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デモの一団は何事もなく決められたルートを進んでいく。そのそばでデモ隊を襲撃から守るために歩くジルバは少し拍子抜けしていた。
『まあ見せかけだけの派手な警備だとは聞いてたけど、本当に何もないな』
もちろん周囲への警戒は怠っていないが、そもそもこの警備の目的は腕付きのデモを腕付きが華々しく守ることで分断が進んでいると首謀者を油断させるためのものだった。デモの周囲では野次馬に紛れた本部の捜査官達が不審な動きをする人物をどんどん拘束していってるので、ジルバ達はただ目立てばいいという状態だった。
『キトラは今頃裏で動いてるヤツらを捕まえてってんだろな』
首謀者の目的が分断ならデモに対して様々な仕掛けをしてくるだろう。一番大掛かりな仕掛けはすでに手を打ってあるが、他の細かい妨害は即座に本部の人間が潰していってるのだろうと考えると、ジルバは早くそちら側に行きたくて堪らない。
『でもゼロがギアのところにいた時は捜査官ですらなかったから、護衛にもいけなかったもんな。まずは一歩踏み出したんだ。目の前の仕事に集中しないと』
足るを知っているジルバは自分を叱咤し周囲の警戒を続ける。すると、そのオレンジの瞳にある光景が映った。
『……もしかして……』
ジルバはすぐに通信機で連絡を入れ、列を離れてある建物に入って行った。
カグラとシバが並んで立つ前には輪の形になった机が置かれている。それを囲むように数人の人間が座り、それぞれに資料を手に話が始まるのを待っていた。
「みなさん。お待たせいたしました。これより手脚が動かなくなる病気について、研究を担当している者より説明を始めさせていただきます」
シバの声に全員の視線がカグラに集まる。
ここは先日の会見の失敗をふまえ、改めて病気への対策を政治家や官僚達が集まって話し合うために設けられた場だった。
実際に研究している者に話を聞かねば埒があかないとカグラが専門家として招かれたのだ。
「本日、研究結果について説明させていただきます。能力者対策室室長のカグラです」
無駄な時間は不要とカグラは軽く自己紹介を済ませるとすぐに本題に入ろうとするが、1人の男の声がそれを遮った。
「なんだ。専門家というからもっとじいさんかと思ったら、意外と若いじゃないか」
見た目だけなら40手前に見えるカグラに蔑みと優越感、それにどこか好色を含んだ視線を向けて男が笑う。
「私の年齢に関しては研究には一切関係ありませんので省略いたします。まずはお手元にある資料の1ページ目をご覧ください」
挑発も軽く受け流し、カグラは淡々と解説を進めていく。チッと舌打ちをしたあとで、男は聞いているのかいないのかわからないような態度で座り続けた。
「説明は以上となります。質問のある方はおられますか?」
今回は人の進化の歴史も含めた全てを報告に入れた。事前に資料を読んでいたとはいえ、会議に参加している者達は壮絶な内容に言葉を失っている。
だが、先ほどカグラを冷やかした男は違った。
「腕付きの血が必要とあったが、確証はあるのかね?劣等種の汚れた血を体に入れるなんて国民からの反発は避けられないんだがね」
男の発言にシバが拳を強く握る。
『コイツ、差別発言を堂々と。議員だろう。公開されている場でないとは言え、何を考えているんだ』
怒りを堪えるシバの横で、カグラはいたって冷静に質問に答えた。
「薬に必要な物質に関しては別の研究機関の研究でも証明済みです。また、血を直接摂取するわけではありません」
「そうか。まあ、それで病気が治るなら何でもいい。国民の命は大事だからな。とりあえずは腕付き共を集めて血を提供させればいいんだろう?あのお荷物共も少しは人様のお役に立つわけだ」
握りしめた拳を今にも振り上げそうになっているシバの手をそっと包んで、カグラが男に向き合う。その紫の瞳は人の感情を無くし、遥かに大きな流れを映していた。
「お前は何がしたい?」
「……あ?」
急に態度の変わったカグラに男も隠していた傲慢さをあらわにする。
「腕付きの血は汚れた血だと吹聴すれば、薬を飲んで助かるはずの人達から治療の機会を奪う。薬のためだと人を焚き付ければ不要な血まで流すことになる。お前が欲しいのは屍の山か?」
「はっ!言ってくれるな!犯罪者の分際で!」
犯罪者の言葉に場がざわつく。それに気を良くした男は更にたたみかけた。
「うまく隠してたみたいだがな。お前が腕付きの手脚を切って頭のおかしな連中のおもちゃにしたことはわかってんだよ!そんな奴の言葉なんか信じられるか!」
カグラの事件は隠しているわけではないがそう簡単に知れるものでもない。男がその話を出してきたことにシバはある確信を得て、誰にも気づかれないように捜査官達に合図を出した。
その間にカグラは男からの問いに悠然と答える。
「確かに私は犯罪者だ。だがお前が今から積み上げようとしている死体の数は、私の比ではないぞ。数多の権力者達が繰り返し経験してきたその重みに果たして耐えられるかな」
まるで歴史そのものかのように、カグラは男の成そうとしていることの罪深さを説く。その紫の瞳と目があった時、男の視界が真っ暗になった。
「なんだ……?」
何も見えない黒い空間に男が戸惑っていると、脚を何かに掴まれる感触があった。
「……ヒッ!」
それは人の手だった。肉は腐り骨が剥き出しになった腕が、暗闇から生えてきている。
「やめろ!離せ!」
必死にそれを振り解くと何かの影が顔にかかった気がした。恐る恐る視線を上げると、腕と同じように腐りかけた死体が男を見下ろしている。
『私達が何をした……』
死体の手が男の顔を掴む。吐き気を催す死臭に襲われ手を口に持っていこうとするが、体中に何体もの死体がまとわりついて身動きが取れない。
「嫌だ……やめろ……離せ……お前達みたいなクズが俺にこんなことしていいと思ってるのか!」
足掻く男の体が死体の重みで潰れていく。死の恐怖と苦痛に気が遠のく寸前、男は会議室に戻っていた。急に暴れ出した男に何事かと周囲の者達は怪訝な目を向けている。
「……俺に何をした」
「それがお前が今から抱えようとしている呪いだ。数えきれないほどの命を、未来を、尊厳を奪った結果だ。虫ケラのように人の人生を踏み潰して、ただで済むと思うなよ」
人々の怨念が形を成したかのようなカグラに男はたじろぐ。だが怒りで奮い立たせて、周りにはわからないようにスマホである合図を送った。
『クソッ!舐めやがって!少し早いがここを爆破してやる!』
今回の分断の首謀者である男はこの会議中に爆破事件を起こすことを計画していた。とは言っても怪我人が出ない程度に建物を破壊し、それをデモの参加者によるものだとして腕付きへの憎しみを増幅させ、自分は奇跡の生還者となって英雄への一歩を踏み出そうと企んでいたのだ。
「……あれ?」
「どうかしましたか?」
合図を送ったのにいつまでたっても爆発が起こらない。そのことに慌てる男に、カグラは全く感情のこもらない瞳で何かあったのかと問いかけるのだった。
その頃。会議の行われているビルの隣のビルの屋上では少年が途方に暮れていた。
「なんで?スイッチは押したのに」
「こんなところで何してるんだ?」
急にかけられた声に少年が驚くと、屋上の入り口からジルバが出てきた。
デモの警備をしていたと一目でわかる制服姿に少年は慌てて手に持っていたリモコンを隠す。
「あっ!えっと!ここ、知り合いの持ってるビルで。天気いいから高いところでゆっくりしたいなぁと思って」
「爆弾なら全部解除したよ。君を守りたい人達がね」
全てを見透かすジルバの言葉に少年は必死になって逃げ道を探そうとする。
「爆弾?何のことですか?俺はただの高校生で」
「悪いけど、君がスイッチを押したことはわかってるんだ。その手の中で電気が走ったことを俺の大切な人が感じ取ったから」
そう語るジルバの瞳には、悲しみが溢れていた。




