は腕を傷つけられてから初めて涙を流した。
「………助けて」
ドンッ!
少年がやっと救いを求める声を上げた瞬間、白い制服の太ももを鉛の塊が貫いた。




